Photos by Ryoichi Inoue PROFILE:1958年12月24日、兵庫県生まれ。83年東京大学経済学部を卒業後、阪急電鉄に入社。91年7月に松屋に入社し、99年に取締役、2001年に常務、05年に専務営業本部長となり、同年5月に代表取締役副社長営業本部長に昇格。07年5月に社長に就任。現在、代表取締役社長執行役員を務める
松屋は昨年、12年ぶりに銀座店の大規模な改装を行い、9月にグランドオープンした。さらに今年4月には、地下1、2階の食品フロアをリニューアル。スイーツと酒類を充実させ、館内の買い回りを強化している。松坂屋跡地を中心とする銀座六丁目の再開発など今後も変わり続ける銀座での松屋らしい打ち出しとは?
「ギンザ スペシャリティストア」をコンセプトに進めてきた改装が完了し、松屋銀座は新たなスタートを切った。「改装は2008年のリーマン・ショック前から進めていたが、リーマン・ショックや東日本大震災の影響もあり、当初の予定より完成までに時間がかかった。しかし、その結果、むしろ我々にとっていいタイミングでグランドオープンすることができた」と秋田正紀・社長。「特にラグジュアリー・ゾーンに関しては、一度に売り場を広げたからといって、すぐにお客さまがつくわけではない。段階的に時間をかけてフロアを作ったことで顧客作りが奏功した。また、取引先との交渉についても、徐々に完成するフロアを見てもらうことでスムーズにいったケースがある。ただ、消費税増税前にしっかりと売り上げを作りたいということもあり、改装オープンのデッドラインは決めていた」と振り返る。
増税後は売り上げの落ち込みが懸念されていたが、「消費マインドは上がっているように感じる。増税のために買い物が前倒しになった部分はあると思うが、お客さまが欲しいと思うものをご提供できれば、さらに買っていただける」と話す。改装により、新しい顧客、特にファッション感度の高い客層が増えていることも見逃せない。「まさにリニューアルの狙い通り。『ロジェ ヴィヴィエ(ROGER VIVIER) 』を導入できたことは、今まで銀座に来なかったお客さまの誘致にもつながっている。さらに、靴の強化が認知され、『クリスチャン ルブタン(CHRISTIAN LOUBOUTIN)』や『ジミー チュウ(JIMMY CHOO)』などの2階のインターナショナル・ブランドが好調に推移。3階の婦人靴売り場は売り場面積も増えたので純粋な比較ではないが、6月は前年同月比135.2%になった」と手応えを感じながらも、「お客さまをリピーターにできるかは、これからの我々の腕の見せどころ」と冷静だ。
インバウンド消費だけでなく、国内の顧客作りも強化
銀座は場所柄、インバウンド消費の恩恵を受けやすい。ビザの緩和など政府の施策に加え、銀座全体で訪日観光客を受け入れようという流れがあり、まだ十分伸びる要素はあるという認識だ。「免税額だけを見ても、インバウンド消費の比率は昨年の5%弱から、3〜5月は7%台に増加している。10月からは、化粧品や食料品など免税対象商品が増えるので、地下1階にも免税カウンターを設けて対応する予定だ。海外からのお客さまが求めているのは、メード・イン・ジャパンの商品と日本のサービス。商品の充実だけでなく、社員や販売員の意識と接客技術の向上にも注力していきたい」と積極的な姿勢を見せる。また、松坂屋跡地を中心とした銀座六丁目の再開発プロジェクトに関しても、「インバウンド消費だけを考えてもこのままの勢いでいくと、我々と銀座三越、ブランドの路面店だけではお客さまを受け入れるキャパシティが足りなくなってしまう。それに対応した施設ができるということは、銀座全体にとって非常に良いことだ。競合する部分があり大変なところもあるが、完成すれば、さらに急進的にインバウンド消費が増加する可能性もある」とポジティブに捉えている。
秋田社長はここ数年、一貫して銀座という街の魅力の向上やその中での他店との共栄を主張し続けているが、そこには「銀座の繁栄があってこその松屋」という思いがある。松屋は、銀座通連合会の会長を務める古屋勝彦・名誉会長に象徴されるように、銀座の酸いも甘いも知り尽くし、街との太いつながりを築いてきた。だからこそ銀座を俯瞰することができ、変化し続ける街での松屋の立ち位置を明確に理解し、そこにしかない強みを見いだしている。また、昨年実施した「ルイ・ヴィトン」の改装を始めとするラグジュアリー・ブランドへの投資は、銀座六丁目再開発プロジェクトによる“ラグジュアリーの流出”を食い止める先手とも言えるだろう。
ただ、もちろん、インバウンド消費だけを期待しているわけではない。「急激に海外からのお客さまが増えて売り場を占拠されてしまうと、従来の日本のお客さまにご迷惑をかけてしまう。皆さんに快適にお買い物をしていただけるよう、オペレーションを考えていく」。そして、売り上げを高めるためには「お客さまの固定化が重要」という。「ただ単に割引やポイント付与ではなく、松屋に来ると楽しいと思ってもらえるような販促策を継続的に打ち出していく必要がある。また、社員や販売員に“販売を楽しむ”ということを意識させている。売る方が楽しまないと、お客さまも買い物を楽しめないからだ。そしてお互いがそういう気持ちになれば、いい循環が生まれるだろう」と説明する。集客力という点で松屋銀座に欠かすことのできない文化催事にも、引き続き力を入れていくという。「8月から『くまのプーさん展』を実施し、その後も片岡鶴太郎やスウェーデン人陶芸家のリサ・ラーソンの作品展を予定する。ターゲットを分けた展覧会を開催することで、幅広いお客さまに来店してもらえるよう工夫している」。