2019年は全国で10以上の百貨店が閉店する。2ケタ台に乗るのは、リーマンショックの余波を受けた2010年以来だ。百貨店の市場規模はピークだった1991年の9兆7310億円から2018年は5兆8870億円へと4割も減った。「ユニクロ(UNIQLO)」「ザラ(ZARA)」のようなグローバルSPA(製造小売り)の勢い、「アマゾン(AMAZON)」「ゾゾタウン(ZOZOTOWN)」に代表されるECの革新性に比べると、百貨店は旧態依然とした印象が強い。
ただ、百貨店を斜陽産業と片付けることは早計だ。最近の取材で痛感するのは、百貨店の中での明暗である。地方・郊外店は客離れに歯止めがかからないのに対し、大都市の旗艦店は好調な業績を残している。屋台骨である衣料品が振るわないのに対し、ラグジュアリーブランドや化粧品は売れに売れている。百貨店に何が起きているのか。
中間層の崩壊、衣料品の縮小
「WWDJAPAN.COM」では毎月、百貨店大手5社(三越伊勢丹、高島屋、大丸松坂屋百貨店、そごう・西武、阪急阪神百貨店)の月別売上高を報じているが、この数年、記事の傾向はほとんど変わらない。多少の凸凹はあるものの、前年同月の実績に対して衣料品がマイナス、ラグジュアリーブランドや時計・宝飾、化粧品が2ケタのプラスといった状況が続く。衣料品は暖冬・冷夏などの影響があればマイナスとなるのは当たり前として、平年並みの天候でもマイナスという場合が多い。一方、ラグジュアリーブランドや時計・宝飾、化粧品は天候に関係なく売れる。
百貨店における衣料品の売上高は08年に2兆7133億円だったが、18年には1兆7725億円に縮小した。百貨店が得意としてきた“中の上”の衣料品は、中間層の百貨店離れが打撃になって落ち込んでいる。主力だった団塊世代が高齢化し、それに代わる若い世代を呼び込めていないからだ。
大丸松坂屋百貨店の好本達也社長は、衣料品頼みは限界だという。「(かつては)衣料品のフロアが一番もうかっていた。通常3〜5階にある婦人服や紳士服が店舗の収益の源泉だった。地下の食品や上層階のレストランのフロアは、にぎわっていても構造的に利益は少ない。だが、この十数年で稼ぎ頭だった衣料品がみるみる失速し、収益のバランスが崩れた。これは一時的な現象ではない。一方でラグジュアリーブランドや化粧品、時計のゾーンが成長を遂げている」。
数年前から大丸松坂屋百貨店は婦人服売り場の3割縮小を打ち出し、全国の店舗で順次改装を実施している。
円安株高がもたらしたもの
7月21日に投開票を控えた参議院選の争点の一つは、安倍内閣による経済政策「アベノミクス」に対する評価だ。6年半にわたるアベノミクスは消費市場にも影響を及ぼした。とりわけ百貨店業界に多大なインパクトを与えた。
アベノミクスの柱は、大規模な金融緩和と財政出動による円安株高への誘導である。日経平均は継続的に2万円台を回復し、富裕層の金融資産を大きく底上げした。円安は00年代半ばから続いていたインバウンド(訪日客)増加に拍車をかける役割を果たした。現在の百貨店の売り上げは、中間層の百貨店離れを富裕層と訪日客による消費がカバーする構図になっている。
百貨店のカード会員のデータでは、年間購入額50万円以下の顧客の売上高は減り続け、同100万円以上の顧客の売上高は伸び続けている。かつて百貨店の発展を支えていたのは、少し背伸びしても上質な商品が欲しいという中間層だった。所得の二極化が進み、日本市場の特徴だった購買力のある分厚い中間層が弱体化した。一方で、人口は少ないものの富裕層は増加している。野村総合研究所によると、純金融資産1億円以上の富裕層は2000年の約83万世帯から17年は約126万世帯になった。
富裕層を対象にした外商は百貨店のお家芸だ。百貨店は江戸時代の呉服店をルーツにする老舗企業が多い。裕福な武家や商家を訪ねて御用聞きしてきた手法を継承し、現代では富裕層の衣食住はもちろん、呉服・宝飾品・美術品(“ごほうび”と呼ばれる)など資産価値を持つ高額品、ラグジュアリーブランドのほか、子会社を通じて旅行や保険も取り扱う。欧米のラグジュアリーブランドの関係者にも“GAISHOU”という日本語が定着しており、百貨店を通じて日本の富裕層へのアプローチを強めている。
売上高に占める外商の比率は、大都市の旗艦店で20〜40%を占めるまでになった。中間層が離脱したため相対的に比率が拡大しただけでなく、百貨店自身も新規顧客の獲得に積極的に動いた結果だ。大丸松坂屋は19年2月期で新規口座を1万5000件以上増やした。
天からの恵みの雨になった訪日客
富裕層への外商に比べて、百貨店にとってインバウンドは新しいビジネスといえる。18年の訪日客は08年に比べて約4倍の3119万人。日本とは反対に、経済発展によって中間層が爆発的に増加した中国の人々が押し寄せるようになった。
18年の訪日客による百貨店の免税売上高は3396億円、客数は524万人。3年前と比べても免税売上高で1.7倍、客数で2倍になった。免税売上高が占める比率は三越銀座店の30%、大丸心斎橋店の35%など大都市の旗艦店で20〜30%に達するケースが少なくない。一時の爆買いは影を潜めたが、日本人に比べて客単価は圧倒的に高い。化粧品やラグジュアリーブランドは彼らの消費がけん引している。
阪急阪神百貨店は16日、中国のITサービス大手の騰訊控股有限公司(テンセント・ホールディングス)が展開する中国最大のSNSアプリ「ウィーチャット(微信、WeChat)」を活用したサービスを提供する「ウィーチャットペイスマート旗艦百貨店」に、中国国外の百貨店として初めて認定されたと発表した。荒木直也社長は「全店400億円強ある免税売り上げの約8割が中国大陸からのお客さまで、快適で便利なショッピング環境を提供するのはわれわれにとって重要なテーマ。ウィーチャットは中国人顧客の日常生活に欠かせないツールになっている。今後はウィーチャットで得たビッグデータをもとにテンセント社と共同で新たなマーケティング活動を行い、世界一楽しい百貨店をめざす」と話す。
このような取り組みは他社にも波及するだろう。20年の東京オリンピック・パラリンピック、25年の大阪万博なども控え、インバウンド市場を楽観的に見る関係者は多い。
アベノミクス以前から所得の二極化は進んでいたし、訪日客も増加傾向にあった。地方の百貨店の閉店も今に始まったことではない。だが、円安株高の政策が富裕層と訪日客の消費に強力な追い風になったこと間違いない。その恩恵は地方経済には届かなかった。生き残りをかける百貨店は、今後も富裕層と訪日客の獲得のため、大都市の旗艦店に経営資源を投じていくことになるだろう。
一方で、ショッピングセンターやECに流出した中間層を呼び戻す課題は解決されてない。今は富裕層と訪日客による消費拡大が天からの恵みの雨のようになっているが、耐用年数を過ぎたビジネスモデルの革新という本質的な問題は積み残されたままだ。
「WWDジャパン」7月15日号の百貨店特集では、岐路に立つ有力百貨店6社(三越伊勢丹ホールディングス、高島屋、大丸松坂屋百貨店、そごう・西武、阪急阪神百貨店、松屋)のトップインタビューを通じて業界の変化を浮き彫りにする。