デンマーク・コペンハーゲン発の「セシル バンセン(CECILIE BAHNSEN)」は、2020年春夏コレクションを自国のコペンハーゲン・ファッション・ウイークで披露した。「ドレスで体を包んで覆い隠しながら女性らしさをあらわにし、官能性を醸し出す新たな方法を模索した」と、デザイナーのバンセンはショー前のバックステージで語った。今シーズンはニューヨーク在住の現代美術家クリスト(Christo)が、亡き妻と共にクリスト&ジャンヌ・クロード(Christo & Jeanne-Claude)として活動していたころに発表した作品から着想を得た。夫妻は景観や建築物を変貌させる大規模なプロジェクトを手掛けており、中でも2つの作品に強い影響を受けたという。1つ目はコロラド州ロッキー山脈の幅400メートルもある谷に巨大なカーテンを吊るした1970年発表の「ヴァレー・カーテン」、2つ目は1983年に2週間だけ存続したマイアミ付近の湾に浮かぶ11の島の周りにピンクのポリエチレン布を覆った「囲まれた島」だ。「美術評論家がこれらの作品を『隠すことで見せる』と評し、その言葉でひらめいた。今季が最もロマンティックになった」とバンセンは誇らしげだ。
ショー会場はかつて工業地帯として栄え、現在は再開発が進んでいるレフスハルウーン(Refshaleoen)地区。船だまりをキャットウオークに見立てたが、本番当日は雲一つない晴天から一転して、ゲリラ豪雨に見舞われた。バックステージではスタッフたちが天候を心配しながら準備を進める。キルティングは全て手縫いで、ビーズや刺しゅうも一つ一つ手作業で施されるなどクチュールの要素も強く、ショー直前まで1人のスタッフが針を片手に最終の仕上げを行う。雨上がりの分厚い灰色の雲が広がる空の下、アール・スウェットシャツ(Earl Sweatshirt)の「チャム(Chum)」をBGMにショーがスタートした。
バンセンのシグネチャーである彫刻のように構築的なラインを描くフェミニンなドレスは、ブラックやレモンイエロー、ブラッシュピンク、オフホワイトのカラーパレットでランウエイを飾る。ハリのあるコットンや手縫いのキルト、カットジャカードなど定番の生地に加え、イタリア・コモ地方に伝わる伝統的な技術を用いて3つの層を複雑に織り合わせたスモックジャカードも使用した。新たな生地は、ブランドとして初挑戦のテーラードスーツに仕立てられていた。マスキュリンなスーツをオーガンジーで覆うことによって素肌が官能的に見え隠れし、どこかはかなさを宿していた。塩で甘みを引き立てるスイーツのように、マスキュリンなスーツはコレクション全体のフェミニティーを際立たせる。ショー前に聞いた「隠すことで見せる」技法の意味が、ルックを見て納得できた。
極めてロマンチックなコレクションは、物寂しい旧工場地帯で繰り広げられる美しい白昼夢のようであった。触れようとすると一瞬で消えてしまいそうなほど儚く無垢な服を、バンセンは“衣服の美しい幽霊”と形容する。これほどまでに創造的で豊かな感情を喚起する幽霊であれば、何度でも見たいものである。
ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける