ファッション

紳士服はスーツ受難の時代をどう乗り越える? 2019年春夏、百貨店で売れたものVol.4

 「WWDジャパン」8月26日号は、毎シーズン恒例の“百貨店で売れたもの”特集です。全国計50の百貨店へのアンケート調査&有力店への直接取材によって、2019年春夏の百貨店の各カテゴリーで売れたものを浮き上がらせました。詳細は本紙や定期購読特典(販売もしています!)の「ビジネスリポート」をご確認いただきたいですが、ウェブでは特集担当記者による取材こぼれ話を座談会形式でお届け。第4回は、婦人服&紳士服カテゴリーについてです。

座談会参加者
林芳樹:「WWDジャパン」デスク
大塚千践:メンズウエア、スポーツなどの担当記者
本橋涼介:ウィメンズウエア、百貨店などの担当記者
五十君花実:百貨店ビジネスリポート特集の取りまとめ担当

五十君:今回は婦人服と紳士服の担当記者のお二人と、ご意見番の林デスクに集まってもらいました。さて、婦人服はかつては百貨店の屋台骨と呼ぶべきカテゴリーでしたが、近年は苦戦が目立ち、売り場面積縮小の流れが顕著になっています。19年春夏の婦人服カテゴリーには、どんな動きがありましたか?

本橋:キャリアゾーンが厳しいという声は例年通りでした。ただ、今年は低温が続いたことで、ジャケットを含む羽織り物が売れたという声は多かったですね。ジャケットは単価が高いので、その点はよかったと思います。伸長率上位となったのは「23区」「バンヤードストーム(BARNYARDSTORM)」などでしたが、どちらも羽織り物が好調だったようです。「23区」では、晩夏初秋物の動きもいいそうですよ。

大塚:紳士服も苦戦しているんだろうなと思っていたんですが、意外と底打ち感がありましたね。気温要因は婦人服と同様で、低温でアウターが売れたから前年に対し微増になったという声はよく聞きました。ただ、問題はスーツです。既製品のスーツの売れ行きがよかったという百貨店はないんじゃないかな。スーツの落ち込みをカジュアルアイテムでカバーできた売り場やブランドが、前年実績を超えています。

五十君:今春は、伊勢丹新宿本店メンズ館と阪急メンズ東京が大規模リニューアルを行ったことも話題でした。各店の改装効果はどうだったんでしょう?

大塚:両館共に、調子のよいフロアもあれば不調なフロアもあるので一概には言えません。例えば伊勢丹で言えば、7階などは好調です。「ブルックス ブラザーズ(BROOKS BROTHERS)」を7階に移設したことなどで、フロア全体の客層が狙い通り若返り、客数も増えているそうですよ。「ブルックス ブラザーズ」こそスーツのブランドじゃないかと思われるかもしれませんが、スーツだけでなくチノパンやカジュアルシャツ、セットアップなどもしっかりそろえているんです。19年春夏の紳士服を振り返ると、カジュアル化するニーズにいかに対応するかがシーズンのキーワードでした。

林:ビジネスシーンのカジュアル化というのは、05年に政府主導で打ち出された“クール・ビズ”以来ずっと言われていることではある。でも、19年春夏は段飛ばしでその傾向が強まった印象があるね。何年後かに振り返ると、19年は分岐点だったと言われるかもしれない。百貨店とは直接関係ないけど、青山商事やAOKIホールディングスなど、スーツの量販店の業績が4~6月期ではほとんど赤字になっている。大手企業がどんどんカジュアル通勤を推奨しているのがその理由で、例えば三井住友銀行もその一つ。丸の内系の企業(注:東京・丸の内にオフィスを構えるような、金融や商社、メーカーなどの大企業群)って、最もお堅いイメージの職場だったよね。大企業がカジュアル通勤を推奨し始めているということは、中小企業も今後一気にそっちの方向に流れる可能性は高い。スーツの「ダーバン(D’URBAN)」を擁するレナウンが先日150人の人員整理を発表したけど、黙って上質なスーツを売っていればいい時代は完全に去ったという感じ。

五十君:実際のところ、「ダーバン」は今回の紳士服伸長率ランキングでは3位に選ばれていますが、スーツが厳しい時代だということは間違いないですね。

大塚:小田急百貨店の売り場を取材したときにも、「近隣の大手銀行がカジュアル通勤を推奨していることで、売り上げにも影響が出ている」という話でした。

林:吊るしの既製スーツを買うなら、たとえ価格が高くてもパターンオーダーやメード・トゥー・オーダーのスーツが欲しいという声も増えているよね。

大塚:パターンオーダーやメード・トゥー・オーダーに関しては、百貨店側で強化の動きがここ2~3年で目立ち始めました。ただ、オーダーのコーナーがあるということが消費者まで伝わりきっていない売り場は多いようで、伸び率は比較的ゆっくりですね。とはいえ、アンケート回答でもオーダーが好調という声は都心・地方問わずあがってきています。

