茅野誉之によるファッションブランド「チノ(CINOH)」は、強い個性が求められる国内デザイナーズブランド市場の中で上質な素材を用いたモード感のある日常着として一つのポジションを確立している。ベーシックアイテムにさり気ないスリットや色使いなどの捻りを利かせたウエアが、感度の高い女性たちに支持されている。ウィメンズブランドとして始まったが、2018年春夏からはメンズをスタートさせ、商品ラインアップを拡大した。
昨年「東京ファッションアワード 2019(TOKYO FASHION AWARD 2019 以下、TFA)」を受賞し、今年3月には19-20年秋冬コレクションで初のファッションショーを東京で開催した。“大人のグランジ”をテーマに、ペイズリーやオンブレチェックなどのグランジ要素を上質な素材使いや仕立てで提案。一見シンプルながらも、ユーティリティーやギミックを加えて強いコレクションを見せた。ショーでは19-20年秋冬から本格始動するシューズと、イタリアのバッグブランド「ザンケッティ(ZANCHETTI)」とのコラボレーション商品も披露。現在は卸売りをベースにし、国内では47アカウントで取り扱いがあるが、今秋には渋谷に初の直営店をオープンさせる予定だ。
また、茅野は自身の「チノ」以外にもデザイン活動の幅を広げており、ジャージー素材に特化したブランド「ジェイシーエム(J.C.M)」のディレクションを担当するほか、18-19年秋冬からはオンワード樫山の婦人服「ICB」で新ラインのデザイナーに就いている。
WWD:初のショーを行った感想は?
茅野誉之(以下、茅野):コレクション自体は海外での展示会のために1月には仕上がっていたので、モノ作りとしてはそれほど大変ではなかったです。TFA受賞に伴うショーだったので、会場は渋谷ヒカリエホールという制約があったのですが、しっかり洋服の細部まで見えるショーにしたいという思いがあり、自然光に近い明るさで見せたいと演出家に相談しました。またシューズが自社でしっかり企画するのは今季が初で、「ザンケッティ」とのコラボレーションバッグの発表もあったのでタイミング的にはぴったりでした。
WWD:「ザンケッティ」とのコラボレーションはどう決まった?
茅野:実をいうと決まったのは今年の1月のこと。パリでの展示会後に空港のラウンジで「ザンケッティ」のディストリビューターである八木通商の担当者と出会ったことがきっかけでした。そこで話が進み、約1カ月でサンプルを作っていただいたんです(笑)。
WWD:ファッションショーでは“グランジ”のテーマにちなんだ音楽にもこだわった。
茅野:ニルヴァーナ(Nirvana)の「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」はToeのドラマーの柏倉隆史にオリジナルで作ってもらい、スタジオ収録してもらったんです。「フィナーレに流れた」と皆に勘違いされてしまいましたが、実は最初から最後までずっと同じ曲が流れていたんですよ。ショーに登場する序盤のルックはグランジの要素を強くして、後半にかけてエレガントになっていく仕掛けで、逆に音楽は前半は音楽玄人しか分からないくらい薄い要素で「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」の音を入れてもらい、後半になっていくにつれて分りやすくしてクロスオーバーさせていたんです。
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WWD:ブランドコンセプトは“東京のストリート”をベースにしているが、それはなぜ?
茅野:モードとストリートって、僕の世代からするとほぼ同義語なんですよね。ストリートはカジュアルという意味ではなく、街にいるイケてる人たちのスタイルのこと。特に日本は社交界のパーティー文化はないので、街なかが一番かっこいい人がいるし、いてほしいと思っているんです。
WWD:そのイケてる人たちのいるストリートとはどこを指している?
茅野:今の表参道周辺は観光客も多いから、何ともいえないところもあるんですけど。ちょっと前までは原宿や渋谷にも生息する人たちの間でその土地らしいスタイルがあって。渋谷でも特に円山町とかクラブがあるエリアの人たちや、東急ハンズがある方にかっこいい人たちが集まっていた。今は全部同じ感じになっちゃってるから、色は弱くなっているとは思うんですけど。その感覚から、ストリートっていうと大通りよりは、裏通りのイメージですね。
WWD:前シーズンまでプレ・コレクションとメインを分けていたが、秋冬から一緒にしたのはなぜ?
