ファッション

コペンハーゲンはパンがブーム! 注目5店の食べ歩きで食文化を体感

 8月6〜9日に開催された2020年春夏シーズンのコペンハーゲン・ファッション・ウィーク(以下、CFW)に参加してきました。過去3回訪れたのは全て極寒の真冬だったため、今回は初めて夏のコペンハーゲンです。デンマークは白夜が続く6月が真夏で、8月は日本よりひと足早く秋手前の感覚です。気温は毎日20度ほどでとても快適でした。今季のCFWには百貨店のプランタン(PRINTEMS)やギャラリー・ラファイエット(GALERIES LAFAYETTE)、ユークス・ネッタポルテ(YOOX NET-A-PORTER)のバイヤーをはじめ、米「WWD」や「ビジネス・オブ・ファッション(The Business of Fashion)」のジャーナリストら、世界各国からゲストが訪れていました。デンマークをはじめとする北欧諸国といえば、デザイン性と機能性を両立させたインテリア用品が豊富なことで有名。そして“世界一幸福な国”ランキングで常に上位を占めることや、環境保護を目的としたサステイナブルの取り組みでは世界をけん引するなど、ここ20年ほどで注目度は高まり続けています。中でもデンマークの首都であるコペンハーゲンが北欧の中でも抜きん出て活気があるのは、レストラン業界の発展が大きいのです。

 税金の高い北欧諸国に暮らす人々は、外食という文化自体がほとんどありませんでした。自宅に友人らを招いて食卓を囲むホームーパーティの方が経済的だし、ヒュッゲ(温かく居心地がよい)に感じられます。そんな概念に変革をもたらしたのが、03年にコペンハーゲンにオープンしたノルディック・レストラン「ノーマ(NOMA)」です。イギリスの飲食業界誌「レストラン・マガジン(Restaurant Magazine)」による世界のベストレストラン50で4度も1位に輝き、世界中からフードジャーナリストや美食家、観光客らを多く呼び込みました。同誌には「北欧だけでなく、世界の料理界に革命を起こした天才シェフが『ノーマ』のレネ・レゼピ(Rene Redzepi)」と記されています。北欧は気候的に収穫できる食材が限られていることから、調理方法を変えて食事を楽しむ工夫に長けています。レストラン業界は以前、地元の食材不足をカバーするために輸入食品に頼っていましたが、レゼピさんは欠点と特徴の両方を取り入れて、地産地消をコンセプトにした新たな食文化の構築に成功しました。本人に会ったことはないのですが、レゼピさんには大感謝しております!なぜなら、コペンハーゲンが美食の街として発展を続け、訪れるたびに食で感動する素晴らしい街にしてくれたから!北欧は何をするにも高額なイメージを持っている人も多いと思うので、今回は私が訪れたお店を価格とともにご紹介します。

現地は空前のパンブーム!

 食に目覚めたコペンハーゲンの人々が今最も熱狂しているのが、パンなんです。早朝から行列を作る話題店の出店ラッシュが続いています。高級住宅地フレデリクスベアにある「ハート・ベアリィ(HART BAGERI)」は、昨年秋にオープンした新店です。「ノーマ」にパンを卸していたことが口コミで広がり、オープン前から話題を呼んでいました。サンフランシスコの伝説的ベーカリー「タルティーヌ(TARTINE)」でヘッドベーカーだった、イギリス出身のリチャード・ハート(Richard Hart)がオーナーを務めています。プロレスラーのような体格と両腕のタトゥーで一見コワモテですが、彼の手で作られるシグネチャーのローフはどこか懐かしくて優しく、素朴でほっこりする味でした。デンマークの伝統的なパンであるデニッシュを、モダンにアップデートさせた甘いパンも多く並びます。アプリコットジャムと実がゴロっとのった酸味が効いたデニッシュや、季節の果実であるブルーベリーとレモンの組み合わせ、エッグタルトのような濃厚カスタードクリームがのったものなど数々の魅力的なパンを差し置いて、一番人気はカルダモン・デニッシュ。カルダモンはスウェーデン発祥のスイーツによく使われる、シナモンに似たスパイスです。外サクサク&中ふんわりのカルダモンを練り込んだデニッシュ生地にメープルシロップが染み込んでいて、かむたびに舌の上でジュワッと溢れ出す蜜とカルダモンの香りが絶品です!カルダモン・デニッシュとフィルターコーヒー1杯で53クローネ(約840円)でした。今年2月に同店を訪れてからすっかりとりこになり、今回はわざわざ同店の近くのホテルを選んで数回通い、店員さんともすっかり顔なじみになりました。パリに住んでいると美味しいパンは日頃からたくさん食べられますが、「ハート・ベアリィ」は常に新しいレシピを開発していて、ここでしか食べられない味があるのです!

