中村獅童による“オフシアター歌舞伎”「女殺油地獄(おんなころしあぶらのじごく)」が5月11〜17日に東京・天王洲アイルの寺田倉庫で、22〜29日に新宿FACEで上演される。近松門左衛門による原作のテーマは、人間の本質を扱った普遍的なものだが、今回特筆すべきは、通常の劇場とは違って360度から観ることができるステージと、観客と演者の近さだ。それはかつて舞台と客席が近い芝居小屋で行われ、大衆娯楽として愛された歌舞伎本来の姿に近いものともいえる。広告ビジュアルは写真家の小浪次郎が撮り下ろし、スタイリストの長瀬哲朗による衣装とも相まって歌舞伎のイメージを覆すような一枚に仕上がった。しかし、主人公の与兵衛を演じる中村獅童が着こなす“洋服”は、歌舞伎や日本に欠かせない赤である。そんな“伝統”と“革新”が入り混じった「女殺油地獄」は、どのような舞台になるのか。主人公の与兵衛を演じる中村獅童に話を聞いた。
WWD:今回の演目にはどんな思いを込めましたか?
中村獅童(以下、獅童):今回は歌舞伎ファンだけでなく、ファッション好きや歌舞伎に興味がない人にも届くようにしたいと考えました。江戸時代は当然ファッション誌もメディアもなかったから、歌舞伎を観て着こなしをまねしたり、本当に起きた事件を題材にした芝居がニュースの役目も果たしたりと、とにかく時代の最先端でした。歌舞伎は古いものではなく、いつでも新しくないといけないと思うんです。それに歌舞伎が海外のファッションデザイナーに影響を与えたことや、ファッション誌が歌舞伎風に撮影したと聞くと日本の若者は共感してくれますが、そういったことを形として演目にし、振り向かせたいという思いがあります。
今でこそ“伝統”と言えるけど、何回も政府(幕府)に上演禁止になりながらも生き残ってきた歌舞伎は、アンダーグラウンドな部分も併せ持ちながら時代を切り開いてきました。その“伝統”を守ると同時に、かぶき者と言われるような精神を現代の僕らも持っていないといけないんです。ビジュアルも、世の中に反発しつつも時代を切り開くかぶき者の精神やファッションをイメージして作った。当時パンクミュージシャンやファッションデザイナーはいませんでしたが、そういう精神を持った歌舞伎役者はいたんです。白塗りや隈取りだってパンクじゃないですか。
WWD:今回、改めて主人公の与兵衛を演じるにあたり変化はありますか?
獅童:今回は主人公の受け身の感情を特に大切にしたいですね。彼が人を殺してしまったのは、おだててくる友達や親など、いろんな人たちに翻弄されて流されて、最終的にどうにもならなくなったからだと思うんです。
WWD:赤堀雅秋さんの監督作品「葛城事件」がきっかけで、自ら脚本と演出を依頼したそうですね。
獅童:「女殺油地獄」も「葛城事件」も、今日ニュースで流れてもおかしくない事件だと思います。自分のエゴで人に迷惑かけるような事件はたくさんあるけど、生まれたときは同じ赤ん坊なのに、なぜそんな人間になっていくのか。それは育った環境の中で受けた影響によってだんだんと追い込まれるのであって、それこそ受け身のことではないでしょうか。もちろんそれだけではないですが、自分が弱いから人に流されて、友達の前でいい格好をしたいからお金を借りてどんちゃん騒ぎして借金が膨らんでいくというようなことは、今でもありますよね。
WWD:獅童さんは古典的な歌舞伎だけでなく現代劇も演じられてきましたが、今回どのように“現代”を表現しようと思っていますか?
獅童:“現代”を表現しようとは思っていないです、これは歌舞伎ですから。イメージとして現代的なビジュアルを作っていますが、幕が上がれば役者だって白塗りをしていますし。芝居というより、その時代にタイムスリップして事件を目撃するような、夢の世界ではなく現実を見せたいです。それに歌舞伎座だったら3階の一番後ろまでマイクを使わずに届く声量や動きが必要ですが、今回の会場はささやき声でも聞こえるくらい近いので演技も変わるし、何より全方位から見えるのでリアルになっていく。稽古場でも全方位であることを意識しつつ、現代劇と同様に自由に動いて演出を加えていこうと思っています。
WWD:スタッフもファッション関係者などを起用していますが、その理由は?
獅童:やはりどこかファッションを感じさせたいというのがありましたし、40歳をすぎた今、これまでやってきたことを形にすることこそ自分がやるべきことだと思うんです。30代では歌舞伎以外の仕事もたくさんしましたが、その経験を歌舞伎役者として表現していく中で誕生したのが、去年やった絵本の「あらしのよるに」を原作にした新作歌舞伎や、初音ミクなどデジタルと融合した“超歌舞伎でした”。今作の“オフシアター歌舞伎”も、ファッションやアート関係の人たちと話している時に、20代の頃にニューヨークで観た倉庫での演技などを歌舞伎に置き換えて、自分なりに“中村獅童の歌舞伎”としてやってもいいんじゃないかと思ったのがきっかけですね。
WWD:獅童さんは音楽活動もして、ファッションアイコンでもあるので、歌舞伎以外で獅童さんを知る人も多いのではないでしょうか?
獅童:そういう人たちが歌舞伎を観に来るかといえばそうではない。「ストリートに戻る」ではないですが、みんなが手が届きやすいものにしたかったんです。それに敷居が高いも何も、同じ日本人ですし。
WWD:会場では「ネイバーフッド(NEIGHBORHOOD)」と製作したTシャツも枚数限定で販売するそうですが。
獅童:僕が依頼したのは外国の人が捉える日本や浮世絵。浮世絵をモチーフにした外国のロックバンドTシャツがたまにありますけど、そういうイメージのものがいいなと思いました。
WWD:広告ビジュアルの衣装では赤のインパクトが強いですが、舞台のファッションでこだわった点は?
獅童:歌舞伎の持っている古典的なファッションは決して変えません。リアルな演技やいつもと違う表現をするだけで、奇をてらわずに歌舞伎にこだわり抜きました。どうしても分かりにくい言葉は一部変更しましたが、極力昔の言葉を使いました。今回は誰にでもわかりやすいストーリーだと思います。
歌舞伎には難しいものも確かにありますが、今回の演目は上方歌舞伎といって関西で作られたストーリーで見せるリアルなものなんです。型のある江戸の時代物とはまた違う。歌舞伎の中にも踊りや古典的な時代物もあれば、上方のリアルな事件を題材にしたものもあるというように、いろんなタイプがあるということですね。
WWD:今後挑戦したいことは?
獅童:伝統のあるファッションブランドが若いデザイナーを起用して、伝統を守りながら革新を追求するように、自分自身も歌舞伎400年の伝統を守りつつ、“中村獅童ならでは”の革新を追求するという生き方をこれからも貫き通していきたいですね。