国内外で売り上げを伸ばし続けている「アキラナカ(AKIRANAKA)」は5月3日、ジョージアの首都トビリシで行われた「メルセデス・ファッション・ウイーク・トビリシ」で、2019-20年秋冬コレクションをランウエイショー形式で披露した。同ブランドがショーを開催するのは8年ぶりとなる。デザイナーのナカ アキラは、ジョージア出身で「バレンシアガ(BALENCIAGA)」と「ヴェトモン(VETEMENTS)」を率いるデムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)とアントワープ王立芸術学院で同級生だった。
「アキラナカ」は2年前からパリで展示会を行うなど海外進出に本腰を入れており、早々に米バーニーズ ニューヨーク(BARNEYS NEW YORK)とのアメリカでの1年間の単独契約販売が決まった。同店では「マルタン マルジェラ(MARTIN MARGIELA)」「ジル サンダー(JIL SANDER)」「ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTTEN)」などが並ぶデザイナーズフロアで取り扱われている。アメリカでの知名度がまだ高いとは言えない中、米バーニーズはブランドの本質や洋服のクオリティーを見たうえで、有力ブランドが並ぶフロアを選んだ。アジアと米国以外にも中東や東欧、ロシアの大手百貨店や気鋭のコンセプトストアにも卸している。
ショー翌日に現地で行った取材でデザイナーのナカは、ブランドのビジネス戦略、現代のファッション業界に対する思いまでを話してくれた。取材を通して筆者が特に感じたのは、チームメンバーに対する思いの強さだった。それはナカ=デザイナーの「自分に卓越した能力があるとは思えないが、チームには自信がある。ブランドが成長するには“チームビルディング”が要だ」という言葉が示している。クリエイターと経営者という2面性を持つ同氏に、次から次へと湧き上がる質問をぶつけた。
「一歩先の“次の美しさ”で新しい
ビジョンを示すのが『アキラナカ』」
−久しぶりのショーをなぜトビリシで開催した?
ナカ アキラ「アキラナカ」デザイナー(以下、ナカ):中東と東欧の取引先が増えていることが理由の一つだ。5月というのは小売りの秋冬の買い付け予算がすでに残っていないタイミングのため、今回はブランドの認知度を上げるのが目的。それと、もともとジョージアの建築にとても興味があり、パリの展示会中にも「トビリシが面白い!」とさまざまな国の人から聞いていた。行ってみたいと思っていたら今回の招待の話をいただき、機会に恵まれた。過去に何度か東京でショーを行ったが、表現したいものが伝わらないという印象が強かったのでショーは長年控えていた。今回は初めて訪れる国でのショーということもあってバックステージはドタバタ劇だったが、非常に良い経験となった。
−実際訪れてみて、トビリシに対する印象は?
ナカ:旧ソ連時代の名残りと近代的な建築物が混在している街並みに惹かれた。日本のように1国で文化を築き上げたのではなく、ヨーロッパやロシア、アジアと多様な国の文化が蓄積された歴史を肌で感じることができ、他にはない特異な街だ。今回受け取ったインスピレーションは、今後のクリエイションで何かしらに生かせるだろう。スタッフ数名も同行しているので、彼らにとってもいい経験になればと期待している。何かを創造するためにはインプットが必要なので、トビリシで感じたことを多面的に捉えてチーム全体が成長できる機会にしたい。
−パリで展示会を行う前から、中東や東欧などへの拡販は狙っていた?
ナカ:特別そういうことはない。取引先が増えたのは、世界各国の取引先が自国のプレスに積極的に働きかけてくれた結果、現地の「エル(ELLE)」や「ヴォーグ(VOGUE)」などの雑誌に掲載されて名前が知られるようになったことが大きい。
−取引先がプレスに対して積極的に動くのは、彼らも「アキラナカ」の商品に自信があり、信頼関係を構築できているからだと想像できる。そのような関係はどう築いている?
