“キャンプ”ってどういう意味?華やかなコスチュームをまとって「メットガラ(MET GALA)」に登場したセレブたちを見て、そう思った人も多いのではないだろうか。ニューヨーク・メトロポリタン美術館(The Metropolitan Museum of Art)が毎年開催している展覧会のテーマとして2019年は「キャンプ:ファッションについてのノート(Camp: Notes on Fashion)」が選ばれたことから、この謎に満ちた概念がにわかに注目を集めている。なお、「メットガラ」はこの展覧会のオープニングイベントだ。
展覧会を指揮するアンドリュー・ボルトン(Andrew Bolton)=メトロポリタン美術館衣装研究所キュレーターは、評論家のスーザン・ソンタグ(Susan Sontag)が1964年に発表したエッセイ「キャンプについてのノート(Notes on “Camp”)」を着想源にしたという。「人物や物事の特徴を誇張し、歪曲することで“キャンプ”になる。例えば、絵葉書のエッフェル塔やビッグベンにもその要素がある。しかし“キャンプ”はとても主観的なもので、きっちりと定義することは難しい。意味をつかんだと思った瞬間に、指の間から砂のようにこぼれ落ちてしまう。そこがまた面白い」と語る。
また、“キャンプ”は時代を映す鏡でもあるという。「政治や社会と深く結びついた概念なので、時代の流れの中で前面に出て来るときがある。ソンタグが本を著した60年代がそうだし、80年代、そして間違いなく今がそうだ」と解説。続けて、「社会や政治が混迷し、世の中が分断されてしまった現代に“キャンプ”の美意識が浮上したことは偶然ではない。そして主観的なものであるがゆえに曖昧で、芸術や音楽、映画、スポーツや政治などあらゆる分野に現れる。ただし、皮肉やウイットが必要だ。そうした要素がないものは“キャンプ”ではない」と話した。
ソンタグは人工的であることが条件の一つだと語り、自然界にあるものは“キャンプ”ではないとしているが、ボルトン=キュレーターはこれに異を唱える。「ピンク色のフラミンゴほど“キャンプ”なものはない。自然界にあるものは意図的に不自然なわけではないとソンタグは考えたのだと思うが、いわば自然界が生み出した“より純粋なキャンプ”だと言えるのではないか」。
では、“キャンプ”とは具体的にどういうものを指すのだろうか。カーディ・B(Cardi B)が今年のグラミー賞で着用して話題をさらった「ティエリー・ミュグレー(THIERRY MUGLER)」の貝殻を思わせるドレスは、間違いなく“キャンプ”だろう。「この展覧会では、ファッションの中で“キャンプ”がどう顕在化していったのかを検証しているが、意図的に曖昧にしている」とボルトン=キュレーターは言う。スパンコールで飾られ、疑問符がモチーフになっている「モスキーノ(MOSCHINO)」のドレスを示しながら、「“キャンプ”とは、直線的な感嘆符になることを拒否する疑問符のようなものだ」と、“キャンプ”についての本を出版している学者のファビオ・クレート(Fabio Cleto)の言葉を引用してみせる。「“キャンプ”の特徴を挙げるのは簡単だ。人工的で誇張され、芝居がかっていて大げさな、皮肉の効いたものだ。そして“キャンプ”は軽薄で陳腐なものとして見下されることも多いが、全くそうではないと思う。その背景には真剣さが潜んでいるし、見る者を笑顔にする効果もある。そうした部分にも着目してほしい」。
会場の入り口近くには17世紀から現代に至るまでの彫刻や絵画などが飾られ、ベルサイユ宮殿やルイ14世の宮廷が“キャンプの楽園”として提示されている。また、“キャンプ”という言葉が初めて登場した著作物だと言われている、劇作家モリエール(Moliere)による「スカパンの悪だくみ(Les Fourberies de Scapin)」も展示の一部に使用されている。「最初のほうの展示は意図的に真面目なものになっている。“キャンプ”には、真面目であろうとして失敗したものという側面があるから」とボルトン=キュレーターは説明する。
