歴史あるブランドはアイコンと呼ばれるアイテムや意匠を持ち、引き継ぐ者はそれを時代に合わせて再解釈・デザインする。アイコン誕生の背景をひもとけば、才能ある作り手たちの頭の中をのぞき、歴史を知ることができる。この連載では1946年創業の「ディオール(DIOR)」が持つ数々のアイコンを一つずつひもといてゆく。奥が深いファッションの旅へようこそ!
クリスチャン・ディオール(Christian Dior)は、たくさんの名言を残しているが、「自分自身の個性を反映しない家に住むことは、他人の服を着ているようなものだ」もまた、時代や国境を越えて人の心を打つ言葉である。ムッシュ・ディオールはこの考えをパリ・モンテーニュ通り30番地の「ディオール」初のブティックで有言実行し、自宅と同じように洗練された空間を作り上げた。
ブティックは個人の邸宅を買い取り1946年12月16日に改装を始め、完成したのは47年2月12日の朝、初のショーの数分前のことだった。ムッシュとともに改装を手掛けた写真家・イラストレーターのヴィクトール・グランピエール(Victor Grandpierre)は室内装飾こそ未経験だったが、ムッシュのインスピレーションを具現化するパートナーとして大切な役割を果たした。ちなみに、そのグランピエールをムッシュに紹介したのは、友人で画家のクリスチャン・ベラール(Christian Bernard)だというから、いつの時代も大きな仕事の肝は美意識を共有する“人と人”であることを知る。
コンセプトには、フランス語で小間物を意味する“コリフィシェ”を掲げ、ムッシュが愛する“18世紀の装身具店の伝統”を体現した。そこで、象徴的なのが、今回取り上げる柄“トワル ドゥ ジュイ(TOILE DE JOUY)”である。18世紀に誕生した“トワル ドゥ ジュイ”は、草花や神話などの風景が描かれた牧歌的なもの。当時のブティックの写真を見ると、壁や商品を並べる棚、椅子などにこの柄が使われていたことがわかる。ベラールいわく“無秩序に見えて、そこには人生が描かれている”このファブリックは、装飾的ではあるが単色故か不思議と空間に馴染み、ブティックの服に着替えた女性たちの魅力を引き立ててくれる。まさに「ブティックを出た女性が、すっかりドレスアップした装いで、手にはプレゼントも下げて......それが望みだった」と語ったムッシュの夢を実現する室内装飾だったのだ。
“トワル ドゥ ジュイ”は代々のデザイナーに引き継がれ、マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)=アーティスティック・ディレクターは2019-20年秋冬コレクションでトロピカルな植物と食虫花のモチーフで再解釈した新作を発表し、キム・ジョーンズ(Kim Jones)=メンズ アーティスティック・ディレクターは、2019年春夏のデビューコレクションからコートやインナー、キャップで用いている。
特筆したいのは、この“トワル ドゥ ジュイ”を用いた“ディオール メゾン(DIOR MAISON)”である。世界4店舗のみで取り扱いがあり、その中には東京のハウス オブ ディオール ギンザも含まれる。食器やホームリネン、ぬいぐるみ、ステーショナリーなどを展開しており、ギフトにも人気だという。まさに、ムッシュが言った「手にはプレゼントも下げて......」の姿が蘇るコレクションである。