「WWDジャパン」8月26日号は、毎シーズン恒例の“百貨店で売れたもの”特集です。特選、婦人服、紳士服、バッグ、シューズ、時計、ジュエリー、ファッションジュエリーの8カテゴリーにつき、全国計50の百貨店へのアンケート調査&有力店への直接取材によって、19年春夏の商況を浮き上がらせました。詳細は本紙や定期購読特典(単独販売もしています)の「ビジネスリポート」をご確認いただきたいですが、ウェブでは特集担当記者による取材こぼれ話を座談会形式でお送りします。ジュエリー、時計担当者を招いた第1回座談会に続き、第2回は特選カテゴリーについてです。
座談会参加者
三浦彰:「WWDジャパン」編集顧問
五十君花実:特選担当記者
五十君:「高額品が百貨店を救う!」ということで、ジュエリー、時計座談会に続いて今回は特選(注:いわゆるラグジュアリーブランド)です。百貨店では近年、苦戦が続く婦人服などの売り場を減らし、好調な特選や化粧品を拡大するという動きが目立ちます。そうした強化策もあって、今期も特選は堅調という百貨店が目立ちましたが、過去数シーズンに比べるとやや伸び率は落ち着いています。
三浦:国内富裕層による売り上げが堅調、訪日外国人による免税売り上げは定着といった感じだね。中国人客による猛烈な“爆買い”(注:中国人観光客による特需に沸いた2015年、彼らのその旺盛な消費をこう呼んだ)はなくなってきて、彼らも国内客と同じような購買の仕方に移行している。勢いがやや落ちて見えるのはそういう理由でしょう。国内富裕層が堅調というのは、百貨店側の外商営業強化と、ブランド側が上顧客向けイベントを強化してきたことのたまものですよ。
五十君:伸長率上位ブランドでは、ここ数シーズン市場をけん引してきた「グッチ(GUCCI)」「バレンシアガ(BALENCIAGA)」の二強は引き続き存在感を放ちつつも、「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」「シャネル(CHANEL)」「エルメス(HERMES)」といった大型ブランドの底堅い伸びが目立ったシーズンでもあります。
三浦:ブランドが主催する上顧客向けイベントにしても、そういったものが開催可能なのは資本力があるビッグブランドだよね。ビッグブランドに消費が集中してきているんじゃないかと感じる。大丸松坂屋百貨店では、「『ルイ・ヴィトン』で数百万円台のエキゾチックレザー(注:クロコダイルやパイソンなどの高級レザー)のバッグが売れるようになってきた」という話だったけど、「ルイ・ヴィトン」は本来そういった超高額品は比較的手薄だったブランド。富裕層向けの販売強化のために、超高額品を拡充しているということなんでしょう。
五十君:大丸松坂屋百貨店は、5月に初めて東京で外商向けのホテル催事を行って、大盛況だったようです。2日間の開催で、売り上げはジュエリーなどを含む特選カテゴリーだけで9億6000万円だったとか。他にも、百貨店各社は「松美会」(松屋)、「明美会」(小田急百貨店)といった、上位顧客向けの店頭催事やホテル催事に力を入れています。細かい話ですが、「〇美会」というネーミングが多いですね。昨年秋の松美会は、1日だけの開催で売り上げ9億円(特選以外も含む全館で)だったとか。今年は創業150周年記念もあって、2日間開催に拡大するそうですよ。こういう話を聞くと、日本ってお金持ちがたくさんいるんだな~ってしみじみ思います。貧困社会といったキーワードもウェブニュースではよく踊ってますけど。
三浦:新興富裕層が出てきて、すごい金額を買っているんでしょう。所得格差が広がって、中間層は減っているけれど富裕層の厚みは増している。百貨店は、世帯年収いくら以上が外商客としてのターゲットだといったことは明言しないけど、恐らく高いところだと2000万円以上なんじゃないの。思い返してみると、00年前後のITバブルの時にIT長者がグイグイきていたよね。今またそういう人が増えているんでしょう、憶測ですけど。
