ロンドン発の「カイダン・エディションズ(KWAIDAN EDITIONS)」は、カルトカルチャーを着想源にした世界観が持ち味の一風変わった若手ブランドだ。名前の“カイダン”は日本語の“怪談”に由来しており、コレクションでは映画の悪役やスパイからヒントを得た斬新なアプローチが面白い。
デザイナーは、ベトナム系アメリカ人の夫のハン・ラー(Hung La)とフランス人の妻のレア・ディックリー(Lea Dickely)の夫妻。ハンはニコラ・ジェスキエール(Nicolas Ghesquiere)とアレキサンダー・ワン(Alexander Wang)時代の「バレンシアガ(BALENCIAGA)」やフィービー・ファイロ(Phoebe Philo)の「セリーヌ(CELINE)」でウィメンズデザイナーを務め、レアは「リック・オウエンス(RICK OWENS)」「アレキサンダー・マックイーン(ALEXANDER McQUEEN)」でテキスタイルを担当した。2人が生み出す独特なストーリーと、メゾンで培った技術を生かしたテキスタイルや緻密なテーラードを融合したデザインは、プレスやバイヤーからの評価も上々だ。
4月中旬には東京・表参道のセレクトショップ、アディッション アデライデ(ADDITION ADELAIDE)で開催したインスタレーションに合わせて、ハンとレアの2人がそろって来日。2人の出会いから、少し不気味なインスピレーション源まで語ってもらった。
WWD:ブランド名に日本語の “怪談”を入れたのはなぜ?
レア・ディックリー(以下、レア):ブランド名を決めるのはとても大変な作業だった。悩みに悩んで考えていたときに、数年前に見た小林正樹監督の映画「怪談」を思い出した。好きな作品だったし、響きもいい。不気味、異様なというダークな雰囲気を包括したような意味であり、私たち自身の中にあるゴースト(暗部)を見つめて、ダークな部分に目を凝らすと予想外のものや美しいものを生み出せるんじゃないかと思ったの。
ハン・ラー(以下、ハン):怪談という言葉を調べていくうちに深くて美しい意味があることを知った。もともと中国で子どもを怖がらせるための民話が日本に伝わって、“怪談”と呼ばれるものになったんだ。19世紀後半に日本で活動したギリシャ出身の作家ラフカディオ・ハーン(小泉八雲/Lafcadio Hearn)が、短編集「怪談」を書き、西洋に広げたということも知った。その時代を超えて受け継がれていく“怪談”に、僕らのブランドが新たな意味を加えていくというのも面白いと感じた。
WWD:ブランド名にデザイナーの本名を冠するブランドも多いが、そのアイデアもあった?
レア:試してはみたけど、ピンとこなかったよね。
ハン:僕らは匿名でいいと思ったし、ブランド名はもっと大きな抱負を持つべきだと思ったんだ。デザイナーが誰かということより、もっとブランドの中身を詩的に表現したものにしたいと思っていた。
初デートで「シャイニング」を鑑賞 夫婦を表す映画
WWD:2人の出会いはアントワープ王立芸術アカデミー在学中だったと聞いたが、お互いの第一印象を覚えている?
ハン:僕は最初からレアの生み出す作品に惹かれていたんだ。ミステリアスでダークで、とても詩的で、表現力豊かな作品だった。交際を始めたのは1年生の終わり頃だったから、お互いについてよく知るまで少し時間がかかったけどね。
レア:第一印象は思い出せないかも……。何というか、ハンは学校では少し不良でクールな印象に見せようとしていたけど、私は「あなた、本当はそういう人じゃないでしょ?」って分かっていたんだと思う(笑)。だから、表面的な見た目とは違う優しくてスイートな面があるなと感じたのかな。
WWD:2人の初のデートでは映画「シャイニング」を見たと聞いたが、本当?
ハン:そう、面白い思い出だよね(笑)。食事に行って、家で映画でも見ようってなったとき、家にあったDVDフォルダを開いて「何を見ようか」って聞いたら、レアが「私、『シャイニング』が見たい!」って言って驚いた。
レア:15年前の話だね。私はあの時に初めて「シャイニング」を見たんだけど、怖い映画だとは思わなくて、いい物語だと思ったの。私ちょっと変なのかもしれないけれど。
ハン:レアが「私はこれ見たい!」って断言したのが印象的だった。彼女は自分が欲しいものをよく分かっているし、自分の言葉に迷いがない。それから「シャイニング」は僕のお気に入りの映画になったね。僕ら夫婦をよく表していると思うんだ。
WWD:学生時代から一緒にブランドを立ち上げようと決めていた?
