ラグジュアリースニーカーの先駆け的存在であるイタリア・ベネチア発のブランド、「ゴールデン グース(GOLDEN GOOSE)」が今夏、東京・南青山に路面旗艦店をオープンした。同ブランドは2018年12月まで、トゥモローランドが日本での店舗運営を行っていたが、現在はジャパン社(ダニーロ・ピアルリ社長)が事業を引き継いでいる。旗艦店のオープンに合わせて来日した本国のシルヴィオ・カンパラ(Silvio Campara)最高経営責任者(CEO)は、かつて日本に住んでいたこともあり、日本各地の伝統的なモノ作りに精通している。カンパラCEOに、ブランドのフィロソフィーや日本との関わりを聞いた。
WWD:日本のモノ作りにとても造詣が深いと聞いている。それはなぜ?
シルヴィオ・カンパラCEO(以下、カンパラCEO):僕と日本との縁は05年にさかのぼる。当時は「ジョルジオ アルマーニ(GIORGIO ARMANI)」で働いていて、4年ほど日本に住んでいたんだ。日本とイタリアは共通点が多いこともあって、日本やその文化は大好き。両国とも国が狭いからか、ディテールへのこだわりが強いと思う。アメリカなどの広い国はより大きなものを見たがるのに対し、狭い国では細かなことに気付くからね。日本もイタリアも優れたクラフトマンシップがあるという点が共通しているので、日本にいた頃はレザーや木製品の小さなアトリエを北海道から九州まで訪ね歩いたし、ファッションのアトリエではないところにも行ったよ。「ゴールデン グース」と日本を結び付けているのは、そうしたディテールへのこだわりの強さだと思う。ブランドを立ち上げたとき、本国のイタリア以外でポジティブな反応をしてくれたのはアメリカと日本だったし、日本と「ゴールデン グース」の関係には長い歴史がある。スニーカーだけではなく、ブランドとしてね。
WWD:今回の旗艦店オープンのタイミングでは、日本の藍染め職人と組んだ限定商品のTシャツを作成。19-20年秋冬は北海道のアイヌ文化などに着想したコレクションを作っている。
カンパラCEO:どこかの国に進出した際には、本国の言葉や手法だけでなく、その国の言葉やフィーリングを織り交ぜて、顧客にメッセージを届けたいといつも考えている。これはとても重要なことで、われわれの戦略である“グローカル(グローバル&ローカル)”の一環だ。「ゴールデン グース」の商品は全てベネチアで作られていて、われわれが打ち出すクラフトマンシップは世界で一つ。職人による細かなモノ作りをとても大切にするところに、日本と当社の強い結びつきを感じるから、東京の店舗では日本の職人とコラボレーションしたコレクションを発売した。これこそ、インクルージョン(多様性を取り込んでいくこと)だと思う。この機会に、「ゴールデン グース」にとって“ファミリー”がとても大事だということもぜひお伝えしたい。“家族”という一般的な意味に加えて、“共生”という意味があるんだ。それは常にインクルーシブ(包括的)で、新しい文化や異なるアプローチに対してオープンであること。昨年、子会社としてジャパン社を立ち上げたけど、チームの皆を「ゴールデン グース」の一員として迎えることでできてとてもうれしいし、単にチームというのではなく、“ファミリー”の一員だと思っている。“ファミリー”には、一般的な家族という意味だけでなく、共生という意味もあるんだ。
WWD:以前はトゥモローランドが日本での販売権を持ち、店舗運営していた。体制を変更したのはどんな意図から?
カンパラCEO:佐々木さん(佐々木啓トゥモローランド創業者)をはじめとするトゥモローランドの人たちは、「ゴールデン グース」のビジネスだけでなく、カルチャーやブランドの背景にある考え方も日本に根付かせるサポートをしてくれた。それがあったからこそ、本腰を入れてブランドを展開し、事業を拡大しつつマネタイズしていこうとなった。今回は新旗艦店のオープンに合わせて来日したわけだけど、トゥモローランドの皆さんに感謝の気持ちも伝えたかったし、日本における「ゴールデン グース」のさらなる発展を心から願っている。
話題先行のコラボレーションは
“フェイク”
WWD:日本では今後、どのようにビジネスを拡げていく?その中で、今回オープンした旗艦店はどんな役割を担う?
