2019年上半期に出版されたファッション関連書籍から10冊を選んで紹介する。「ファッション」を多角的に捉えるために、ビジネスにおけるファッション、デザイナーから見たファッション、学問対象としてのファッションなど、あらゆる視座から書かれた書籍を分野を問わず取り上げる。
それぞれの書籍ごとに、上半期に話題となったニュースやインタビューなどを中心に関連性のある記事を添えた。最新動向を追うことはもちろん大切だが、同時に大局を見渡すための知見も欠かしてはいけない。関連記事とあわせて、下記の10冊をお薦めしたい。
「アパレル・サバイバル」
(齊藤孝浩、日本経済新聞出版社)
「ユニクロ対ZARA」(日本経済新聞出版社、2018)の筆者である流通コンサルタントの齊藤孝浩氏が、10年後のファッション業界を描き出す。本書を最も特徴付けているのは、消費者のクローゼットが持つ可能性に注目した点。メルカリをはじめとする国内で躍進する企業は、クローゼットを最適化するサービスを展開することで消費者の購買行動を変えている。今後のファッション業界を生き残るためにも、書中で取り上げられたサービスを参考にしてもいいのかもしれない。強い主体性を発揮し始めた消費者に対してファッション業界は何ができるのか?その問いに対する答えを持てたなら、この業界で生き残れるのではないだろうか。
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「2030年アパレルの未来 : 日本企業が半分になる日」
(福田稔、東洋経済新報社)
「誰がアパレルを殺すのか」( 杉原淳一、染原睦美、日経BP社、2017)にも通ずる刺激的な副題を持つ本書は、新テクノロジーを導入することによって起きうる変化を10項目に整理して解説する。イギリスのファッションビッグデータ解析サービスである「エディテッド(EDITED」やメンズスーツなどのカスタムオーダーを展開する中国の「衣邦人(YBREN.COM、イーバンレン)」、シンガポール発のファッションEC「ジリンゴ(ZILINGO)」など、テクノロジーを有効に活用して成功を収めている海外の新興企業の情報は必見。章末ごとにまとめられた要点は再読の際に助けになる。巻末には「アンリアレイジ(ANREALAGE)」の森永邦彦デザイナーのインタビューも掲載している。
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「大量廃棄社会 アパレルとコンビニの不都合な真実」
(仲村和代・藤田さつき、光文社)
「社会のありようを理解するには、『ごみ』を見るのが一番なのかもしれない」(P.123)。本書は昨今話題の大量廃棄問題について、食品とアパレルの2部構成で切り込んでいく。年間約10億着が捨てられているというファッション業界の現状を丁寧に掘り下げながら、飽和状態のリサイクル業者や外国人技能実習制度が抱える闇など周辺問題にも言及したジャーナリスティックな内容になっている。最終章では人々の消費行為に目を向け、消費者のモノとの関係性の築き方に議論を発展させる。衣・食の2つの観点から、この国で今起きている問題をこの本を通して直視してほしい。
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「アパレル素材企画 プロフェッショナルガイド」
(野末和志、繊研新聞社)
アパレル素材の生産工程や流通形式、業界構造についてほぼ網羅的に解説する。これから業界に入りたいと考えている人や、すでに業界にいながらも知識不足を実感している人にとっては必携の1冊かもしれない。本書を読むと、衣服を作るには感性だけでなく知性も必要なのだとあらためて思い知らされる。縮小続く国内繊維業界や画一的な商品企画など、業界が抱える問題は山積みになっている。この1冊でアパレル生産に関する知識が完結するわけではないが、現状の課題に向き合うための糸口が見つかるかもしれない。もちろん業界の人間であるならば生産の現場に出向くことも肝要だ。
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「服を作る モードを超えて 増補新版」
(山本耀司・宮智泉、中央公論新社)
「『僕は考えている』という服を作り続けなければ」(P.181)。本書は、山本耀司「ヨウジヤマモト(YOHJI YAMAMOTO)」デザイナーのクリエイションに対する哲学に迫っていく。2013年出版の内容に19年3月収録のインタビューなどを追加した増補版。100の質問や生い立ちから振り返るインタビューによって山本耀司の人間像を明らかにする。老いてますます盛んな山本耀司デザイナーの言葉はどれも刺激的で、特に新収録のインタビューは必読だ。山本耀司の変わらぬ思想の一端が見えてくるはず。「僕、まだやめられないです」(P.184)。
