今、ファッション産業が“循環型”の実現に向けて動き出している。ロンドン芸術大学(University of the Arts London)で、循環型ファッションを研究するレベッカ・アーリー(Rebecca Early)教授は、「この2~3年で、循環型への転換の可能性を感じている」と話す。アーリー教授は、ファッション産業におけるサステイナビリティーに20年以上取り組むが、実はデザイナーとしてキャリアをスタートした。自身のブランドを立ち上げ、東京も含め世界に約25店舗の販路があったという。ファッションデザイナーから研究者へ――彼女がなぜ、サステイナビリティー追求の道に進んだのか。循環型デザインの最新事情について話を聞いた。
「服はもちろん仕組みも
デザインすることが求められる」
WWDジャパン(以下、WWD):サステイナビリティー追求の道に進んだきっかけは?
レベッカ・アーリー教授(以下、アーリー):私のブランドの製品はハンドプリントによるデザインが多く、ロンドンのブリックレーンにあったスタジオでプリントしていた。つまり私自身、廃棄物による汚染を目にしていたのね。スタジオには残布もあったし、シンクから汚水を流していたの。当時、デザイン活動と同時に大学で教鞭を執っていて、教育者としての責任から問題意識が生まれた。そうして同僚に、「まず、私たちが行っていることを見直すべきなのでは?そして従来のテキスタイルデザインではなく、“より良い”テキスタイルを作ることを教えるべきなのでは」と相談した。それが1996年のこと。それから大学の職員が一体となって全体で見直すことになり、(96年に)リサーチグループのTED(Textile Environmental Design)を立ち上げた。
WWD:現在は循環型デザインを専門にしている。
アーリー:サステイナブルな循環型ファッションについて研究していて、中でも専門はテキスタイル。1年半前に新しい研究所CCD(Center for Circular Design)を立ち上げ、主にリサイクルの研究を進めているわ。リサイクルを技術的に可能にするだけではなく、スムーズな流れを作るシステムのデザインについてもね。これからのデザイナーは、いわゆる製品デザインだけではなくシステムもデザインしなければいけない。サプライチェーン全体が循環型システムへと再構成されなければいけないの。
「リサイクルを前提にしたデザインが必要」
WWD:ファッション産業を直線型から循環型へ考え方を変えていくには?
アーリー:まず直線の最後の部分から始める必要がある。そうすると、そこがループの最初であり、最後であることに気づくの。つまりデザイナーにとっては、「自分が作ったものがどのようにリサイクルされるか?」が最初の自問になる。直線型ならばこんなことを自問する必要はないわね。どうやって作ろうか?で終わるから。作って、売って、誰かが着て――その後は知る由もないわね。
でも循環型デザインではリサイクルを前提にしたデザインが必要で、製品とともに「仕組み」もデザインしなければならない。どのように作り、どう使われてどのように修繕され、保管され、そしてどのようにリサイクルされるか――までね。製品の回収方法も考えなければいけない。
一般的にリサイクルといえば、回収された製品がリメイクなどで違う製品に生まれ変わることと思われがちだけど、違う。本当の意味でのリサイクルは回収されたものをどう処理してリサイクルセルロースやリサイクルポリエステルといった新しい素材に生まれ変わらせるのか――デザイナーはここまで考える必要がある。つまり循環型デザインでは、それぞれの段階に関わる人々と共に決定していかねばならず、自分一人でデザインはできないのよ。
WWD:デザイナーの定義自体が変わってきた。
アーリー:キュレーター、もしくはファシリテーター(まとめ役)のようなイメージね。
WWD:そうした考え方を若いデザイナーに教える仕組みはある?
アーリー:あるわ。この2年くらいの話だけど、大きく加速しているわ。この5年で物事が大きく動き出して、さらにこの2年で大きく前進していると感じる。なぜなら皆が循環型経済に投資をし始めたから。それから(循環型経済を推進する英国の)エレン・マッカーサー財団(Ellen MacArthur Foundation)のような組織が議論を加速させているということもある。
WWD:循環型を実現しながら、さらにその循環スピードがゆっくりである必要もある。
アーリー:とても大事なことよね。同じ循環でもそのサークルが速く進むか遅く進むかも関係する。しかし、循環のスピードだけでなくそもそも、“スロー”と“ファスト”の言葉を使い分けなければならない。例えば、人々のワードローブの70%がめったに着られることはないと言われているけど、それって持っていても廃棄物と一緒ということよね。だから“ファスト”“スロー”とはいったい何を意味するのかを考え直し始めたわけ。何度も着用するけど捨ててしまうもの――安価なポリエステル製でも、週に5回着てから捨てればライフサイクル調査の視点は良いということなのか。そういったライフサイクルのスピードを理解するために研究者と一緒にリサーチをした結果、物を長く使うことがいろいろと有益であることが明確になった。またポリエステルよりも、紙もしくは紙のような素材をファストファッションの素材として使用するとよいというのが分かった。まだ、この2年でいろんなところで始まったばかりのことなの。
「循環型実現のカギは素材」
WWD:循環型実現に向けて何が一番の足かせになる?
