ファッション
連載 #モードって何?

「モードは終わった」by栗野宏文上級顧問 連載「モードって何?」Vol.5

【#モードって何?】きっかけは読者から編集部に届いた質問「つまるところ、モードって何ですか?」だった。この素朴な疑問に答えを出すべく、「WWD ジャパン」9月16日号では特集「モードって何?」を企画し、デザイナーやバイヤー、経営者、学者など約30人にこの質問を投げかけた。答えは予想以上に多岐にわたり、各人のファッションに対する姿勢や思い、さらには現代社会とファッションの関係をも浮き彫りにするものとなっている。本ウエブ連載ではその一部を紹介。今回は栗野宏文ユナイテッドアローズ上級顧問クリエイティブディレクション担当に聞く。

WWD:ずばり“モード”とはなんでしょうか?

栗野宏文上級顧問(以下、栗野):語源としては「誰もが理解できる記号」という意味です。ジャズには、一つのコードを基本として自由に演奏する“モード奏法”というプレースタイルがあるなど、ファッション以外の分野でも用いられる言葉ですね。ファッションの文脈では、「衣服を通してすべての人に共有される美意識」を意味すると思う。非常に簡単に言えば“流行”ですね。そしてこの言葉は、「特権階級と非特権階級」という図式なしには語れません。

WWD:「特権階級と非特権階級」の図式とは?

栗野:現代ファッションに通ずるオートクチュールは、王侯貴族や近代的ブルジョワジー、限られたセレブリティーといった特権階級の富の象徴として誕生しました。そして彼・彼女らは、それらをまとうことで自らの美意識を発信しました。一方、その他の大多数の非特権階級の人は、特権階級の衣服を見て、同じ美意識を享受することしかできませんでした。この絶対的な構図によって、一つの美意識が時代の潮流として大きな力を持ちえたのです。

WWD:オートクチュールからプレタポルテへ移行した後はどうでしょうか?

栗野:オートクチュールからプレタポルテへ、さらにプレタポルテから量産品へと移行する間も、「特権階級と非特権階級」の構図は存在し、モードは機能し続けました。各国のVIPやムービースター、スポーツ選手、ミュージシャンなど、特権階級の姿は変容したものの、メディアやテレビは彼・彼女らの美意識をあがめ、一般人もそれを享受していました。

WWD:「特権階級と非特権階級」の構図が存在する限り、モードは機能したのですね。

栗野:はい、そうです。しかし、「特権階級と非特権階級」の構図も、ついに崩壊する時を迎えます。それは2010年以降、ソーシャルメディアが台頭したタイミングです。ソーシャルメディアによって、出生・職業・年齢・性別といったステータスに関係なく、誰もが自らの嗜好を発信できるようになった結果、かつてのように特定の美意識だけが大きな力を持つということはなくなりました。つまり、モードは終わったのです。

WWD:モードは終わった――たしかに今は、美意識として享受された価値観が広範囲で共有されるのではなく、小さなコミュニティー内で完結する美意識が、世界のあちらこちらに点在している感覚があります。では、その新たなあり方を表現する言葉、モードに代わる言葉はあるのでしょうか?

栗野:よく用いられるのは“ダイバーシティー”ですよね。日本では言葉が一人歩きして、ダイバーシティー本来の意味が理解されていない気もしますが、(新たな時代の形容詞として)間違いはないと思います。現代は、10人いれば10通りの、千人いれば千通りの美意識が発信され、それらの価値が認められる時代です。ファッションアイコンで言えば、かつては冨永愛さんでしたが、今は渡辺直美さんも同じくらいの人気があります。ただし、今は「極端な美」が支持される傾向にありますね。これからはもっと微妙なニュアンスの美にも光が当たって、それらの価値も認められていくでしょう。

WWD:ダイバーシティーの時代には、モードのような大多数の人に共有される美意識は生まれないのでしょうか?

栗野:モードは終わり、美意識は多様化していきますが、広範囲で多数の人に受け入れられる美意識は今後も存在しうるでしょう。“知性”や“カルチャー”を反映した美意識がその一つだと思います。

WWD:知性とカルチャーですか。栗野さんから見て、その美意識を発信するクリエイターは誰でしょうか?

栗野:「グッチ(GUCCI)」のクリエイティブ・ディレクターであるアレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)です。彼のクリエイションは、知性とカルチャーをひしひしと感じさせます。彼は「グッチ」のコレクションをつくるとき、誰よりもブランドの歴史を研究し、それをどう反映させるか熟考します。“アーカイブを研究する”という表現は、近年、頻繁に用いられるようになりましたが、彼ほど対象を深掘りし、その価値と向き合うデザイナーはほかにいないと思いますよ。コレクションだけでなく、毎シーズンの広告にもその姿勢は見て取れます。ノアの箱船から黄金時代のハリウッドミュージカル、イタリアの神殿まで、シーズンの世界観を発信するのに最適なモノ・コトを広大な文脈から汲み上げ、現代に通用するビビッドな形に仕上げるのは、並大抵のクリエイターにはできません。彼の母親はイタリアの映画撮影所、チネチッタで衣装を担当し、父親はシャーマニズムの研究者だったそうです。生まれ持ってのセンスももちろんあると思います。しかしそれ以上に、日頃から物事を深く考えているから素晴らしいクリエイションが生まれるのです。彼のように、カルチャーへの造詣の深さ、インテリジェンスの振り幅を感じさせるクリエイターは、今後も価値を持ち続けるでしょう。

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