歴史あるブランドはアイコンと呼ばれるアイテムや意匠を持ち、引き継ぐ者はそれを時代に合わせて再解釈・デザインする。アイコン誕生の背景をひもとけば、才能ある作り手たちの頭の中をのぞき、歴史を知ることができる。この連載では1946年創業の「ディオール(DIOR)」が持つ数々のアイコンを一つずつひもといてゆく。奥が深いファッションの旅へようこそ!
今回の主役は靴である。マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)=アーティスティック・ディレクターは、「ディオール」でのデビューを飾った2017年春夏コレクションで、写真のシューズ“ジャディオール”パンプスを発表し、今ではステートメントピースとしてベストセラーになっている。このシューズもまた、この連載で紹介してきた他のアイテムと同じく、メゾンのアイコンを今の時代に合わせてデザインし職人たちが手仕事で仕上げたものだ。
ムッシュ・ディオールは靴について、次のような言葉を残している。「靴選びにはもっと慎重になるべきです。ほとんどの女性がそんなに重要なこととは思っていないようですが、エレガントな女性というのはその足もとから生まれるものです」。その言葉通り、ムッシュは1947年の“ニュールック”を完成させるためにも靴のデザインに非常にこだわっている。
「ディオール」の靴について語るときに外せないのがシューズデザイナー、ロジェ・ヴィヴィエ(Roger Vivier)の存在だ。1953年から10年間は「ディオール」の靴のラベルにロジェ・ヴィヴィエの名前も表示されていたほどムッシュから信頼されていた。「友人のロジェ・ヴィヴィエのおかげで、女性の全身を『クリスチャン ディオール』で飾るという私の夢がかなった」とムッシュ。ヴィヴィエは、プリーツや刺しゅう、優美な模様のファブリックを用いた作品で、女性らしさを際立たせた。また、パンプスの形状を再考し、つま先を尖らせたり、多様な形のヒールを考案したことでも知られる。
“ジャディオール”パンプスは6.5cmのヒールを中心に、1cmのフラットと、10cmのハイヒールもそろえる。オートクチュールを想起させる刺しゅうを施したリボン、後部のステッチといった高度なクラフトマンシップが特徴で、“J’ADIOR”のリボンの文字はなんと1文字ごとに糸を手作業で切断しているため7万5000以上の縫い目があるという。気の遠くなる話だが、同時に文字は1本の黒い糸のみを使用して描かれているため、つなぎ目で足がこすれる心配がないなど、履き心地への細かな配慮も見られる。「どんなときも履き心地がよくなければいけません。履き心地のよくないシューズは歩き方を悪くし、美しいお洋服をまとっても醜くなってしまいます」とムッシュも話したように、履き心地は靴の大切な要素だ。
そして脚をほっそりと見せるポインテッドトーやスタイルを引き立てるローカットなど、足のラインが美しく見えることへも配慮されている。装飾もカッティングも履き心地も、すべては女性のエレガンスのために。その精神は今も脈々と引き継がれている。