レア:そんなこと一度も話したこともなかったし、考えたこともなかった。それぞれメゾンで経験を積んで、今から3年前くらいに初めてそういう話をして決めたこと。
WWD:2人とも有名なメゾンで経験を積んでいるが、それぞれ学んだものとは?
レア:私が最も影響を受けたのは「リック・オウエンス」ね。リック本人を尊敬しているし、価値観やデザインの純粋さも素晴らしい。その他のブランドでの経験は、オフィスで働いたり人に指示された仕事を続けることが私には向いていないということが分かったから、そういう意味でよかった(笑)。その経験があって、自分でブランドを立ち上げようと思うようになったの。
ハン:僕はレアとは正反対で、社内で働くのは好きだったかな。チームのみんなで協力して得る達成感があった。特に一流ブランドのクオリティーや働き方を学ぶことができたし、生産工程も学ぶことができた。コレクションを作るには、素材を考えて工場に発注するなど、プロセスがあるということは学校では教えてもらえないこと。「バレンシアガ」と「セリーヌ」での経験はそれぞれ異なるけれど、クリエイティブ・ディレクターたちから学んだのは彼らの価値観がブランドを導くということ。そして僕らは今、価値観というか、“共通言語”を作り上げているところ。レアとの付き合いは長いけれど、「カイダン・エディションズ」をスタートする前は一緒に働いたことはなかったから、「これは好き」「これは嫌い」という判断基準を確認し合っている。
WWD:今、そのブランドの共通言語はどのぐらい完成しているの?
ハン: まだ道半ば。日々、新しいボキャブラリーを作っている感覚だね。
レア:基礎作りには時間をかけていきたいと思うわ。今、若いブランドは一度に多くのことを期待されがちだけど、それは残念なことだと思う。ブランドはシーズンごとに成熟していって、さらに面白くなるもの。一度に全てを出してしまうと、「全部見たから、次を探そう」と飽きられてしまう。経験とともに個性やパーソナリティーも変化していくから、ブランドを長期的な展望で考えている。
WWD:ハンはアメリカ出身で、レアはフランス出身だが、ロンドンを拠点にしている理由は?
レア:私は「アレキサンダー・マックイーン」での仕事のためにロンドンに引っ越してきて、ハンは「セリーヌ」のロンドンのアトリエで働くために移ったのがきっかけ。暮らしていくうちに居心地がよくて、そのまま拠点になったのよね。世界的なファッション都市だからビジネスを立ち上げるのにいい街だと思う。
ハン:ブレグジット(イギリスのEU離脱問題)が少し心配だね。まだどうなるか分からないけれど、外国人に対する扱いが後退する訳だからあまりいい感じはしないな。ナショナリズムの台頭はアメリカやフランスなど世界中で起きていることだけどね。それを除けば、ロンドンは大好き。
WWD:現在のチームの人数は?ブランドでのそれぞれ分担を教えて。
ハン:チームは僕ら2人を含めて5人。僕は主にビジネス面を見ていて、服のディテールから工場と話をしたりと、生産過程も担っている。
レア:私は生地からデザイン全般で、ブランドストーリーを組み立てていく役割。でも最終的には全て共有していて、2人で何でも関わっている感じ。
コンサバと奇抜の正反対の要素を組み合わせ
WWD:現在店頭に並ぶ19年春夏コレクションはどのようなストーリーがあるの?