こう聞くと頭でっかちなようにも思えるが、心配はいらない。何しろ、この最初のセクションも鮮やかなピンクのインテリアに囲まれているのだから。“キャンプ”的な目線で世界を見ると、アメコミの「フラッシュ・ゴードン(Flash Gordon)」も、16世紀イタリアを代表する画家カラヴァッジョ(Caravaggio)の絵も等しく“キャンプ”なのだ。
展示室には「ティファニー(TIFFANY)」製のチューリップ型ランプやアンディ・ウォーホル(Andy Warhol)の自画像が陳列され、映画「オズの魔法使い(The Wizard of OZ)」でジュディ・ガーランド(Judy Garland)が歌った劇中歌の「虹の彼方に(Somewhere Over the Rainbow)」が流れている。別室では、俳優のルパート・エヴェレット(Rupert Everett)による「スカパンの悪だくみ」の朗読や、さまざまなデザイナーが“キャンプ”について解説する音声も聞くことができる。なお、ジョン・ガリアーノ(John Galliano)は「ジュディ・ガーランドこそ“キャンプ”だよ」と語っているそうだ。
メインの展示に目を向けると、ファッション界のピカソと呼ばれた20世紀初頭のデザイナー、ポール・ポワレ(Paul Poiret)が1912年に発表したアンサンブルを着たマネキンの頭には、小さなピンク色のリボンが付けられている。香水瓶が飾られた男性型のマネキンもある。ジェレミー・スコット(Jeremy Scott)が率いる「モスキーノ(MOSCHINO)」のドレスには紫色のダチョウの羽根がたっぷりと使われ、無数の蝶が羽ばたいていた。「ティエリー・ミュグレー」が92年に発表した純白のシルクサテンと紫色のレースのドレスや、「ヘザレット(HEATHERETTE)」の“ハローキティ”ドレス、「ジャン・シャルル・ドゥ・カステルバジャック(JEAN-CHARLES DE CASTELBAJAC)」によるテディベア付きのジャケット、そしてエンターテイナーのリベラーチェ(Liberace)が着用した、クリスタルビーズやパールに覆われたジャンプスーツなども印象的だ。
これらに加えて、カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)による「シャネル(CHANEL)」と「クロエ(CHLOE)」、過剰性の代表ともいえる「グッチ(GUCCI)」、痛烈な皮肉が主張する「ヴィクター&ロルフ(VIKTOR & ROLF)」のほか、「ヴェルサーチェ(VERSACE)」「ジャンポール・ゴルチエ(JEAN PAUL GAULTIER)」「オフ-ホワイト c/o ヴァージル アブロー(OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH)」、デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)の「バレンシアガ(BALENCIAGA)」、異性装やジェンダーを超えた美を提案するスペインの若手ブランド「パロモ スペイン(PALOMO SPAIN)」、2019-20年秋冬ニューヨーク・コレクションでデビューしたばかりの「トモ コイズミ(TOMO KOIZUMI)」など、ファッション関連だけでもおよそ170点の作品が展示されている。
大量のスパンコールやフリル、リボンなどに囲まれた部屋で、ボルトン=キュレーターは語る。「ソンタグは、“キャンプ”という概念でアートのヒエラルキーをひっくり返してみせた。ゆえに、いわゆる古典的な芸術がアート界の上位にあるという考えにしがみつきたい人々は、それを脅かす“キャンプ”的なものを嫌う。“キャンプ”には、そうした民主的な精神が宿っている。また、ファッションにはパフォーマンス的な要素やトリック的な部分があるので、本質的に“キャンプ”だと思う。ファッションには多くのメッセージ性があり、それらを探りだして分かりやすく展示してみせるのがキュレーターの役割だ。しかし、“キャンプ”は非常に主観的なものなので、展示物の中にも『これは“キャンプ”ではないのでは?』と来場者が思うものもあるだろう。結局のところ、“キャンプ”とは美と同様に、鑑賞者の視線の中にあるものなのだ」。会期は9月8日まで。