「欧米とは違う、日本ならではのブランド戦略があるはずだ」——7月31日~8月3日にパシフィコ横浜で開催された「楽天オプティミズム(Rakuten Optimism)2019」で、「世界を掴むブランド戦略」と題して楽天の三木谷浩史会長兼社長、放送作家の小山薫堂氏、サムライの佐藤可士和クリエイティブディレクター/アートディレクターが鼎談した。
三木谷会長は「本日は日本を代表するクリエイターお二人に来ていただきました。お二人はお互いをどう評価されていますか。ライバル視していますか」と問いかけた。これに対し佐藤氏は「ライバルというか、あまりにもタイプが違うんですよね」と答え、小山氏は「僕はどちらかというとストーリーを作るタイプで、佐藤さんは形を作るタイプです」と応じた。
徹底管理の欧米型、ゆるい日本型
小山氏は熊本県のPRキャラクター「くまモン」をプロデュースした経験を通して、「かえってブランドのことが分からなくなった」と自身の経験を振り返った。「普通ブランドって隙のないものを作り、それを上から降らせるような感じで展開するんです。欧米で言えば、まず教会を作って、そこでパイプオルガンを鳴らすような具合です。でもくまモンの第1号商品はなんと仏壇なんですよ。『著作権フリーで使ってください』とお知らせしたら、許諾の列に最初に並んだ人が仏具屋さんだった。その時に『このブランドは成功する訳がない』と思ったけど、結局は成功した(笑)」(小山氏)。
佐藤氏は「小山さんがお話しされたように、欧米型は上から降らせて統一します。これまで楽天の仕事をする中で、三木谷さんとブランド戦略をどうするかという話をしてきたのですが、『欧米型とは違う、日本のやり方があるんじゃないか』という話題によくなります」と話した。そして「欧米型のブランド戦略が完全管理で完璧な仕組みの下でやるディズニー型なのに対し、ハローキティの取り組みが面白いと思ったんです。(ハローキティは)政治と暴力とエロだけは駄目だけどそれ以外はオッケーという方針なので、ご当地も使うしハイブランドにも使われています」(佐藤氏)と続けた。
これに対し小山氏は「くまモンも一緒ですね。管理はゆるいです。くまモンとハローキティに共通するのは愛され力があることですね」と応じた。
三木谷会長は「近年『ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)』が日本のデザインを使ったりするのを見ると、日本をチラ見しているのかなという感じがするんですよね」と指摘した。佐藤氏は「これまでラグジュアリーだったハイブランドが近年は思いっきりストリートに寄っています。八百万(やおろず)の神と言われるように日本はもともと多様性を持っていて、その多様性が欧米からは魅力的に映るのではないかと思います」と語った。
球団を持ってから知名度が跳ね上がった
三木谷会長は佐藤氏に対し「これまで国際的な企業をいろいろ手がけられてきて、日本のブランドはどうあるべきだと感じていますか」と尋ねた。佐藤氏は「世界戦略を考えると、日本企業ならではのブランドの強みはどこにあるかを考えざるを得ません。どこの切り口から見たら世界の人は日本のブランドが魅力的に見えるんだろうか、と考えてきました。私は日本人は感性の解像度が凄く高くて、クオリティを肌で感じられる感性を持っていると思っているんです。楽天もユニクロもセブン(-イレブン)も、そういう日本のいいところが凝縮したブランドだと感じているので、そこをエッジィにして来ました」と答えた。
三木谷会長は「僕らからすると、ブランドってサプライズが必要だと思うんです。楽天がFCバルセロナのメインスポンサーになったのもそれが理由です」と話した。
小山氏は以前タクシーに乗った際の経験を振り返り、「運転手さんが『楽天が昨日勝って凄いね』と言っていたんです。それで『楽天で買い物をすることがありますか』って聞いたら『え、楽天て野球以外もやってるの?』って(笑)。その時に球団のようなファンがいる組織を持つことの深さを感じたんですよね。安心感が生まれたと思います」と話した。
佐藤氏は「これまで長く楽天と一緒にお仕事をしてきましたが、すごくびっくりしたのが、三木谷さんから『野球やろうと思うんだけどどう思う?』と聞かれたときです。こんなにダイナミックに判断できるんだと、びっくりしました。その後はたった1年で知名度がぼーんと上がって」と語った。