レア:ドイツの1970年代のSF映画「あやつり糸の世界(World on a Wire)」を見たことから始まったわ。仮想世界についての物語で、70年代の当時、仮想現実がどうとらえられていたかを解釈するだけでも面白い。誰が本物の人間で誰がバーチャルなのかが分からないという、感覚もいいと思った。研究室で着るような殺菌消毒された制服や、冷たくて非人間的な雰囲気をデザインに反映している。
ハン:仮想現実というテーマは、フェイクニュースがあふれていて、何が本物なのか分からない現代にぴったりだと思った。服でブランドストーリーを伝えることは重要だけれど、僕らは空間で遊ぶのが好き。今回のインスタレーションでは、アディッション アデライデのコンクリート打ち放しの壁に、無菌のラボをイメージした白いタイルを重ねた什器と、ビンテージのテレビをディスプレーしたんだ。
WWD:最新の2019-20年秋冬はスパイをイメージしたコレクションが新鮮だった。
レア:1970年代のサスペンス映画「カンバセーション 盗聴(The Conversation)」が着想源で、スパイや潜入捜査官が “普通”に見えるにはどうしたらいいのか?というアイデアを取り入れているの。東ドイツの秘密警察(諜報機関)であるシュタージの60~70年代のアーカイブ資料には、一般人に紛れ込むための扮装について書かれていた。でも、普通すぎてはつまらないので、個性を出そうとアレンジも加えている。ニュートラルカラーで制服のようなウエアがある一方で、トラ柄など派手なプリントを用いて、コンサバと奇抜の正反対の要素を組み合わせているの。
ハン:変装することでカモフラージュできるけれど、逆に目立つことでもある。だから、目立たないようにするにはどうするかに発展させた。そこから “10代の不安”みたいなキーワードも出てきて、ミニマルで控えめなデザインがある一方で、レイブやダンスといった音楽カルチャーを融合した。特に若い頃の洋服の選び方って、好きなバンドのTシャツをジーンズに合わせるなど、自分の個性を表現するものを着ていたと思うけど、大人になるにつれて、社会に合わせた服を着るようになるよね。周囲に溶け込むような控えめな服を着るよう、知らぬ間に世の中に強制されていくんだ。社会的な役割を演じるためにね。コレクションでは、そのバランスを表現できたと思う。自分は埋没したいのか?それとも若かった頃のように自分らしさを表現したいのか?その両方を見せているんだ。
WWD:現在のビジネスについても教えて。
ハン:今世界40アカウントで販売している。特にECでの売り上げが好調で「ネッタポルテ(NET-A-PORTER)」「エッセンス(SSENSE)」は強い卸先になっている。市場でいうとアメリカが一番大きくて、次にヨーロッパ。日本もいい取引先に出会うことができて、徐々に広がってきている。
レア:私たちだけで運営する小さいブランドだから、焦って拡大するのではなく堅実に成長させていきたい。将来的には自社ECにも挑戦してみたいけれど、まだ自分たちで在庫を持つ段階ではないかな。
WWD:今後のブランドのプランを教えてほしい。
ハン:現在は、時間をかけてクリエイティブを構築していくことが大事だと思っている。発表した作品について満足しているけれど、語るべきストーリーがもっとある。今後もパリでのファッションショーを継続して、ブランドの世界観も伝えていきたい。
レア:19-20年秋冬にデビューには新たな試みとしてレザーのハンドバッグを作ったわ。今後は「カイダン・エディションズ」の定番として、トレードマークみたいになったらうれしい。将来的にはジュエリーやメンズウエア、シューズも視野に入れている。
WWD:憧れのデザイナーは?
ハン:僕はやっぱりフィービー・ファイロ。「セリーヌ」で彼女に教わったことが僕の糧になっていると感じる。実はフィービーとは近所に暮らしていて、よく姿を見かけるんだ。今後、彼女がどう業界にカムバックするか楽しみだよね。
レア:私は「ヴェルサーチェ(VERSACE)」創業者のジャンニ・ヴェルサーチェ(Gianni Versace)。彼の1990年代のコレクションのプリントや色使いに衝撃を受けたから、ずっと憧れの存在ね。
WWD:今2人がハマっていることは?
ハン:僕は、「セリーヌ」を離れた頃から仏教の禅に夢中になって瞑想をするようになったこと。今はブランドのことで時間がないけれど、レアと2人で旅行をするのも好き。新しいものを見たり、経験したりすることが僕らの栄養になっていると思う。
レア:ありふれているけれど、私はアートや映画、音楽が欠かせないかな。食事と同じくらい必要不可欠なもの。東京では根津美術館、原美術館、ワコウ・ワークス・オブ・アートに行ったわ。