「キディル(KIDILL)」がパリで初めて行なったショーの舞台裏に3日間密着し、取材はいよいよ最終日を迎えた。
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デザイナーの末安弘明とスタイリストの島田辰哉がタッグを組んで東京で10シーズン以上ショーを開催してきたとあって、異国の地パリでもここまでトラブルなく準備は進められてきた。初挑戦となった前季のプレゼンテーションでは主にバイヤーが来場したが、今季はプレスも加わり会場は満席だった。来場者の誘致に一役買ったパリの有力PR会社に広報を依頼した経緯とは?そして、ショーは無事に成功したのか?緊張感漂うバックステージで末安デザイナーを見守りながら取材した。
巨大モヒカンやゴスクイーンも合流
ショーは午前10時30分開始予定で、コールタイムは7時。たっぷり時間があるようだが、末安デザイナーはほとんど息つく暇もなく動いていた。到着したモデルから順にヘアとメイクが施されていく。バックステージでは、モデルに洋服を着用させるためのフィッターと呼ばれるアシスタントたちに対して、島田がルックの細部や注意点について指示を出していた。
今回のモデルで特に強烈な存在感を放っていたアドラ(Adora Bratbat)、ナース 3D(Nurse 3D)、パルマ・ハム(Parma Ham)の3人は、異なるゴスバンドに所属する本物のパンクスで、音楽をベースにする「キディル」の世界観に共鳴しているようだ。自前のメイクで会場入りした彼らは、他のモデルよりも遅れてショー開始1時間前に到着。彼らの地毛をヘアスタイリストの森元拓也が仕上げている間、会場にはバイヤーやプレスが入ってきた。全席が埋まり盛況だったのは、パリのPR会社「リチュアル プロジェクツ(Ritual Projects)」が協力しているからだろう。「Y/プロジェクト(Y/PROJECT)」」「ゲーエムベーハー(GMBH)」など気鋭ブランドを扱う同社にアプローチすると、ロックミュージックのファンだという代表ロビン・メイソン(Robin Meason)と意気投合して、「PRをやらせてほしい」とすんなり契約が決まったという。
大胆なコレクションに込めた細部へのこだわり
「キディル」の20年春夏コレクションは、多様なコラボレーションが彩った。メインはイギリスのゴシックロックバンド、バウハウス(BAUHAUS)でフロントマンを務めたピーター・マーフィー(Peter Murphy)の作品だ。NYを拠点に活動するイラストレーターのエリ・ワキヤマ(Eri Wakiyama)のイラストや、ロンドンのバイクメーカーと共に制作したバイカージャケット、キャラクターの人形を合成したアクセサリーはグラフィックアーティストのコウスケ・シミズ(Kosuke Shimizu)との共作だ。彼らとのコラボレーションによる相乗効果もあり、パンク魂が宿るコレクションには、世間のトレンドに流されずクリエイションに打ち込む末安デザイナーのアイデアが光る。「スタイルについてのトレンドは気にしないが、素材については意識している。例えば、最近は重たい素材は敬遠されがちで、軽い素材がトレンド。僕は生地から作っているため、重いウールは使わず化学繊維を選ぶようになった」。糸から染色してその上にプリントを重ねたり、生地に釣り糸を交ぜて独特の光沢を持たせるなど、生地には末安デザイナーのこだわりが詰まっている。彼の服作りの基盤は、かつて暮らしていたロンドンでの生活にあるようだ。もともとファッションデザイナーになりたいという夢を持っていたが、「手に職をつけた方がいい」という親の勧めで美容師の道を選んだ。パンクミュージック好きが高じて本場ロンドンへ留学すると、古着を解体してリメイクしながら服作りを独学した。その頃に体験したロンドンのアンダーグラウンドなカルチャーシーンが投影される「キディル」の世界観は、多くのミュージシャンやアーティストが支持している。
数カ月かけて作り上げたショーは、10分にも満たないランウエイと45分間のフィルムインスタレーションで無事に終わった。バックステージには通常キャットウオークを映すモニターが用意されることが多いが今回はなく、末安デザイナーがリアルタイムでショーの様子を見ることはできなかった。フィナーレの大喝采が彼の緊張の糸をほどいたようで、安堵の表情とともに少し涙を浮かべながらスタッフたちと喜び合っていた。ショー直後に声を掛けると「まぁ、ショーは見られなかったからどうだったのか分からないけど(笑)、とりあえず終わった!」と晴れ晴れしい笑顔を見せた。
自費での参加にこだわる理由
昨今は、ショーという発表手法に疑問を投げかける業界人は少なくない。特にニューヨークでは数年前からファッションショー見直しの動きが強まって、多くのブランドが発表方法を模索している。巨額の費用がかかるわりにはバイヤーやエンドユーザーの消費に直結しにくく、旧来のショー構成にはかねてから疑問が呈されてきた。だが筆者の意見としては、ファッションショーが一概に難しいわけではなく、ブランドによっては有効な手段にもなると考えている。バイヤーや顧客と密な関係を築く方がブランディングにも売上にもつながるブランドもあれば、ショーで世界観を発信することで認知度を上げてコミュニティーを構築することが有効なブランドもある。強烈な個性を持つ「キディル」は後者である。密着初日に、出資者を探しているのかと末安デザイナーに尋ねると、「もちろん資金面でのサポートは欲しい。しかし、出資者をつけたことでクリエイションの面で自由が奪われることは避けたい、そういうブランドをたくさん見てきたから」と語っていた。2度のパリコレで結論を出すのはまだ早過ぎるが、自費で海外進出したブランドとして成功例になれば、若手ブランドにとっては希望となるはずだ。アカウント数だけでなく、売り上げや消化率といった数字も上がり、海外挑戦での成果が出たかどうかを、来シーズンのパリ・メンズで聞くのが早くも楽しみである。
ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける