ファッション

展示に隠された裏ドレスコード? 企画担当者が「ドレス・コード?」展を解説

 ファッションスタディーズ(fashion studies)が10月5日、トークイベント「Think of Fashion 062 『ドレス・コード?』展を読み解く―『ステレオタイプ』を中心に」をスパイラルルームで開催しました。

 「ドレス・コード?―着る人たちのゲーム」(以下、「ドレス・コード?」展)は、京都国立近代美術館で10月14日まで開催の展覧会です。同展の企画を担当した小形道正・京都服飾文化研究財団(KCI)アシスタント・キュレーターを招いて企画設定の背景や展示内容の解説をするとのことだったので、同展の趣旨をより深く理解するため、そして感じたことを質問するために参加してきました。

人物像の判断基準 
“ステレオタイプ”

 小形アシスタント・キュレーターは同展を企画するにあたり、ファッションを「自己と他者の視る/視られる相互行為の中に成り立つ現象」であると捉えたと言います。曰く、展示された衣装やアート作品は、“ステレオタイプ”“脱ステレオタイプ”“原ステレオタイプ”の3つの文脈に整理できるそうです。

 まず、“ステレオタイプ”が視る/視られるの関係を構築すると言います。たいていの人は、着ている服に備わるイメージをもとに人物像を判断する/されるはずで、同時にそれは、“ステレオタイプ”を逆手に取って自己像をコントロールするような振る舞いを可能にすると語りました。

 「謝罪会見でスーツを着る男性アイドル」を例に解説していましたが、これはスーツに宿る“社会的責任能力を持つ誠意ある大人”という“ステレオタイプ”を用いたイメージコントロールの実践と見ることができます。ほかにも、同展展示作品であるマームとジプシーの作品「ひびのAtoZ」や「ヴェトモン(VETEMENTS)」2017-18年秋冬コレクション、あるいはロバートの秋山竜次による「クリエイターズ・ファイル」は、“ステレオタイプ”を表現した事例だと話していました。

ステレオタイプをテーマにした「ヴェトモン」2017-18年秋冬コレクション。“ミス・ナンバー5”や“ノミネート女優”“年金受給者”“オタク”“隣人”などが登場する 「ヴェトモン」の公式ユーチューブチャンネルから

選択の自由/不自由 
“脱ステレオタイプ”

 ジーンズは炭鉱から、トレンチコートは戦場から離れ、いまではありふれた定番アイテムになっています。このような衣服が持っていた本来の用途や文脈・意味から逸れていくことを、小形アシスタント・キュレーターは“脱ステレオタイプ”と表現していました。

 “脱ステレオタイプ”は衣服の選択の自由を押し広げることで、多様なバリエーションのアイテムと自由な着こなしを生み出してきました。しかし一方で、誰もが安定した“ステレオタイプ”に収まり続けることができず、常に選択を強いられる状況を生み出したと見ることもできます。

 こうなると幅広い選択肢があるにもかかわらず、安定を求めるあまり逆説的に似たような着こなしに落ち着いていくということも時として見られます。“脱ステレオタイプ”がもたらしたこの選択の自由/不自由は、バリエーション豊かな迷彩柄の衣装や写真家ハンス・エイケルブーム(Hans Eijkelboom)による「フォトノート(Photo Notes)」シリーズなどからうかがい知ることができると語りました。

天衣無縫にファッションを楽しむ 
“原ステレオタイプ”

 “ステレオタイプ”から“脱ステレオタイプ”へ。その先には“原ステレオタイプ”というものがあるそうです。同展カタログの中で、“原ステレオタイプ”を「あらゆるものが既視感に溢れたなかで、それでも生み出されつづける、微かな違和感であり、循環からのズレであり、特異な世界観を有する潜在的なファッション」(「ドレス・コード?」展カタログより「ファッションをめぐる相互行為―ステレオタイプ論序説」、小形道正、P.272)だと言っています。

 小形アシスタント・キュレーターは、アレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)「グッチ(GUCCI)」クリエイティブ・ディレクターらデザイナーのクリエイションに、あるいは異色肌ギャルや奥信濃で暮らす老人など服を着る人たちの実践に、“原ステレオタイプ”を見出します。どちらにせよ天衣無縫にファッションを楽しむ態度の中で生まれるものだと話しました。

 そして、これらはやがて一つの“ステレオタイプ”になり、ファッションシステムに組み込まれ次のサイクルが生まれる――この循環構造を展示のコンセプトに考えていたと語り企画コンセプトの原案解説をまとめました。単純化してしまうことになるかもしれませんが、“ステレオタイプ”“脱ステレオタイプ”“原ステレオタイプ”の循環構造は芸道における“守破離”に通じるように思えました。

ブランドの意向に従わなくてはならない?

 せっかくの機会なので、展覧会を見て感じた疑問を小形アシスタント・キュレーターに直接聞いてみました。

 “視る/視られる”というテーマを見たときに、自分はSNSを取り巻く現象を思い浮かべていました。若い人の間ではSNSでの“映え”を軸とした服の選択が行われているともいわれる中、SNSをテーマにした展示が少なかったような気がします。

 その点について聞くと、「SNSを議題として前面に押し出したときになにが言えるのかが問題だと思います。SNSというと承認欲求の話になりがちですが、研究データが明確に出ているわけでもないし安直な気がする。これはもう少し考えなくてはいけない課題です。全く扱っていないわけではなく、ジェレミー・スコット(Jeremy Scott)による 「モスキーノ(MOSCHINO)」のコレクションなどで表現されているはず。展覧会ではSNS上で参加型のキャンペーンを実施していたのですが、投稿は少なかった。どこまでSNSという現象に重きを置くべきなのかと思っているところがある」という回答を得ました。

 また、同展内の撮影可能エリアの少なさにも疑問がありました。撮影が許可されているのは、「コム デ ギャルソン(COMME DES GARCONS)」2018年春夏コレクションの一部、坂本眞一による18世紀パリを舞台にした歴史漫画「イノサン Rouge」とのコラボ展示、マームとジプシーによる「ひびのAtoZ」、編集者の都築響一がセレクトしたポートレート作品の4カ所のみ。この件についても質問しました。

 「権利上の問題で難しいです。現実的な問題として、企画側の文脈で展示する展覧会ではブランドの意図と異なる形で展示することがあり、それを嫌うところも少なくない。もちろんもっと写真を撮ってほしいが、各ブランドに許可を得ていくプロセスを考えると難しい。そこはちょっとごめんなさいというところです」(小形)。

 この件は単に法的な権利保護の問題だからと終わらせることもできるのですが、「衣服の扱い方は、ブランドの手を離れた先でもブランド側の意思に従う必要がある」という捉え方もできる気がします。「ドレス・コード?」展は13のドレスコードを切り口に、ファッションを取り巻くルールを明るみに出すことで批判的な検討を促した展覧会です。それでもなお展示の中で明言されることのなかったブランドの権利やイメージにまつわるコードが、展示物撮影不可という状況に表れているように思えます。

 踏み込んで言えば、「ブランドの意向に従わなくてはならない?」という裏ドレスコード。ブランディングに反することを許さないブランドの権威性を読み取ることができるのではないでしょうか?私見に過ぎませんが、個人的にそのように解釈しました。

 「ドレス・コード?」展の京都での開催は10月14日まで。19年12月8日~20年2月23日には熊本市現代美術館でも、一部展示内容を変更して開かれます。

※台風19号の接近・通過に伴い、京都国立近代美術館は10月12日に臨時休館

■「ドレス・コード?―着る人たちのゲーム」京都展
日程:8月9日~10月14日
時間:9:30~17:00(毎週金曜日、土曜日は21:00まで開館 入館はいずれも閉館の30分前まで)
場所:京都国立近代美術館
住所:京都府京都市左京区岡崎円勝寺町26-1
休館日:毎週月曜日(10月14日は開館)
入場料:一般1300円 / 大学生900円 / 高校生500円 / 中学生以下無料

■「ドレス・コード?―着る人たちのゲーム」熊本展
日程:12月8日~2020年2月23日
時間:10:00~20:00
場所:熊本市現代美術館
住所:熊本県熊本市中央区上通町2-3
休館日: 毎週火曜日(ただし2月11日は開館、12月29日~1月3日、2月12日は休館)
入場料:一般1100円 / シニア900円 / 学生600円 / 中学生以下無料

秋吉成紀(あきよしなるき):1994年生まれ。2018年1月から「WWDジャパン」でアルバイト中。

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