いまだ関東は梅雨が明けず、夏本番はまだかといった状況ですが、アパレル業界では既に2019-20年秋冬の展示会が一段落しています。各社の秋冬展示会で今年も最大のトピックとなっていたのが、「コートどうする?」問題でした。コートは単価が高いため、売れ行きが秋冬の業績に直結します。同時に、気温という不確定要素に動向が左右される部分が大きく、昨年は暖冬によって多数のコート在庫を残してしまったブランドやメーカーが続出しました。TSIホールディングスやオンワードホールディングスはそれによって業績予想を下方修正しましたし、「ユニクロ(UNIQLO)」のファーストリテイリングも暖冬で18-19年秋冬は奮わず、という結果でした。
この業界では決算会見などで売り上げ不振を説明する際に、「いやー、暖冬だったのでコートが売れなくて…」といった話が非常によく出ます。秋冬シーズンだとほぼそれに終始するといってもいいくらいです。しかし数年前、ある中堅アパレルメーカーの社長が自嘲気味にこう話していたのが非常に印象に残っています。「天気が悪かったので業績不振でしたという言い訳が許されるのって、アパレル業界くらいですよね。他の業界だったら、天候リスクは最初から織り込んでおけって株主やアナリストから怒られますよ」。
実際のところは、アパレル以外にも天候要因が業績に直結する業種はありますが(エアコンメーカーなど)、その社長は異業種からアパレルに参入した方なので、アパレル業界内で「まあこういうものだから仕方がないだろう」と長年なあなあで済まされてきたものに対して、「え!そんなんでいいわけ?」と感じる部分が多いのだと思います。私自身も、この社長の言葉によって目が開かれた部分は大きく、「確かに天候動向によって毎秋冬こんなにアタフタする業界って、産業としてどうなんだ?」と感じる部分は大きくなりました。
「ユニクロ」も「ジーユー」も「無印良品」も! みんな薄手アウター強化
というわけで、暖冬だろうが厳冬だろうが関係なく、どんな天候下でも売れるMDをいかに組むかがアパレル業界の共通課題なわけですが、そうした中で、19-20年秋冬の展示会では薄手アウターの品ぞろえを充実させることが各社の流れとなっていました。暖冬でも着られて、厳冬だったとしても厚手コートのインナーとして着られるような商品です。「ユニクロ」が企画していたボアフリースのブルゾンやコート、「ジーユー(GU)」のシャツとジャケットの中間のような“シャケット”などがその代表例です。「無印良品」は軽量ダウンシリーズに注力していましたが、なかでもヒットが見込めそうなベストタイプは、従来よりも1000円値下げして2990円(税込)とし、強化品番にしていました。
ただし、薄手アウター重視の流れは今年始まったものではなく、この10年ほどずっと続いているものではあります。とはいえ各社昨年の暖冬で背負った不良在庫の記憶が生々しいため、今年はこの2~3年の間では特に「薄手アウター!」「薄手アウター!!」という声が強かった印象を受けました。
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フィービーが火付け役のダブルフェースコートは今年も健在
薄手アウターというと、ボアやダウン、キルティングといったウール以外が必然的に主役になりますが、ウールやウール混の“正統派”コートが全く展示会に出ていなかったかというと、もちろんそんなことはありません。チェスターフィールドコートやPコートなどは、定番としていくつかのブランドが出していました。ですが、やはりウールメルトンなどの超地厚なコートはかなり少なく、ウールコートといってもカーディガン感覚で着られるタイプが中心。その代表が、ウールやウール混のダブルフェース素材を使った、裏地のないコートです。
ルミネや百貨店などに出店し、おしゃれ好きのエレガント女子に人気のブランド「アルアバイル(ALLUREVILLE)」と「アナイ(ANAYI)」(どちらもファーイーストカンパニー)は、ダブルフェース素材のコートを推していました。「アルアバイル」の担当者いわく、「軽い着心地のダブルフェースのコートは、昨年の暖冬下でも好調だった」そう。それを受けて、今年は期待を込めて消費増税前に投入を早めるそうです。コートだけでなく、コート×ドレスやジャケット×スカートといったセットアップもダブルフェース素材で企画していました。
