「専門職大学」とは、文部科学省が55年ぶりに設けた新たな大学制度だ。大まかに言えば、実習や実技の時間を多く設けて学位も取得できる、大学と専門学校を足して二で割ったような学校だ。2019年4月から始まったこの制度で誕生した専門職大学は2校。そのうちの1校がファッションとビジネスを学ぶ「国際ファッション専門職大学」だ。
同大学では、1年生の選択科目に「法学入門」を設けている。9月から週に1度開講し、全15回を予定している。知的財産権法だけでなく、憲法や消費者法、独占禁止法といった法分野も取り扱う。ファッションの専門学校などでは“特別授業”として法律に触れる機会を設けることもあるようだが、あくまで“触れる”だけだ。実習に重きを置くファッション関連の教育機関で法学を“科目”として設ける学校は珍しいのではないだろうか。
筆者が聴講した10月10日の講義では「ファッションロー」を取り上げた。この日はゲスト講師としてファッションローに詳しい関真也弁護士が登壇し、20人弱の学生が出席した。まだ履修を本決定しなくてよい期間のため、“お試し”で出席した学生も多かったのだろうが、同大学の東京キャンパスの入学者は120人だから、“法学”というファッションとは縁遠い科目にしては関心が集まっているといえるのではないだろうか。
出席していたファッションビジネス学科に所属する黄紳達さんは、将来はプロデューサーとしてファッションビジネスに携わりたいと話す。「将来のことを考えると法律は知っていた方がいいと思った。ネットで調べることもできるが、プロの話を聞きたかった」と話す。他の学生たちも「ファッションビジネスに携わるときに法律は重要だと認識している」と口をそろえる。また、SNSでしばしば炎上する模倣問題に対する関心も高いようだ。
その一方で、ほぼ全員が講義は「難しかった」と口にする。その内容というよりも、条文や法律用語を知らないためそこで思考がストップしてしまい、結果として内容全体を「難しい」と感じてしまうようだった。法律用語は日常生活で使用することも少なく、ましてや学生の会話に上ることはない。そのため、専門用語が頻出する法学の授業はケーススタディーであっても“自分ゴト化”して咀嚼し理解を深めることが難しいのだろう。
関弁護士の講義を聴きながら、筆者が大学で初めて法学の授業を受けたときのことを約15年ぶりに思い出していた。法学部だったため、当然だがそのほとんどが法律に関する授業だ。だからこそ大学4年間をかけて用語の意味や条文解釈、なぜそのような判決になったのかというプロセスをゆっくりと学ぶことができる。それでも学問全体に対する理解度は数パーセント程度だろう。それを例え広く浅くであっても「全15回でなんとなく理解する」ことは不可能だろう。
では、同大学における「法学入門」という講座の目的は何か。担当する弁理士の西村雅子教授は、「まずは、事案に対して『感覚的にどう思うか』『どちらが正しいと思うか』を考え、なぜそう考えるのかを説明できるようになってほしい。この講義は思考訓練を積む場にしたい」と説明する。
大企業に入れば法務部という専門部隊がいるから自分で考える機会も必要性も減るが、ファッション業界では法務部がない企業やブランドはざらだ。自分たちで考えて判断する場面が多々ある。ファッションを専門に教える学校では、服の作り方は教えてくれても法的な思考訓練はしてくれない。こうして訓練を経ていない人たちが“法的に越えてはいけない一線”に気づかず、あるいは越えることを躊躇しなかった結果、トラブルを招き、あるいはトラブルに巻き込まれてしまう。その意味では学生のうちに少しでも法律に触れる機会を増やし、「これはもしかすると越えてはいけない一線かもしれない」となんとなく感じられるようにする訓練は意味のあることだと言える。また、この回に登壇した関弁護士も、「ファッション業界の人は法律が身近でない分、トラブルになったときの動き方や相談する相手が分からない人が多い。講義を通して少しでも身近に感じてくれるとうれしい」と語るように、困ったとき、ピンと来たときに相談できる相手をつくるという意味でもこうした機会は有効だろう。
とはいえ、まだ開講して3回を終えたばかり。学校側にとってもレベル設定や内容の最適化は課題だろう。こうした取り組みを実施する学校は多くないため、ファッション業界で働く人の法に対する関心や知識を高めるにはまだまだ時間がかかりそうだ。しかし全体のリテラシーを底上げするためには、学生への教育は必要なことだと感じる。他校を含め、教育現場におけるファッションローの動向を今後も注視していきたい。