ナカ:パリのショールームはとてもプライベートな空間で、展示会では私自身が一人ずつに対応し、親密さを大切にしている。国によって女性の嗜好や体形は異なるので、それぞれの国の女性と話して理解したいと思っている。取引先のバイヤーから受け取るフィードバックは何よりも重要だ。ただ彼女たちの意見の全てに対応できるほどの会社規模ではないし、顧客が求めるものだけを提供する服作りはすべきでないという意思もある。一歩先の“次の美しさ”で新しいビジョンを示すのが「アキラナカ」。私たちのチームで生み出したものを信じて届けるだけだ。取引先の声を聞かないでやらないのと、聞いた上でやらないのは大きく違うし、そもそも聞く努力をしないのはプロフェッショナルではないと私は思う。女性たちが何を求めているのかを知らなければ、次の課題が見えてこない。海外の取引先を持ち、取引先の意見が届くようになってから初めて知ることが多く、その学びを商品に反映させている。
−学んだこととは具体的に何か?
ナカ:例えば、日本の女性の体型には肩にデザインを利かせたIラインのドレスが似合う。でも他国の女性では寸胴に見えるため、体のラインを強調するベルトマークしたフォルムが合っている。生地に関しても、日本では洗濯のしやすいポリエステルが主流だが、欧米では好まれない。だから自然素材の上質な生地を使っている。セールス担当のオルガ・ウラジミール(Olga Vladimir)の意見も取り入れて、日本と海外で見せるサンプルは変えている。プレタポルテとして作っている以上は、新しさだけではなく、美しさとリアルさを兼ね備えた服であることが重要だ。
「デザイナーはビジネスプランを
組むことの重要さを認識すべき」
−取引先の声を反映させていることが成長の要因?
ナカ:セールスチームの意見を反映させるというのが一つのキーだとは思うが、ファッションに限らずどんな会社でも、バランスの取れたいいチームなくして成長はありえない。上からの指示で動くだけではなく、クリエイションや経営、生産、マネジメントと、全てが対等で良いバランスがとれている組織づくりがグローバルでビジネスを行う上での強みになっている。ビジネス面を強化するため、アメリカで会社経営の経験を持つ友人を日本に呼び寄せて経営に参加してもらってから、思い描いていたチームを作ることができた。「ビジネスについては分からない」と口にするデザイナーは多いが、会社のトップである以上は緻密なビジネスプランを組むことの重要さを認識すべきだ。ブランドを通して社会に何を伝えるか、女性にどうのように貢献するのかなどを明確にし、クリエイティブとビジネスの両軸のバランスが取れていれば、結果は自ずとついてくるだろう。現在、それぞれのポジションで自分の限界をアップデートできるようなチームづくりが実現できていることは、とても誇りに思っている。
−経営面を強化してから組織としては何が変わった?
ナカ:論理的に全ての工程を組み立てることができるようになった。経営に参加した彼が数年かけて作り上げたプラットフォームのおかげで、原価率や利益率、売上高など全てが事細かに算出され、プロダクションやデザインにも生かされている。例えば、原価率を下げる必要があるためトップスの縫い目を1カ所減らすというような細かい決断がスムーズにでき、それをデザインチームのパタンナーに投げてパターンを引き直すといった流れだ。
−ブランドの今後のビジョンは?
ナカ:13年春夏コレクションで再スタートを切ってから、視覚的表現だけではなく、着ることで女性の気分が高揚するような内面にアプローチする服作りを目指してきた。日本の美意識を表現する、“アティチュードをまとう”洋服を世界の女性に届けたい。今回発表した19-20年秋冬コレクションは日本人が持つ独特の“曖昧さ”という感覚を取り入れた。例えば神社の玄関である鳥居は壁もドアもなく開放されているが、くぐると認識の中で神社に入ったと心情に変化が起きる。日本の家は居間と縁側にドアを作らずとも、木と畳の感覚で間を捉える。境界線を曖昧にして空間へのリスペクトを持つのは、日本人のDNAに組み込まれた独特の美意識だ。肩と身頃を曖昧にしたジャケットや、オーガンジーでジャケットを覆って隠す手法は“曖昧さ”を表現したもの。日本から着想を得てジャポニズムをうたう海外のデザイナーとは違い、日本人にしかできないアプローチでの服作りにこれからも取り組んでいきたい。日本の美意識を知った他国の女性が、違う視点から自分自身を見ることを誘発するブランドでありたい。
ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける