エステサロン「エイチエス ボディーデザイン(HS BODYDESIGN)」を運営するアキュートリリーが10月1日に東京地裁から破産手続開始の決定を受けました。2019年春ごろから従業員がSNSで給与の未払いを訴え騒動になっていたので、倒産の流れは当然だったのかもしれません。「エイチエス ボディーデザイン」はハンドトリートメントの全身オイルマッサージが60分3000円から受けられることや、接客のよさなどで高い評価を受けていましたが、この60分3000円という“低料金”が倒産の要因のひとつであったと思います。
エステティック業界は近年、低料金サロンが増えています。その理由には、マシンの性能が高くなって施術の時間が大幅に短縮できるようになったことと、それによりスタッフの教育にさほど時間を割かなくても一定レベルのクオリティーを提供できることなどがあります。また、脱毛やフェイシャル、痩身などの業務用マシンを来店客が自分で操作するセルフエステも台頭してきています。
低料金競争の結果、サロンの倒産・閉店は後を絶ちません。特に両ワキの施術料金がランチ代程度にまで下がっている脱毛サロンはその傾向が顕著で、月額4900円の全身脱毛コースが特徴だった「ピカリ(PIKARI)」は投資に対して採算が見合わず資金繰りが悪化し、19年4月に破産宣告を受けています。脱毛サロン最大手の「ミュゼ プラチナム(MUSEE PLATINUM)」は料金の安さと積極的なプロモーションで会員数を増加させた結果、予約の取りにくさが問題になって解約が相次ぎ、15年に運営がジンコーポレーションからRVHに引き継がれました(ジンコーポレーションはその後任意整理)。
「エイチエス ボディーデザイン」はオプションなどによる追加料金はありましたが、手技で60分3000円は超格安です。10分500円——家賃や光熱費、諸経費を考慮すると、10分あたりの収入は300円を切っていたかもしれません。景気は上向いているといわれながらも給与に反映されていない人が多い中、料金の安さは消費者の心を引きつけます。若年層の取り込みを狙うならば、無理なく通い続けられる料金であることも重要でしょう。「エイチエス ボディーデザイン」の倒産を受けて、ツイッターでは「良質なサービスで大好きなサロンだったのに」「勧誘が一切なく、技術力は高く、最高のひと時を与えてくれるサロンだった」などの声が上がっています。手技によるクオリティーの高い施術を低料金で提供することは独自性が出る上に、顧客の満足度も高くなります。しかしその結果、企業が疲弊していく状況は健全とはいえません。サロンがつぶれて悲しいのは会社側だけではなく、足しげく通っていた顧客も同じです。
低価格メガネの火付け役だった「ジンズ(JINS)」や「ゾフ(ZOFF)」はデザイナーを起用したり機能性を高めたり、ブルーライトをカットする“PCメガネ”で近視・遠視の人以外にも訴求したりと付加価値を高め、1万円以上の製品も取りそろえて格安イメージから脱却しました。全くの異業種ですが、“ハンバーガー80円”の時代から使用期限切れ鶏肉や異物混入問題による顧客離れを経て、“おいしさ&安全”にシフトしたマクドナルドも、マーケティングを重ねた末に開発した新メニューをヒットさせたり、「マクドナルド総選挙」などのユニークな企画を行ったり、店舗を「ポケモンGO」のジムやポケスポットにしたりと、さまざまな施策を取り入れてV字回復を果たしています。
リクルートライフスタイルが6月に発表した「美容センサス2019年上期」によると、エステティックサロンや脱毛サロンは利用者数や利用頻度が増加しているだけじゃなく、客単価も上がっているそうです。メイクアップやスキンケアも、百貨店ブランドの高価格帯製品が若年層の間でヒットしています。エステ業界も、料金を下げなくても勝ち上がる道はあるはずですし、1万円を超えていても満足できる施術ならばお客は納得して通い続けるでしょう。
一昔前はセレブが通う場所だったエステサロンも、低料金サロンの台頭で今では誰もが気軽に通えるビューティスポットになりました。しかし、1回で複数の顧客に対応するフィットネスのスタジオプログラムとは異なり、エステや脱毛は“1対1”が原則で、だからこそ技術やサービスに見合った料金設定はブランド価値の形成にもつながるのではないでしょうか。と同時に、私たち消費者も昨今の低料金競争を “恩恵”と捉えてはいけないと感じています。