J.フロント リテイリング傘下の大丸松坂屋百貨店は、徹底したコスト削減とマーケット対応を掲げる“新百貨店モデル”で独自路線を突き進んできた。昨年4月に就任した好本達也・社長はその立役者の一人。同社は今後、銀座、上野、そして心斎橋といった大型の再開発案件が目白押しだ。“新百貨店モデル”はネクストステージに入ろうとしている。
カリスマ経営者である奥田務・前J.フロント リテイリング会長兼CEOの号令のもと、好本社長は今や北海道一番店に成長した大丸札幌店(2003 年開業)に準備段階から関わり、ユニークな駅ウエ型百貨店に刷新した大丸東京店(07年第1期移転増床)も手掛けてきた。「特に大丸札幌店での経験は大きかった。ミッションはゼロから百貨店を作ること。ただでさえ、百貨店が5店もある札幌で新参者の大丸が勝ち残るために何が必要か。費用をぎりぎりまで抑えるローコスト経営を徹底するとともに、少人数でも運営できるような新しいオペレーションを開発した。この時代の営業改革と経営改革が今の大丸松坂屋百貨店につながっている」と振り返る。
大丸札幌店の成功事例をさらに発展させたのが、現在のJ.フロント リテイリングの代名詞になっている“新百貨店モデル”である。効率化だけが“新百貨店モデル”ではない。いかに消費者の期待に応える売り場を作るか。90年代以降の百貨店業界は呉服や家電、家具などを削り、利益率の高い婦人服一辺倒になり、五十貨店、三十貨店と呼ばれた。これが結果として消費者の百貨店離れにつながった。消費者を再び百貨店に呼ぶための有力な手段として、集客力のある専門店を誘致する。09年に増床した大丸心斎橋店にはガールズブランドを集積したコンセプトフロア「うふふガールズ」を開き、11年に増床した大丸梅田店にはポケモンセンター、東急ハンズ、12年に第2期増床した大丸東京店には大手セレクトショップやICI石井スポーツを入れた。「心斎橋店は若い女性、梅田店と東京店はファミリーなど、既存の売り場とカニバリを起こさずに、新しいお客さまを取り込むことができた。カードホルダーになっていただき、既存の売り場でも買い物を楽しむ好循環が生まれている」。当初は苦戦していた大丸東京店のセレクトショップ売り場やラグジュアリー売り場も徐々に顧客が付き始めてきたという。「奇手妙手を使う気はないが、変化するマーケットに対応するには頭を柔らかくする。決まった雛型はない。店の数だけ“新百貨店モデル”がある」。
念願の首都圏攻略に布石
J.フロント リテイリングとしては長期的な新開発案件が目白押しだ。中でも最大の話題は、松坂屋銀座店の跡地の「銀座6丁目10地区第一種市街地再開発事業」に、16年秋開業する商業施設である(下記参照)。ここには百貨店業態は入らないことがすでに発表されている。「しかし、大丸松坂屋百貨店が、J.フロントの事業会社としてパートナーの各社とともに関わっていくことには変わりない。高級ブランド路線になるか否かはまだ言えないが、いわゆるブランド合戦はもう支持されない。銀座の高い地価でも利益ができる新しいビジネスモデルを探っているところだ」。松坂屋上野店の南館の建て替え(17年秋開業)も注目される。子会社化したパルコが入店する初の店舗だ。シニアが主要顧客の同店が、若者中心のパルコと結びついた際の相乗効果に期待が掛かる。一足先に成長軌道に乗った大丸東京店と合わせ、首都圏に強固な3基盤を作る。大丸と松坂屋の経営統合以来の悲願だった。「我々の泣きどころは首都圏が弱かったこと。これが克服されれば、北海道から九州まで売上高600億円以上の店舗を10店擁する百貨店グループになる。これだけ全国にバランスよく大型店を持つ百貨店は他にない。J. フロント リテイリングが強力に進めているオムニチャネル戦略においても起点はリアル店舗であり、ますます強みになっていくだろう」。関西の旗艦店である大丸心斎橋店も再開発計画を発表した。具体的なスケジュールや施策は明らかになっていないものの、「本館、北館、南館を持つ優位性を生かし、周辺の不動産や商業施設活用を含めた大掛かりなものになる。口はばったい言い方だが、我々が心斎橋の街づくりのコアな役割を果たしたい。行政や商店会、界隈のラグジュアリーブランドの旗艦店とも連携していく」。
成長戦略の真ん中に「外商」年間1万口座ずつ増やす
ローコスト経営や専門店導入ばかり注目されがちな同社であるが、好本社長は次の成長戦略の柱の一つに外商をあげる。人件費削減を強力に進める同社にあって、逆に外商スタッフは全社員2700人の約3割強を占める800人と厚みを持たせる。外商スタッフはタブレット端末を片手に勤務医やベンチャー経営者など若い顧客を開拓。結果、売上高に占める外商の割合は20~25%、松坂屋名古屋店に至っては40%に達っした。「外商を成長戦略の真ん中に置いている。外商は海外でもそのまま通じる日本生まれの国際語であり、欧米ブランドからも信頼は厚い。SCにも専門店にも真似できない百貨店ならではの強みだ」。外商の口座数は毎年1万件前後増えている。専門店誘致でマスマーケットに間口を広げ、外商によって富裕層を深掘りする。