五十君:ビジネスシーンのカジュアル化は、紳士服だけでなく婦人服も同様です。百貨店の話とは直結しませんが、ここ1~2年ウィメンズが好調なユナイテッドアローズの竹田光広社長が、その好調理由について、「元来の強みであるトラッドテイストだけでなく、通勤のカジュアル化に対応してウィメンズでさまざまなラインを増やしているから」といったことを先日話していたのが印象的でした。

本橋:例えば、東武百貨店池袋店のヤング・キャリアゾーンでは、「ドレステリア(DRESSTERIOR)」が伸長率1位でした。ザ・百貨店キャリアというブランドではなく、「ドレステリア」のようにセレクト品も含めて幅広いシーンに対応できる品ぞろえの店が好まれているのは間違いないですね。

林:“キャリア”というゾーニングの言葉自体が、消費者の実態とはもはや乖離しているからね。かつてはザ・百貨店キャリアという雰囲気や品ぞろえだったブランドも、今はスーツやジャケットだけを売っているのではなく、リラックスしたスタイリングを増やしている。ただ、婦人服には紳士服のスーツみたいに従来の通勤シーンを象徴する分かりやすいアイテムがないから、センセーショナルにはなりづらい。

本橋:その通りだと思います。話は変わりますが、エイ・ネットが「ツモリチサト(TSUMORI CHISATO)」事業を終了するということで、駆け込み需要で同ブランドが売れたといった声がいくつかの百貨店からあがってきたことも、今期の婦人服の注目トピックスの一つでした。伊勢丹新宿本店4階コンテンポラリースタイル、阪急うめだ本店6階プレミアムで、「ツモリチサト」は伸長率1位になっています。濃いファンのいるブランドだったと思うので納得です。

五十君:婦人服、紳士服共に、今後の展望はどうですか?どんどん売り場面積が減って、現場のバイヤーや販売員たちの士気は下がっていないですか?

大塚:いや、やるべきことは明白なので、紳士服に悲壮感はないと思いますよ。個人的には、ここ数年続いたストリートブームの次がどうなるのかは気になっています。ストリートの流れが一気に廃れることはないですが、スニーカーの売れ行きは全般的に落ち着いてきています。予想よりも早く、ストリートの次のトレンドであるエレガンスのムードが来るような気がしています。ややこじつけになりますけど、ビジネスシーンのカジュアル化で単品ジャケットが売れるという動きと、エレガンスがトレンドになることでジャケットが売れるという流れに、もしかしたら交わる部分が生まれる……かも!?ただ、いくらエレガンスが来るとは言っても、スーツ専業、ドレスシャツ専業みたいなブランドはどんどん厳しくなっていくでしょうね。カジュアル化にも対応できるトータルブランドでないと難しい。「来年あたりには、専業ブランドは日本市場からいなくなるんじゃないか」なんて話すバイヤーもいました。

林:市場全体がラクな方、コンフォータブルな方に流れていて、ウィメンズではパンプスやストッキングが売れなくなっている。クリーニングに持って行かなきゃいけないドレスシャツや、手入れを含めて楽しむような革靴を好む層は今やおじさんだけだね。ジーンズさえ、硬くてはき心地が悪いから若い子には売れないと聞く。

本橋:ジーンズって、インスタ映えしにくいですからね。風になびく生地感やデザインの方が、写真や動画にした時に映えますから。

大塚:まさに、どこの百貨店に聞いても「ジーンズが売れない」って言ってました。老舗のデニムブランドでさえ「ジーンズが売れずにそれ以外の服が売れる」と言っていたのが衝撃的です。

本橋:婦人服の展望としては、プロパー販売強化の流れがいっそう強まるような気がします。「アプワイザー・リッシェ(APUWEISER-RICHE)」などセールを行わないブランドが増えている。消費者の価格に対する信頼を回復して、百貨店で婦人服を安心して買っていただこうという考え方なんだと思います。あと、僕個人としては、1年前に「WWDジャパン」の記者になって、今回の特集取材のために初めて阪急うめだ本店に足を踏み入れました。うめはん(注:阪急うめだ本店の愛称)ってスゴイですね。お盆真っ最中に取材したんですが、店内のエスカレーターは1段も飛ばさず人が並んでいるほど混んでいました。伊勢丹新宿本店はブランドごとの壁をなくす売り場の作り方ですよね。それも好きですが、うめはんは劇場型とでも言うのか、一つ一つのブランドの個性がよりはっきり立っている気がしました。フロア構成も、例えば3階は「バレンシアガ(BALENCIAGA)」とOL向けのリアルクローズブランドが同居していて、イベントスペースや「マルニ フラワー カフェ(MARNI FLOWER CAFE)」を挟んで回遊性を持たせているのが面白い。こんな風にいろんなものが詰まっている感じも、百貨がそろう百貨店ならではだなと感じました。

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