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ダブルフェース、ダブルフェースと連呼してきましたが、「そもそもダブルフェースって何?」という声が聞こえてきそうです。ファッション業界内でも、何をダブルフェースと呼ぶかは会社や個人によってやや異なっており、ちょっと分かりづらい状況になっています。せっかくの機会なので、素材の専門家である繊維専門商社、スタイレムの飯田悟司・事業本部ファブリック事業部副事業部長、富田洋司・同事業部第1部81課課長代行にダブルフェースについて聞いてきました。
お二人によると、ダブルフェースとはその名が示す通り、表と裏で2枚の生地がくっ付いた構造になっている両面生地の総称のこと。「生地を二重にするには、二重織り、二重編み、ボンディング(貼り付け)などさまざまな手法があるが、いわゆる『ダブルフェースのコート』が指すダブルフェースは、生地を織る際に経糸で接結(2枚の布をくっ付けること)した二重織りのこと」だそう。
ダブルフェースのコートは、ここ数年ウィメンズの市場で冬のウール系コートの主流となっています。火付け役はフィービー・ファイロ(Phoebe Philo)時代の「セリーヌ(CELINE)」。フィービーが生んだコクーンシルエットの銘品ダブルフェースコート“クロンビー”は、フィービー退任前の最後のシーズンには飛ぶように売れて(カシミヤのダブルフェースで50万円超えという高価格にも関わらず!)話題になりました。その“クロンビー”にインスパイヤされて、多くのリアルクローズブランドがダブルフェースのコートをここ数年作り続けています。先ほど、「昨年の暖冬下でもダブルフェースのコートは売れた」という「アルアバイル」の声をご紹介しましたが、ダブルフェースは素材の特性上、裏地なしで仕立てることができて軽いんです。それが各社がダブルフェースコートを作り続ける理由、かつ今秋冬も期待品番にあがっている理由です。
「これは手縫いなんですよ」は本当なのか?
蛇足ですが、ダブルフェースのコートを店頭で見ている際に、販売員さんに「これはミシンではなく手縫いで仕立てているんですよ(=それだけ高級ですよ)」と言われたことがある人もいるかもしれません。確かにダブルフェースは、二重織りをつなぐ糸(接結糸)に手作業でハサミを入れて、2枚にはがした生地の端を内側に織り込んで手でまつり縫いをして仕立てていきます。これを「リバー仕立て」「毛抜き合わせ」と呼びます。「リバー仕立て」に関しては、単にリバーシブルに仕立てる(表と裏をひっくり返して2ウェーで着られるように仕立てる)ことをそう呼んでいる人もいてややこしいのですが、「リバー仕立て」がもともと指すのは「毛抜き合わせ」のことです。
でも私はここ数年、疑問に思っていました。これだけ世の中にリバー仕立てのダブルフェースコートがたくさん出ていて、その全てが本当に手まつり(手縫い)なのだろうかと。この疑問は、世の中にこれだけカシミヤ製品が大量に出ていて、その全てが本当に純カシミヤなのか、そんなにこの世にカシミヤヤギはいるのか、という問いにも通ずるものがあります(カシミヤの偽装表記は数年前に問題になりました)。スタイレムの飯田副事業部長、富田課長代行が、この疑問にも答えてくれました。いわく「ダブルフェースは基本的に、接結糸をはがすのも、まつり縫いも手作業で行うもの。ただし、一部工場はスライサーという接結糸をはがすカッターや、直線に限ってならばまつり縫いができるミシンを持っている」。
お二人によれば、着心地をよくするために生地に縮絨をかけ、揉んでいく(それだけ手間をかける)と二重織りの接結がはがれにくくなるそうで、「そうした生地は手間がかかっている分生地自体の価格も高くなるし、スライサーでは生地をはがせないので工賃も高くなる」。ラグジュアリー・ブランドがカシミヤやカシミヤ混などの上質なダブルフェースを使い、リバー仕立てで作っているコートはまさにこういったもの。一方で、化繊混ウールのダブルフェースなど、接結をはがしやすい(はがす手間がかからないし、場合によってはスライサーも使用可能=工賃が下がる)タイプの生地もあり、ショッピングモール向けのやや安価なブランドなどは、そういった生地を求める傾向が強いそうです。
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徒然になってしまいましたが、19-20年秋冬も、各社気合いを入れて商品を企画していました。天候要因に限らずですが、「どうにもならないことだからしょうがない」「長年このやり方でやってきたからこれが当たり前」と思考停止するのではなく、そこを超えていく企画力なり発想力なりが求められている時代だなと、改めて強く思います。