昨今、インテリアのみならずファッションの分野においても注目を集めているキーワードの“北欧”。この便利なワードをしばしば用いてしまいがちですが、当然のことながら各国それぞれ、似て非なる伝統と文化が脈々と育まれています。今回はデンマークとフィンランドのライフスタイルに的を絞り、いま取り上げたいアーティストやブランドからそれぞれの文化的魅力を探ってみることにしました。
デンマーク×ネパールの温もりが心潤す
「深い呼吸をすることはとても大切です。それは自分自身を大切にすることでもあり、またそれにより人や自然環境をも思いやる気持ちへと通じるのです」。そう語るのは今春、デンマーク・コペンハーゲンから来日した折にお目にかかった、スカンディナビアン・ライフスタイルブランド「ケア バイ ミー(CARE BY ME)」の設立者かつデザイナーのカミラ・グリツ(Camilla Gullits)。2012年のブランド立ち上げ以来、ネパールの女性たちによる丁寧で緻密な手仕事(=ニット)と、デンマーク(=カミラ)のデザインによる極上のハーモニーが持ち味となっています。同ブランドのモノ作りを貫くのは、“ハンドメイド&ハートメイド”という詩的表現がぴったりな姿勢。ネパールの女性たちの技術力を相応の賃金へと結び付け、持続可能な自立支援の仕組みを作ることが、カミラが目指す理想の社会への礎にもなっているわけです。
素肌にしっとりとなじむブランドのアイコンであるネパール産カシミヤを筆頭に、シルクやオーガニックコットン、ウールなど上質な天然素材で一つ一つ手編みで仕上げる“スローウエア”とネーミングされたセーターやスリップドレス、ポンチョ。“スローリビング”と称されるクッションや枕、スローなどの心安らぐインテリア関連の品々、“スリープ”(パジャマやガウンを含める寝具類)、そして“アクセサリー”(16色展開のスカーフやニット帽など)に加え、昨年はメンズアイテムも登場し、バリエーションがより広がっています。「自然豊かな環境に馴染む淡いカラートーンとグレーのグラデーションが目に優しく映るでしょ」と、フューシャピンク系のスカーフをまとう私に向け、茶目っ気たっぷりに微笑むカミラの笑顔に温もりを感じました。日本ではマークスインターナショナルが卸販売しており、価格帯はカシミヤのクッションで2万円です。
フィンランドの暮らしの芸術
日本とフィンランドの外交樹立100周年にあたる19年は、関連イベントやショップのオープンなどから、新たな視点でフィンランドの文化を再認識しようという流れがあります。そのような中、日本での知名度は決して高いとは言えませんが、フィンランドが誇るモダン・アート、モダン・デザインの先駆者として、母国の人々に愛されているのが故ルート・ブリュック(Rut Bryk)です。彼女の代表作を中心に200点ほどのセラミックやテキスタイルで構成された日本初の本格的展覧会「ルート・ブリュック 蝶の軌跡」が現在、東京ステーションギャラリーで開催中と知り、早速出向いてみました。
父親が画家で蝶類学者であったという彼女は、お絵描きが好きな少女時代を過ごしたといいます。イタリア・フィレンツェで出会って結婚した両親によるイタリアの旅の思い出話などの影響もあり、「いつかイタリアを旅したい」という夢が膨らんでいったそう。その夢は、フィンランドを代表するデザイナーで彫刻家の夫、タピオ・ヴィルカラ(Tapio Wirkkala)との結婚後に実現し、また彼女の才能はイタリア屈指のデザイン専門誌「ドムス(Domus)」やデザイン展(ミラノ・トリエンナーレでのグランプリ受賞)で注目を集めました。
そんな作家の背景と相まった展示作品の大多数は、彼女がおよそ50年にわたり専属アーティストとして活躍した、フィンランドを代表する名窯「アラビア(ARABIA)」製陶所の美術部門で生み出されたものです。その中には父の面影を感じる蝶のモチーフが度々登場し、本展の壁面で美しく軽やかに舞っています。
セラミックのみならず、彼女はテキスタイル・デザイナーとしての才能も評価されています。その色彩感覚のすばらしさはテキスタイルにおいても存分に発揮されていることを、本展で目の当たりにします。その魅力の一端は、本展のために製作された素晴らしい図録にも記されているように、アートだけでなく、服、またテーブルクロスやタオルなど、さまざまな用途に応じて製作されており、フィンランドの人々の暮らしに寄り添って、心豊かな生活に導いています。余談ながら、前述の図録の装丁に用いられた布は、当図録のために特注で染められたと知り、スペシャル感がアップするでしょう。
ブリュック没後20年に当たる今年から来年にかけて、大阪・伊丹市立美術館・伊丹市立工芸センター、岐阜県現代陶芸美術館ほか全国いくつかの美術館で、彼女の展覧会が開催されます。アートやデザインといった視点だけでなく、ファッションの切り口からも是非展覧会を楽しんでもらえたら。
■「ルート・ブリック 蝶の軌跡」展
日程:4月27日~6月16日
時間:10:00〜18:00 ※金曜日は20:00まで
住所:東京都千代田区丸の内1-9-1
場所:東京ステーションギャラリー
入館料:一般1100円、高校・大学生900円、中学生以下無料
ウサミヒロコ:幼少期より関心の高かった「デザイン」(ファッション&シネマ、アート&インテリア、ウエルネス&グルメなど)への情熱を、FMラジオ番組制作からスタートし、雑誌、書籍、新聞、ウェブなどのメディアにて、国内外問わずさまざまなチームプレーで活動を続けるライフスタイルジャーナリスト。取材を通じて訪れる国々で出会う、多国籍の人々との交流を愛する東京オリンピック開催地周辺生まれの東京人