茅野:納期と生産を考えると、プレ・フォールを1月、秋冬コレクションを3月に発表するのは難しかった。今回TFAを受賞したことで、メンズ・ファッション・ウイーク期間中のウィメンズのプレ・フォールの発表時期に合わせることにしました。今後はしばらくプレの時期での発表を継続していきますが、また規模が大きくなってきたら、分けるかもしれません。
WWD:2018-19年秋冬から「ICB」の新ラインでデザインを手がけているが、きっかけは?
茅野:オンワードの方々が去年の2月の展示会にお越くださって、依頼を受けました。取り組む前は百貨店にあるオーセンティックなブランドのイメージでしたが、過去にはマイケル・コース(Michael Kors)や、「ヴィクター&ロルフ(VIKTOR&ROLF)」のヴィクター・ホスティン(Viktor Horsting)とロルフ・スノラン(Rolf Snoeren)、プラバル・グルン(Prabal Gurung)らが手掛けていた歴史があることもあり、デザイナーのクリエイションへの理解も深いブランドということを知りました。それにオンワード側から「自由にデザインしてほしい」と任せていただけたけたこともうれしかったです。
WWD:「ICB」の新ラインはどのようなコンセプトでデザインをしている?
茅野:最初の18-19年秋冬は過去の資料を見ながら、マイケル・コースが手掛けていた1995年頃の「ICB」の雰囲気を僕なりに再解釈しました。やはりそこがブランドの根っこだと感じたので。過去のルックをそのまま使うというよりは、彼が当時描いたクリエイティブかつシャープで洗練された女性像を現在に表現したらという感じでした。
WWD:シーズン毎にライン名を変えているのはなぜ?
茅野:ファーストコレクションは、“ICB リディフィニション(ICB REDEFINITION)”と、再構築という意味を加えたんです。この19年春夏の第2弾は担当者から「もうちょっと遊んでいいんですよ」と言ってもらい、音楽の即興とかアドリブを意味するインプロビゼーション(Improvisation)を付けて、“ICB インプロビゼーション” としました。僕は音楽が好きで、ジャズのセッションみたいな感じで、ミックスやっても面白いなと。
WWD:他のブランドのデザインを担当するのは難しい?
茅野:それほど大変ではないですね。今回は特に「ICB」の担当者が「チノ」のことを好きでいてくださって、とてもやりやすかったです。強いていうのであれば「チノ」では僕が好きなことを勝手にできますが、「ICB」はベースにあるDNAをもとにしながらシーズンの温度差を出し過ぎないようには考えています。あとは、協業先に「安く作ってください」と使用する素材を制限されてしまうと困るんですが、「ICB」は何の制限もなくて自由に使いたい生地を提案できたのもよかったです。特にオンワードの生産基盤は大きいので、良質な素材や仕立てをこのコストで作れることに感動しました。職人が手作業で作ったリバーコートを8万円台で販売できるのはお得感があると思います。
WWD:茅野さんの素材へのこだわりは強い。
茅野:「チノ」もこの「ICB」での取り組みもそうですが、デザインをするときはハンガーに掛かっている姿さえもすてきに見えるものを作りたいと思ってます。どんな適当なラックに掛かっていたとしても、そこから洋服のたたずまいが感じられるような、だから素材はとても重要な要素になっています。日本のコンテンポラリーゾーンにはいい素材にこだわったモード服が足りていないと感じるんです。ラグジュアリーブランドはいい生地で迫力あるデザインをしているブランドは多いと思うんですけど、日本のブランドはデザインの力が強くて、ありふれた素材でもデザインで昇華するような傾向が長くあったと思います。
WWD:素材に重きを置くようになったきっかけは?
茅野:僕はバイトしてお金をためて、いい服を買って、ファッションを楽しんでいた世代。だから、チープなものを作ろうと思っていませんでした。長持ちする服というよりは、たくさん着てボロボロくなっても愛着が持てるような長く愛せるものがいいですよね。
WWD:「チノ」では今秋店舗を開く予定だが?
茅野:渋谷に初の店舗を開く予定です。僕は接客までがブランドビジネスだと思っていて、卸だけでは僕らがお客さまにブランドの世界観を伝えることはできないと感じています。出店は声を掛けていただいたことが大きいですが、ブランドの世界観をしっかり表現できる場所はあった方がいいなって思っていたんです。面白い店になると思うので楽しみにしていてください。