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・ヨウジヤマモトの好調を支える主要20ブランド・ラインを大解剖
「“複雑なタイトルをここに”」
(ヴァージル・アブロー、倉田佳子・ダニエル・ゴンザレス 訳、アダチプレス)
「オフ-ホワイト c/o ヴァージル アブロー(OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH)」のデザイナーであり、「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」メンズ アーティスティック・ディレクターでもあるファッション界の最重要人物、ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)がハーバード大学デザイン大学院で行なった特別講義の内容をまとめた1冊。理路整然としたヴァージルのデザイン論はファッションデザインにとどまらず、日常における思考法にもヒントを与えてくれる。ヴァージルの発言は右ページ、質問者の発言やスライドなどの画像は左ページにレイアウトされているため、読み進めやすい。
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「vanitas No.006」
(蘆田裕史+水野大二郎 責任編集、アダチプレス)
ファッション批評理論の構築を目的としたファッション批評誌の約1年ぶりとなる最新刊。今号では「ファッションの教育・研究・批評」をテーマに、ファッション教育に携わる研究者やファッション批評の実践者へのインタビューなどを掲載している。そのほかにも、ファッションに関する論文やエッセイ、海外のファッション研究機関や展覧会を紹介するページなども充実している。10カテゴリーから選出されたファッション関連書籍のブックガイドは、未邦訳書籍なども数多く掲載されているため、これからファッション研究を志す人や世界の最新動向を知りたい人などにお薦め。
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「転生するモード デジタルメディア時代のファッション(叢書セミオトポス14)」
(日本記号学会 編、新曜社)
2017年に開催された日本記号学会のセッションをもとに編集された論集。雑誌媒体、ストリート、デジタルメディアにフォーカスした3部構成で、現代に至るまでの環境の変化とファッションの関係を読み解いていく。3部の大黒岳彦明治大学教授による流行構造の変化に関する指摘など、現在のファッションに対する理解の助けとなる内容も多い。学問的ではあるが専門的知識がなくとも読み通せる内容になっているため、学生だけでなく業界で働く人にも読んでほしい。
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「女性雑誌とファッションの歴史社会学 ビジュアル・ファッション誌の成立」
(坂本佳鶴恵、新曜社)
雑誌は日本の女性にとってどのような意味があったのか。筆者は明治末期から1990年代までの女性雑誌の歴史的変遷とファッションの関係を追い、日本人女性に与えた影響を明らかにする。「アンアン(anan)」や「ノンノ(NON-NO)」に代表されるビジュアル・ファッション誌の登場は、女性が意識する役割や消費に対する認識の変化に少なからず関わっている。デジタルメディアの登場や購読者数の減少など、00年代以降の雑誌を取り巻く環境は大きく変わっているが、雑誌の歴史的意義を知ることで得られるものは多い。メディアや女性とファッションの関わりなどについて考える際の参考に。
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「『盛り』の誕生 女の子とテクノロジーが生んだ日本の美意識」
(久保友香、太田出版)
日本独自の文化「盛り」。この遊戯的なビジュアルコミュニケーションは、常にビジュアル加工テクノロジーの進化とコミュニケーション手段の拡大とともにあった。1990年代の渋谷から雑誌、プリクラ、ブログ、インスタグラム、韓国コスメを巡り、筆者は「盛り」という現象を通して「日本人の美意識」に迫っていく。時代の当事者たちへのインタビューは当時の情景をありありと浮かび上がらせながら、本書の時代分析の精度を高めている。コミュニティーと「盛り」の関係についての考察など、これからの時代を見通す上でも欠かせない視点を多く提供してくれるはず。
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秋吉成紀(あきよしなるき):1994年生まれ。2018年1月から「WWDジャパン」でアルバイト中。