ファッション

アートは社会問題に対するバッファ デジタル × フィジカルの成果を評価する「ユーファブ2019」オープニングイベント

 プロダクトからプロジェクトまで、作品形式を問わずデジタルとフィジカルを越境した成果を評価するアワード「ユーファブ グローバル クリエイティブ アワード2019(YouFab Global Creative Awards 2019以下、ユーファブ2019)」はオープニングイベントとして、同アワード審査委員長の若林恵・元「ワイアード(WIRED)」日本版編集長と審査委員であるインドネシアのアートコレクティブ「ルアンルパ(Ruangrupa dan Gudskul Ekosistem)」メンバーのレオンハルト・バルトロメウス(Leonhard Bartolomeus)氏を招いたトークセッションを開催した。

 「ユーファブ2019」はファブカフェ グローバル(FabCafe Global)とロフトワークが主催・運営し、今年で8回目の開催となる。

新しい希望をどこに見出せるのか

 「ユーファブ2019」のテーマは“コンヴィヴィアリティ – 古いOSと新しいOSのはざまから⽣まれ出てくるもの”。コンヴィヴィアリティ(Conviviality)とは、オーストリアの思想家イヴァン・イリイチ(Ivan Illich)が提唱した概念で、周囲の人と連携しながら自らの手であらゆる課題に取り組む姿勢のことを指す。日本語では自立共生と訳されることが多い。

 まず、若林氏はコンヴィヴィアリティをテーマに設定した背景について解説。自律協働社会を実現する道具として期待されていたインターネットが管理ツールとして社会を覆う権威・制度になり、あらゆる活動がイデオロギーの対立に回収されるようになったと現状を振り返りながら、「青くさい言い方をすると、新しい希望をどこに見出せるのかを切実なこととして考えていた。自律性をどのように取り戻せるのかをもう一度考えたい」と語った。
 
 それを受けてレオンハルト氏が、1998年のインドネシア民主化運動前後のアーティストの活動に関してプレゼンテーションし、抑圧された環境下で相互扶助的な関係を築くことの重要性を語ると、若林氏は「社会制度の大きな転換を経たインドネシアから、新しい社会制度を実装するために学ぶべきものが多い」と述べた。

アーティストの役割は社会的なタメを作ること

 2人の対談はアートの意義についての議論に発展する。

 若林氏はレオンハルト氏に対して、「社会運動として問題に取り組むのではなく、アートという形式で発表する重要性とはなにか?」という問いを投げかけた。これに対してレオンハルト氏は、アートには周囲の人とのコミュニケーションを誘発する性質があると言う。

 加えて、「アーティストは日々社会との関わりの中に身を置いているため、政治的な信条を作品に組み込むことを拒んではいけない。アートはそれらを表現するためにあるものだから、あってしかるべきだ。そしてアートを作る側が自由に作品を発信するのと同様に、受け取る側も個々人の生まれ育った背景から自由に受け取り解釈することができる。そこから発生するコミュニケーションに意味がある」と答えた。

 続けて「近年頻繁に見られるようになったイデオロギーの対立のような社会的な分断を前にしてもアートは有効なのか?」と若林氏が尋ねると、レオンハルト氏は分断は解決することが困難になってきていると前置きしつつ、「時間経過と身近な人々との対話が解決策になる」と主張した。「課題解決だけでなく課題理解のためにも一定の時間を持たせること、グローバルな視点からではないローカルな視点から問題に取り組むことが大切だ。その際にコミュニケーションを生むアートの存在には意義がある」と自身の答えをまとめた。

 「ある種のバッファを作り出すことが重要な気がする。社会的なタメとしてアートはあるのではないかという考えはいい視点だと思う。アーティストの役割はそれらのタメを作ることなのかもしれない」(若林氏)。

日本は困難な状態にあり思考のジャンプが必要

 会場から投げかけられた「どの地域から応募が集まってほしいか?」という質問に若林氏は、「日本からいい作品が出てほしい」と答えた。続けて「コンヴィヴィアルな状態がどういうものであるかということを理解すること、考えることは結構難しい。現在いろんなものに無意識に依存していて、それらを疑い、そこから抜け出すことも難しいことだと思う。それを意識的に行うこと自体がチャレンジングなこと。日本は困難な状態にあって思考のジャンプが必要なので期待したい」と自身の思いを述べ、会を締めくくった。

 「ユーファブ2019」は10月31日正午までエントリーを受け付けている。応募作品は実際に具体物として完成しているもの、またはすでに運用されていることが条件。学生部門と一般部門の2部門があり、2020年1月に最終審査結果が発表される。

 過去には、オトングラス(島影圭佑・代表取締役、東京)が開発した失読症など視覚に障がいを持つ人をサポートするスマートグラス“オトングラス(OTON GLASS)”が「ユーファブ2017」グランプリを受賞したほか、ジェシカ・ローゼンクランツ(Jessica Rosenkrantz)とジェシー・ルイ・ローゼンバーグ(Jesse Louis Rosenberg)が共同で設立したデザインユニットのナーバス システム(nervous system)が開発した、3Dプリンターで制作するワンピース“キネマティクス ドレス(Kinematics Dress)”が「ユーファブ2015」のグランプリを受賞している。

秋吉成紀(あきよしなるき):1994年生まれ。2018年1月から「WWDジャパン」でアルバイト中。

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