SDGs(持続可能な開発目標)のロゴを目にする機会が増えた人も多いのではないだろうか。この親しみやすいデザインと色、単純明快な言葉とともに示されたロゴは、世界70億人がコミュニケーションできるものだが、実は、このデザインに至る前は、SDGsは難解な言葉でつづられた箇条書きだった。
SDGsは2015年に国連で採択された「誰一人取り残さない」世界のための17の目標と169項目のターゲットで、30年までに達成を目指す世界共通の目標だ。持続可能な社会に向けて、国や企業、自治体、そして個人が自由な発想で取り組めるようにするもので、誰もが簡単に内容を理解できるものである必要があった。
「インフォメーションと
コミュニケーションは違う」
SDGsのデザインとコミュニケーションを設計したヤーコブ・トロールベック(Jakob Tollback)=ザ・ニュー・ディヴィジョン(THE NEW DIVISION)代表の基調講演を6月に聞いた。彼が語った言葉の中でも特に印象的だったのは「インフォメーションとコミュニケーションは違う」ということ。当たり前のことのようだが、実はドキっとする人も多いのではないだろうか。
スウェーデン出身のトロールベック氏はアップル(APPLE)やグーグル(GOOGLE)、MTVなどのデザインワークやブランディングを手掛け、数多くの実績と受賞経歴を持つ。そもそも彼が手掛けることになったきっかけは2014年12月に届いた1通のメールだったという。そこには難解な言葉で箇条書きになった17の目標と169項目のターゲットについて書かれていた。「当時は、『皆から理解されるものにはならないだろう』と言われていた。だからこそやりたいと思った」と名乗り出たという。
難解な言葉を人々が行動に移せる
アイコンに変換
「難解な言葉を、人々が行動に移せるようなものにすること。よりポジティブに目標に向かえるような言葉に変換することが必要だった」――そのために彼がまず行ったのは、箇条書きをシンプルにすること。例えばゴール2の「End hunger, achieve food security and improved nutrition and promote sustainable agriculture(飢餓を終わらせ、食料安全保障および栄養改善を実現し、持続可能な農業を促進する)」は、「NO HUNGER(飢餓をゼロに)」とした。ゴール15の「Protect, restore and promote sustainable use of terrestrial ecosystems, sustainably manage forests, combat desertification, and half and reverse land degradation and halt biodiversity loss(陸上の生態系の保護と回復、持続可能な利用の促進、持続可能な森林の管理、砂漠化への対処、ならびに土地の劣化の阻止・回復および生物多様性の損失を阻止する)」は「LIFE ON LAND(陸の豊かさも守ろう)」とした。
人生の目標を
“買う”だけにしないこと
次に行ったのは、言葉のビジュアル化。面白く、わかりやすい絵と色でコミュニケーションすることを目指した。「17の目標はすべてつながりがある。調和がとれていながら別々のデザインであることが必要だった」と振り返る。実は、この一つ一つのイラストにも試行錯誤があった。世界中の誰が見てもその目標を連想させる絵でなくてはならないからだ。
次に各目標に対する具体的なターゲットを簡略化した。「目標に注目してもらうには何が必要か。何について取り組むべきかは示されているが、何をすべきかは述べられていない」とトロールベック氏。169もあるターゲットをどうわかりやく伝えるか。彼は、17の目標同様に、意味の曖昧なものを全てそぎ落とすことに取り組み、言葉を視覚化した。
トロールベック氏は1999年に米国ニューヨークに設立したクリエイティブ・スタジオ、トロールベック+カンパニー( Trollbäck+Company)に加え、現在は、サステイナビリティー・コミュニケーションに特化したザ・ニュー・ディヴィジョン社をスウェーデン・ストックホルムで運営する。「正直、ニューヨークの会社の仕事はもうかる。サステイナビリティーのコミュニケーションに特化したストックホルムの会社で稼げる金額はケタが違う(少ない)。でも、自分が正しい方向に進んでいると思うし、活動に注目してもらえていると実感している」。これまでの商品を売るためのデザインやコミュニケーションから、持続可能な社会のためのコミュニケーションへ。
「気候変動への対応策は緊急を要するけれど……バランスをとるのが難しい。価値観の基盤を変えることが重要だと感じる。消費を重視するのは過去のこと。人生の目標を“買う”だけにしないこと、愛情や友情で感じる幸福感にシフトしていくことが求められる。事業をすることで売り手と買い手が対話しながら、持続可能なビジネスを考える必要があるだろう」と語る一方で「学ぶことは簡単だけど、行動を起こすことは難しい」とも言う。
しかし、SDGsの中にはより身近な問題についての目標もあることに言及する。「例えばターゲット5-4(公共のサービス、インフラ、および社会保障政策の提供、ならびに各国の状況に応じた世帯・家族内における責任分担を通じて、無報酬の育児・介護や家事労働を認識・評価する)は夫婦関係に向けた内容。家事を有料化したり、たがいに分配したりするといった解決策がある」と語り、会場の空気をやわらげた。
日本におけるSDGsの認知度は19%と、他国に比べると低い。しかし、環境にどれだけ貢献しているかが今後は企業価値を大きく左右すると考えられるため、多くの企業がSDGsを盛り込んだビジョンを発表している。