三木谷会長は「僕のブランドの考え方は、『ブランドのオーディエンスは大きく分けて3つ』というものです。エンドカスタマー、取引先、従業員の3者がオーディエンスで、エンドカスタマーに向けてのブランドは取引先と従業員に対するブランドがあって初めて成立するんじゃないかと考えています」と説明した。
プロモーションとブランディングは違う
三木谷会長は「『楽天市場』には多くの店舗が出店しています。みんなブランディングについて悩んでいると思うのですが、小山さんから何かアドバイスをいただけませんか」と語った。小山氏は「本当にページの構成は上手だなと思います。ここでクリックする、といったことが分かりやすいですし。アイデアとしては、あれの真逆があってもいいのかなと思います。いまは消費者に対して“押し、押し、押し”という感じなので、あえて探すのを大変にして“引き、引き、引き”にするのも面白いと思います」と話した。
三木谷会長は「機能性を追求したサイトよりも、小山さんがお話しされたようにストーリーを作るという考え方をするとユニークなサイトが出来るかもしれませんね」と語り、小山氏も「レストランでも、オーナーが食に対する考え方をサイトで語っていたりすると面白くて読んでしまうんですよね。そういう具合に、サイトがエンターテインメントになっていると面白いと思います」と話した。
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佐藤氏は「ブランディングって、やっぱりストーリーとか社会の中での佇まいがあるんです。だからプロモーションとブランディングをごっちゃにするとまずいことになります。プロモーションは“プッシュ”で、ブランディングは“プル”。そこを整理すると分かりやすいと思います」と語った。小山氏も「それがすごく大事です。ブランディングってお金がかかるのでついつい我慢しきれなくなってプッシュになってしまいがちです」と応じ、「三木谷さんは失敗されたことはありますか」と質問した。
三木谷会長は「日々失敗しています。一時期、会員の方に電子メールを送りすぎているという問題があって、でもそれをやめると売り上げが落ちる、という問題がありました。結果的に長期的なブランディングを優先するために電子メールを減らしました。このように短期的な戦略と長期的なブランディングでどうバランスを取るか悩む場面はたくさんあります」と答えた。
みんながハッピーになれるプラットフォームを
佐藤氏は「ブランドは、どういう理念を持つか、というストーリーを持つかが大事です。『デザインを先に』といったことを考えると本質からずれていきます。先ほどお話した通り、プロモーションとブランディングのバランスが大事です。みなさんのストーリーを作ってほしいと思います」と語った。
小山氏は「日本で最初の天気予報が1884年に出されたんです。日本全国に対する予報で『全国一般風ノ向キハ定リナシ天気ハ変リ易シ但シ雨天勝チ』というものでした。これは今から見ると稚拙ですが、当時は一生懸命やってもこれくらいしかできなかった。でも新しいことをやるってこういうことだと思うんです。最初は稚拙かもしれないけど、遠い未来にすごくいいことが起きるんじゃないかと願ってやるものだと思います」と話した。
三木谷会長は「楽天市場がスタートした当時、デジタルな名称を付けるのが全盛で「〜ドットコム」といった名前のサイトが多かったんですが、われわれはいかにも日本という名前を付けました。今後、5Gが普及したり、日中貿易戦争が始まったり、日韓関係が悪くなるなど、新しいことや不安要素がどんどん出てきます。その中において、われわれは日本社会の特性である“楽天主義”を実現して、みんながハッピーになれるプラットフォームを提供できればと思っています。また、技術がすさまじい勢いで進化しているので、そこでもいろいろやっていきたいと思っています」と語り、講演を締めくくった。
吉田洋平(よしだ・ようへい) : 出版社勤務後、フリーランスに。ビジネス、ITを中心に様々な雑誌、Web媒体、企業のオウンドメディアなどで記事を執筆