おじさんはおじさんに憧れない――インフルエンサーマーケティングの話だ。確かに中高年のメンズファッションアイコンは、ほぼいない。一方で、販売員に求められるスキルに“ファン化力”があると思う。インスタグラムを中心とした10~20代の女性販売員と女性客の関係性を想像してほしい。ファン獲得は結果として自身の売り上げにつながり、客もファンであることをポジティブに捉えている。おじさんの世界に、この当たり前はない。四十路男子である僕も立派なおじさんであると自覚した上で言うのだが、名誉やプライドに生きる僕らおじさんは「雑誌のショップスタッフスナップで見た、あのジャケットが欲しくて……」とは言えない。恥ずかしいからだ。だからうまく伝わらないし、結局らちが明かずに諦めてしまうこともしばしば。
しかし、6月24日号の「WWDジャパン」販売員特集で取材した和田健二郎ビームス スタイリングディレクターは、おじさんが憧れるおじさんだ。最初の出会いはインスタだった。おじさんだってインスタはやる。共通の知人・友人が多く、1~2年インスタ上での付き合いが続いた。そして今年の元日。妻子が帰省し、独りの僕が和田さんに新年のあいさつを送ると、「じゃあ、うち来なよ」とひと言。お言葉に甘えて訪問し、奥様の手料理をごちそうになったり、中学生の娘さんと話したり。実は和田さんと直接言葉を交わしたのは、ほぼそれが初めてで、正直ちょっとコワモテな和田さんにひるんでもいたのだが、“おもてなしの塊”ともいえる接待ぶりで、夜まで心地よく過ごさせてもらった。そして最後には、「今度は奥さんと子どもも連れておいで」と声を掛けてくれた。
和田さんは“人たらし”なのだと思う。僕もたぶらかされた一人(笑)であり、きっと客も同じはずだ。販売員特集の取材中、カメラマンが照明を変えるほんの少しの時間も和田さんは客に声を掛けていた。そして、あっという間にストールを販売していた。とても自然で、ちょっと言い過ぎかもしれないが“呼吸するように”売っていた。
スタイリングディレクターは本来、販売員を指導するのが職務だ。そのスタイリングディレクターが積極的にエンドユーザーにタッチしようとしている。和田さんは地方店舗での販売員向けの“服育”に加えて、6月中旬から都内でも週に1度店に立ち、接客をしている。そして販売員特集を校了しようという夜、和田さんからメッセージが届いた。そこには台湾のビームスの販売員に“服育”する和田さんの姿があった。和田さんが背中で見せるさりげない、だけどとても気持ちのいい接客が波紋のように世界に広がればと願う。