フワフワ&もっちりの人気店

 街の北まで足を伸ばして、閑静な住宅地ウスタブロにある小さなお店「ジュノ・ザ・ベーカリー(JUNO THE BAKERY)」にも行きました。「ノーマ」で6年シェフを務めたエミール・グラセア(Emil Glaser)が17年秋にオープンしたベーカリーで、「今はコペンハーゲンで一二を争う人気店」だと地元の方からもお墨付き。平日10時に行くとすでに10人ほどが列をなしていました。この時はクロワッサン、パン・オ・ショコラ、デニッシュなどの甘い系と数種類のライ麦パンが店頭に並んでいましたが、私は行く前からカルダモン・バンにすると心に決めていました。なぜなら、カルダモンを使ったパンのブームの火付け役は同店と聞いたからです。デンマークではフワフワしたパン生地やカルダモンを使ったパンになじみがなく、スウェーデン出身のグラセアさんが母国の味を同店で発信したことから人気になりました。バンはフワフワ&もっちりで、食べた後も香り高いカルダモンが口の中にずっと余韻を残し、長く味に浸ることができました。一緒に行ったフランス人の友人は、フランスの国民食ともいえるパン・オ・ショコラを食べておいしいと感動していました。カルダモン・バンは33クローネ(約520円)でした。

揚げパンの人気店に行くも……

 かつて工場地帯として栄え、今は再開発で最もホットなエリアと呼ばれるレフスハルウーン地区には、「ノーマ」の弟分レストラン「108」の元副料理長イェスパー・グッツ(Jesper Gøtz)が手掛ける「リル・ベーカリー(LILLE BAKERY)」があります。倉庫のような外観の同店は工房とイートインスペースが隣り合わせで、とても開放的な空間でした。デンマークで主流の揚げパンをアレンジしたメニューやオープンサンドが人気だと聞いていたのですが、15時に訪れた時には全て売り切れ……残念。ちなみに、同地区に「ノーマ」が昨年2月に移転したことでも話題です。さらに元「ノーマ」のシェフ、マット・オーランド(Matt Orlando)が13年にオープンした人気レストラン「アマス(AMASS)」と、彼の新店のクラフトビールレストラン「ブローデン&ビルド(BROADEN & BUILD)」もこの地区にあります。元王立劇場の大道具用倉庫を改装した1400平方メートルの広い空間で、オリジナルのクラフトビールを製造しているそうです。以前「アマス」を訪れて忘れられない感動的な食体験をしたので、同シェフがB級グルメを提供する「ブローデン&ビルド」にも期待大です。今回は行くことができなかったので、「リル・ベーカリー」とともに次回のお楽しみにしておきます。

味わいたくなるタコス

 ベーカリー以外にも「ノーマ」のDNAを受け継ぐレストランはたくさんあります。私のお気に入りは、メキシカンレストラン「サンチェス(SANCHEZ)」。「ノーマ」でパティシエを務めたメキシコ系アメリカ人のロジオ・サンチェス(Rosio Sanchez)が手掛けたお店で、市内にはレストランとスタンドの2店舗を構えています。私はスタンドの方にしか行ったことがないのですが、メニューは豚のロースト、牛肉のグリル、じゃがいもとチーズという3種類のタコスと付け合わせ数種類です。3種類ともハラペーニョが効いた辛味に酸味・甘味・うま味がバランスよく楽しめる、刺激的な味!これまでタコスってB級グルメ的にジャンクな味を楽しむ印象でしたが、ここのタコスは一口一口をかみ締め味わいたくなるような、奥深い感じがするのです。本場メキシコにはまだ行ったことはありませんが、メキシコ系移民の多いカリフェルニアやニューヨークで食べたタコスよりも断トツでここが美味しいです。3種類のタコスとソフトドリンクで135クローネ(約2135円)でした。

うなるほど美味なタルタルステーキ

 「ノーマ」関連のお店はどこも信頼の置ける味だと分かったところで、地元の方に聞いたオススメ店「マンフレッズ(MANFREDS)」に初めて行ってみました。コペンハーゲン郊外にあるオーガニック農家と契約し、農場からキッチンまで40分以内に食材が届いて調理される“ファーム・トゥ・テーブル”をコンセプトに、新鮮な旬の野菜を使った料理が人気のタパスレストランです。平日13時のランチタイムは予約で満席でしたが、唯一空いていたカウンターの1席をゲット!私のオーダーはタルタルステーキと豆サラダです。タルタルステーキは生の牛肉にオリーブオイル、ケッパー、ピクルス、薬味などを混ぜたフランス料理の定番で、ユッケの洋風版のような味です。メニューに見つけたらほぼ必ずと頼むタルタルステーキ愛好家の私もうなるほど美味しくて、感激しました。パリのものとは違い、牛肉がかなり粗めのみじん切りでかみ応えが結構あり、薬味の味付けが薄い分、肉の味をしっかり感じられました。奥にはマヨネーズとサワークリームを合わせたようなソースが隠れていて、これがまた今まで食べたことのない絶妙な味わい!豆サラダには、柔らかいグリーンピースとほっくりしたソラ豆、ボールガード・スノーピーと呼ばれる皮が紫色のシャキシャキした豆(サヤエンドウの一種)が野菜の濃厚なブイヨンソースに絡む、食感と味を楽しめる一皿でした。タルタルステーキと豆サラダとミネラルウオーターで185クローネ(約2925円)でした。

 ファッション・ウィークの取材ということを忘れてしまいそうなほど食いしん坊な旅になってしまいましたが(笑)、個人的には大満足!味覚を刺激したり、他人と料理を共有して交流を深めたり、オシャレしてレストランへ出掛けたり。食べるという人間の自然の行動が、お腹を満たすためだけではなく人生を豊かにする一つの方法であるという新たな考え方が数十年間でこの地に根付いたことが、あらためてすごいと感じました。半年に1回訪れるたびに街が進化していて、まだまだ魅力を発掘できそうなコペンハーゲンです。私のグーグルマップには行きたいお店がたくさんピン付けされており、次シーズンも待ちきれません!でもまず今は、食べ過ぎた分ダイエットに励むことにします……。

ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける

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