五十君:そのように富裕層の高額消費は手堅かった一方で、マーケット全体としてはいまいちヒット品番に欠けたシーズンだったように思います。「過去数年のストリートブームと、これからくるクラシック回帰との狭間だった」といった声が何社かから出ました。
三浦:そんな中で、「ディオール(DIOR)」の“ブック トート”が売れたと松屋や高島屋が言っていたことは印象的だったね。あとは「『サンローラン(SAINT LAUREN)』のバッグの価格MDが巧みでよく売れている」っていう話もよく聞いた。ラグジュアリーブランドのバッグの価格はこの15~20年くらいで確実に上がっているから、「サンローラン」はそのすき間を突くのがうまいっていうことなんじゃないの。
五十君:確かに、「サンローラン」には高額バッグもありますが、若い子にも買いやすい10万円台のバッグもしっかりそろえています。「ジル サンダー(JIL SANDER)」でバッグの“タングル”シリーズが売れたという話も非常によく聞きました。“タングル”も比較的買いやすい価格です。
三浦:「ジル サンダー」はこれからどんどん伸びるかもっていう感じはするね。シーズン前から、ポスト・フィービ―市場(注:フィービー・ファイロ=Phoebe Philoの「セリーヌ(CELINE)」退任により、ドル箱である大人の上質リアルクローズ市場のイスが空くのではないかという期待からこのような言葉が生まれた)の有力候補という触れ込みだったけれども。
五十君:ブランド側の広報によると、「ジル サンダー」の雑貨売り上げに占めるバッグやシューズの構成比は、今4割にまで達しているそうですよ。ヒットしてますね。ただ、「ウエアの価格設定が高額すぎて、雑貨を買っている若い子には買えない」といっていた百貨店も数店ありました。あと、ポスト・フィービー市場の話として気になったのは、「『セリーヌ』自体のウエアの売り上げが想像以上によかった」と、伊勢丹新宿本店や松屋が言っていたことです。18年春夏は、フィービー退任前の駆け込み需要で各社「セリーヌ」のバッグだけでなくウエアもかなり売っていたんですが、そこを超えるまでとはいわないけれども健闘している、という話でした。「ポスト・フィービー市場の本命は結局『セリーヌ』自身だった」と言っていた店もあったのが印象的です。メイン・コレクションではなく、フィービー時代に通じるリアルなプレ・コレクションが売れたそうです。もちろん、「セリーヌ」は苦戦したと言った百貨店もありましたが。
三浦:まあ、エディ・スリマン(Hedi Slimane)が就任してまだ最初のシーズンだし、「『セリーヌ』はメンズに期待」っていう声も多いですからね、いいんじゃないですか。9月20日にリニューアルオープンする大丸心斎橋店の目玉の一つも、メンズ・ウィメンズで導入する「セリーヌ」だって話でしたね。こういう風に話してくると、いろいろと話題になるブランドと、話にも出ないブランドっていうのが明確になってきたね。ブランドの勝ち負けがはっきりしてきた。「ソニア リキエル(SONIA RYKIEL)」とかいい例じゃない(注:買い手や提携先を探していたが見つからず、7月に清算が決定した)。1980年代には売り上げベスト10に必ず入るブランドだったのに。感慨深いですよ。
五十君:冒頭に出た、大型投資が可能なビッグブランドが勝つという話につながりますね。総括に入ります。百貨店は15年に“爆買い”特需に沸いて、翌16年は中国の法改正で免税売り上げがガクンと下がり、やれ「百貨店という前近代的ビジネスモデルの終わり」などと叩かれました。今期も免税売り上げの伸びは減速していて、状況としては16年と似ている部分もあります。でも、特選などの高級品を強化し、国内富裕層を堅実に増やしていけばまだまだいけるって感じですかね。
三浦:外商向け催事を毎月でもやればいいんじゃないの(笑)。とはいえ、それも商圏人口が一定以上の規模の都市の百貨店でしか通用しないモデルだと思うけどね。地方は大変だね。