ファッション

難解複雑さが楽しい「クレイグ グリーン」、2020年春夏は人体解剖や“こんまり”の片付け法から着想

 ブランド数が縮小傾向にあるロンドン・メンズ・コレクションにおいて「クレイグ グリーン(CRAIG GREEN)」はひと際強い存在感を放つ。2020年春夏のロンドンメンズの最終日に行われたショーでは、前シーズンと同じく旧ビリングズゲート魚市場の地下スペースで49ルックを披露した。ホーリー・ハーダン(Holly Herndan)の“Extreme Love”をBGMに、ミラーが敷き詰められたキャットウオークをモデルが歩く。

 コレクションはレザーコートとレザーパンツ、「アディダス オリジナルス(ADIDAS ORIGINALS)」とのコラボレーションスニーカーのルックで幕を開けた。ブランドの基盤であるワークウエアやカラフルなサテン地にニットの装飾がぶら下がったセットアップ、コットン地のカフタン風ルック、アルミテープを切り絵風にカットアウトしたコンセプチュアルなルックなどさまざまなアイデアが絡み合う。それらには呪文のような怪奇的なデジタルプリントの柄が描かれている。今季のコレクションをどのように形容してまとめればいいか言葉が見当たらないほど、非常に思慮深く難解であった。ショー直後は疑問ばかりが浮かび、お手上げ状態。それはまるで全面バラバラに散りばめられたルービックキューブを突き付けられたような気分だった。しかし異なる要素が複雑かつ無作為に散りばめられではいるものの、全体を通すと実は統一性があり、ひも解いていくと個々の要素はとてもシンプルだった。

 ショーの独特の雰囲気に飲み込まれて険しい顔の筆者をよそに、バックステージでクレイグ・グリーンは時に微笑を浮かべながら涼しげな顔で囲み取材に対応していた。「コレクションに着手する時、最初にぼんやりと浮かんできたのは“アラビアの美”」。この言葉は筆者にとって意外ではなかった。なぜなら、ショー直前に村上要「WWD JAPAN.com」編集長が「今季のロンドンは各コレクションやモデルから、中東の雰囲気を強く感じる」と口にしていたからだ。グリーンは説明を続ける。「中東を旅した時に、エジプトの壁画や、ミイラ作りのために解剖の手ほどきを指南する人体解剖図、メキシカンマーケットで見かけた『パペルピカド』と呼ばれる祭りの時に街中で飾られる切り絵の旗などからアイデアを得た。カフカン風の洋服に施した幾何学的なグラフィック柄は、(片付けコンサルタントの)近藤麻理恵が提案するシャツのたたみ方の図表からヒントをもらった。さらに別のところでは、皮膚を保護したり、一体的な感覚を得るといった生地と肌の関係性にも関心を持った」。彼の説明を聞くと、難解なルービックキューブの色が少しずつ合うように、疑問が解けていく感覚を味わった。さらに「物事や思考は、一つの場所だけから来る必要はないという考えを示したかった。可能性はあらゆる場所に見つけることができる」と続ける。異なるジャンルからさまざまなインスピレーションを得ながらも、最終的にアウトプットしたのは「クレイグ グリーン」のDNAを感じさせる完成度の高いコレクションだった。コンセプチュアルでありながらもウェラブルで、バランスに優れている。キャットウォークのミラーの演出については「自分を映し、深く精査することができるミラーは、人々に異なる可能性を示すアイテム」と説明した。

 解剖学的構造や人間の皮膚といった体の物理性と、文化を超えて人間を結びつける心理の複雑さを表現したショーは筆者に奇妙な感情を抱かせ、こうして原稿に向かっている今も頭を悩ませる。ルービックキューブは未だ完成には至らないが、解けないからこそますます同ブランドに惹かれてしまった。

 ロンドンでは、常軌を逸した奇抜なスタイルを自由に楽しむ若手のパワーを強く感じるが、「クレイグ グリーン」からは物理や心理を用いて哲学を教わったような気分だ。彼らに共通しているのは、洋服を使って“ファッション”という共通言語を伝えてくること。たかがファッション、されどファッション。深く塾考したり、笑わされたり驚かされたり、感情とリンクするファッションの楽しさを改めて実感するロンドン・メンズ・コレクションだった。

ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける

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