カンパラCEO:方向性としてはジャパン社設立前と同じで、それをさらに拡大していく。青山の旗艦店で扱う製品の30%以上は、日本向けの限定品だ。「ゴールデン グース」の商品戦略は非常にユニークで、たぶん世界でも珍しいと思うんだけど、地域・国と販売チャネル(セレクトショップ向け、百貨店向け、直営路面店、EC)の両方で取り扱い商品を変えている。多くのブランドは地域別に異なる商品を出していても、販売チャネルごとに違ったりはしないからね。日本ではまずは直営路面店に注力し、あと2店ほどオープンしたい。でも、多くの消費者が「ゴールデン グース」での買い物体験を楽しめるように、百貨店内への出店も今後数年で15店ほど考えている。今回オープンした旗艦店を語るうえでは、“ラボ”の存在も重要だ。ベネチアのアトリエで学んだ職人が常駐していて、顧客一人一人の好みに合わせてスニーカーをカスタマイズするんだ。“ラボ”併設店舗は東京を含めてまだ世界で3店しかない。日本はそれだけ重要な市場で、日本の「ゴールデン グース」ファンに最高の体験を届けたいと思っている。“ラボ”は今後、百貨店内の店にも併設していきたい。
WWD:ここ数年、世界的にスニーカーがヒットして、ラグジュアリーブランドもこぞって作るようになった。「ゴールデン グース」の存在はそうした動きの先駆けだったようにも思う。
カンパラCEO:われわれは今や、世界的なスニーカーブランドの一つだ。うちが初めてラグジュアリースニーカーを作って、ラグジュアリーブランドが追随したんだ。うちは今でもハンドメイドでスニーカーを作っていて、そういった手法を守っているブランドは少ないと思う。ただ、忘れてほしくないのは、われわれはスニーカーブランドではなく、スニーカーも作っているブランドだということ。スニーカーは、「ゴールデン グース」の多様な世界の一つであり、顧客に何か特別なものを提供したいという思いを込めて職人が作っている。最近はブランドや企業同士のコラボレーションも多いけど、その多くはフェイク(偽物)だと感じる。消費者は馬鹿ではないから、偽物のコラボに意味なんてない。僕らはコラボを打ち出そうとは思わない。うちの商品は一人一人に合わせてカスタマイズすることで、顧客に寄り添うことができる。「私はこうしたい」と“ラボ”の職人に伝えてもらえれば、それが製品に反映される。イニシャルの刻印とか誕生月別のデザインとかではなく、個人の感情や思いに基づいてカスタマイズするんだ。もう一つ重要なのは、そうしてカスタマイズされた製品を、顧客自身が使っていくことでさらにカスタマイズされていくということ。「ゴールデン グース」のスニーカーを購入する人は、皆そのスニーカーと恋に落ちる。捨てたりせず、まるで家族であるかのように大事に取っておく。とても興味深い現象だよね。
ラグジュアリーとは、「永遠に残るものを作ろうとする大志」
WWD:「ゴールデン グース」は、“ベネチア発のラグジュアリーブランド”といった紹介の仕方をされることもある。しかし、話を聞いているとラグジュアリーの意味が一般的なラグジュアリーブランドとは違うようだ。
カンパラCEO:僕の考えでは、何かを永遠に残していこうという大志を抱いているブランドこそが、本物のラグジュアリーブランド。例えば50年前に作られた「シャネル(CHANEL)」のバッグは、今でもすばらしいよね。同様に、10年前に作られた「ゴールデン グース」のスニーカーも、今でもすばらしい。僕はこれをとても誇りに思っているし、この会社を経営する原動力になっている。ここ何年かで、ラグジュアリーに対する価値観が大きく変わったと思う。昔はラグジュアリーかどうかは値段によって判断されたけど、今は希少性がその基準になっている。例えば、われわれのスニーカーは一つとして同じものがないから、売れてしまえばもう二度と同じものが手に入らない。ラグジュアリーな存在であるためには、販売地域などが限られていることも重要だし、サステイナブルであることも欠かせない。つまりスローであること、ハンドメイドであること。これらは、永遠に残るものを作るのに欠かせないポイントでもある。すぐにコピー品が出回る商品や、世界中どこにでも売っている商品を作るのでは意味がないよね。皆が「シャネル」や「エルメス(HERMES)」に憧れるのは、そうしたブランドが絶対にファストなモノ作りをしなかったから。ファストなことは、ラグジュアリーじゃない。スローで、ハンドメイドで、忍耐強く、労力を持って作られたものがラグジュアリーだと思う。
WWD:米国の投資ファンド、カーライルグループからの出資を背景に、この5年間で年間売上高は2000万ユーロから1億8600万ユーロにまでなったと聞く。
カンパラCEO:多くの人は、投資家は投資した会社の売り上げを伸ばして、会社を売って大金を手にして、「はい、おしまい」というイメージを抱くが、今ファッション業界で行われていることはそうではない。ここ10年ほどで、金融機関のファッション業界に対する態度は変化した。単に売り上げを伸ばすことに尽力するのではなく、その会社のカルチャーやマインドセットを改善することが重要だと皆気付いている。僕がこの会社に関わり、売り上げを5年で約9倍にできたのは、会社全体のカルチャーとマインドセットを改善したから。それが最も難しいことだった。何もかもを解決する魔法なんてないから、一生懸命努力するしかない。そして、一人では何も成し遂げることはできない。チームが一丸となって取り組むしかないんだけど、共通言語がなければ、そもそもチームは成り立たない。だから、僕はまずカルチャーを育てることに尽力した。事業戦略自体は、さっきも言ったけど、とてもシンプルだよ(笑)一つの戦略、一つのチーム、一つのビジョンのもと、日々懸命に仕事をして、チームメンバーの言葉に耳を傾け、質問や疑問にしっかりと答えること。それが結果につながっている。