アーリー:「素材」「仕組み」「意識」の3分野がある。「素材」は、技術開発がまだまだ必要ね。すべての素材のケミカルリサイクルの方法が開発途中だから。混紡素材も大きな課題。何がどう混ざっているかが分かりにくいし、分離する方法もよくわかっていないから。「仕組み」は資金が問題ね。十分な資金さえあれば早く変えられることが多くある。資金だけではなく法規制もある。
WWD:サステイナビリティーによって利益を得ることができるのかを疑っている人も多くいる。
アーリー:そうね。サステイナビリティーへの投資からきちんと利益を得られるかと、躊躇している人もいるわね。だからこそ企業のCEOがステークホルダーと共に、短期的な売り上げを取れるかどうかとは別にサステイナビリティーにコミットすることが大切よ。サステイナビリティーをベースにした長期的なビジョンを持ったCEOが企業には必要だけれど、これもまだ課題ね。
「意識」に関しては、サステイナビリティーにこそ投資を行うべきと説得するのにとても時間がかかるわね。でもここで研究が役に立つと思うの。研究結果を利用することによって人々の意識もすぐ変わるものだから。ドキュメンタリーなんかを見たりしてね。循環型デザインは、コミュニケーション、仕組みやサービスのデザイン、素材や科学技術のイノベーションが一緒になって成立するものだから。
WWD:やることが多いですね。
アーリー:第2次世界大戦後の1950年代に消費主義が高まって、デザインという感情が芽生え、人々が大量にモノを作るためのデザイン教育が生まれて――約60年でデザインという決まりが生まれた。だから、デザインという考えは決して古くないし、だからこそ希望が持てるの。これから未来に向かってデザインがどう適したものに進化していくということ。今までは消費に取り憑かれてスピードが命だったけれど、循環型は違う。消費ではなく体験と人々とのつながりを重視することだから。
――というか服を作りすぎよね。ボリュームは大きいし、作ったものすべてを回収するのは難しいでしょう。そういった意味で、スタートアップ企業や小さなブランドの文化には期待できるわよ。どれだけの消費者がビッグブランドに固執せずに小さい企業から物を買うか、その準備ができているかどうかが問題よね。これからの世代はかつてなくビーガンが増えるだろうし、より多くの情報をもとに決めていく人が多いから、たくさんのスタートアップとより少ないメジャーブランドになっていくでしょう。
WWD:そのようなスタートアップ企業の製品にもっとアクセスできればいいのだけど。
アーリー:彼らは生産の拡大で苦しむと思うから、自然とローカライズされたものになるでしょうね。北欧やオランダはローカルのビジネスが確立していて、地元で作り、地元で回収する小さいエコシステムのサークルが成り立っていることが多い。でも起業家的には、じゃあどのように拡大していくか、どう利益を確保していくかということになる。でもなかなか難しいわね。ファッションの一つの方向性として、コミュニティーごとにより多様なものになり、都市ごとにトレンドができるようになると思うの。もちろんそういう多様性はまだまだ隙間産業ね。
みんな中国では何が起こっているのか、アフリカはどうか、人口の増加している国ではだれが衣類を提供するのか、どのように循環型を実現するのか、大きな規模でどう成り立つのか、などに注目していると思うわ。
WWD:難しく考えがちですよね。
アーリー:そうね。この2~3年でようやく循環型への転換への可能性を感じているわ。そして、少なくとも大きな産業が自ら天然資源の使用に規制をかけて、汚染や温室効果ガス(GHG)排出を制限すべきよね。
WWD:リサイクルできる素材というのが循環型に寄与する一番大きな要因となるのでしょうか?
アーリー:「素材」が鍵ね。循環型デザインにおいては全てが素材につながるから、素材メーカーが先導者としてやはり大事だと思っている。
WWD:最後にファッション企業が起こすべきアクションは?
アーリー:循環型デザインのプロジェクトを行うこと。まず企業内で人物を選定して始めてほしい。1アイテムでもいいの。実際にプロジェクトをやってみて気づくことも多いはずだから、まずは実行することね。