「グッチ(GUCCI)」は5月28日、2020年プレ・スプリング・コレクションをイタリア・ローマのカピトリーノ美術館で発表した。カトリックの聖地であるバチカンのすぐ近くで、人工妊娠中絶制限の合法化にノーを唱える“My Body My Choice”のスローガンを掲げた内容に再び物議を呼びそうだ。
ローマは、アレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)=クリエイティブ・ディレクターの故郷であり、今も生活の拠点としている場所である。ショー開始は夜8時だが、来場者は日中にまずアレッサンドロとデザインチームがオススメする名所などを訪問し、ローマの歴史に触れることからイベントは始まった。ヨーロッパで一番古い図書館や書店、現在は美術の修復活動を行っているかつては教会だった建物など、知る人ぞ知る“オススメ”の名所ではいずれも時間がゆっくりと流れ、この街の歴史や芸術がアレッサンドロの美学の礎となっていることを知る。
ショー会場のカピトリーノ美術館は、一般市民に公開された最古の美術館とも言われ、古代ローマ時代の像や中世・ルネッサンス時代のアートを展示している。ランウエイは美術品が並ぶ回廊で、照明は少なく、客席に配られた懐中電灯の明かりがモデルの姿を浮かび上がらせる。アレッサンドロは「子供の頃、父親に連れて行かれたのは、遊園地よりも美術館で、多くの影響を受けてきた」とも話している。
最近、その表現が人種差別問題などの渦中に立つことが多い「グッチ」だが、アレッサンドロが就任以来、同ブランドが性や人種、年齢といった既存の“ボーダー”を超え、新しい価値観を提示し続けていることは間違いない。今回もまたアートの力を借りて、“自由への賛美”を声高に伝えてきた。
ジャケットの背中に描かれたメッセージは“MY BODY MY CHOICE(私の体、私の選択)” 。これは人工妊娠中絶を禁じる法制定に対して、中絶の自由を主張するスローガンだ。最近、米国で強姦などによる妊娠など理由を問わず人工中絶を制限する州法の成立が相次いだことで著名人の多くがこのスローガンをSNSで発信するなど、社会運動となっている。アレッサンドロはこのスローガンをウィメンズだけではなく、メンズの服にも採用し、ジェンダーを超えたメッセージとして伝えた。その背景については「私は自由の星の下に生まれ、常にフリースピリットを貫いてきました。両親は私をそうなるように育てましたし、私のこれまでの人生はインクルージョンを勝ち取るための闘いでした。何者も他者の選択の自由に口を出す権利はないし、私的な選択についていかなる法であっても縛ってはいけないのです」と説明する。
また、服の一部に、1978年5月22日の数字が見られるが、これはイタリアで中絶が合法化された日を意味し、アレッサンドロは「それを誇りに思う」と話す。中絶が合法下にあるイタリアではあるが、同時にここはカトリックの聖地バチカンのおひざ下でもある。フランシスコ(Francesco)=ローマ教皇は昨年、バチカンで命の尊さを説く中で「人工中絶は“殺し屋を雇うことと同じである”」と集まった信者に伝えたと報道されている。それだけにローマでの「グッチ」のメッセージはまた議論を呼びそうだ。
メッセージを発信した理由を問われたアレッサンドロは、「服、ショー、キャンペーン、など私が『グッチ』のためにプロデュースしているすべてのプロジェクトは私の声であり、“私の武器”です。マルコ・ビッザーリ(Marco Bizzarri)=グッチ社長兼最高経営責任者(CEO)のおかげで、私のその声が“検閲”されることが全くない。私は自分の“拡声器”を本当の目的のために使いたいと思っている」と語っている。