インフルエンサーやクリエイターが自らブランドを運営するD2Cブランドが増えている。ECシステムとしてもBASEやSTORES.jp、クラウドファンディングなどが登場し、ブランドの運営や起業のためのハードルは確実に下がっている。その一方で、ある一定以上の規模を超えると途端に使えるツールが限られてくる。アパレルECのベンダーは少なくないが、その多くは既存の大手企業向けに最適化されているからだ。
動画配信のプラットフォーマー大手CANDEEで執行役員ライブコマース部門を率いていた鍛治良紀氏は9月、そうしたD2Cブランドを支援するため、同社をスピンアウトし、新会社ブランディット(BRANDIT)を設立した。同社はCANDEEの一部出資を受けつつ、鍛治氏自身がCANDEE時代に立ち上げた、インフルエンサー佐野真依子のD2Cブランド「トランク 88(TRUNC 88)」を切り出し、新事業としてD2Cブランドを、生産から物流までをワンストップで提供するBtoB向けのソリューション事業を来春にもスタートする。
もともと鍛治氏は、インフルエンサーを駆使したファッションビジネスに最も精通したプロデューサーの一人だ。サイバーエージェントなどを経て、2013〜15年に在籍したマークスタイラーではEC部門のトップとしてチームを率いた後に、多数のインフルエンサーを抱えるデジタルマーケティング部門を切り出した別会社タイムズ・トランジットでトップを務めた。当時のマークスタイラーは「エモダ(EMODA)」「ムルーア(MURUA)」などの若い女性に人気の多数のブランドとインフルエンサーの両輪を、ブログと自社メディアを組み合わせたデジタルマーケティングを駆使して回すことでリアル店舗とECを同時に成長させた、デジタル先進企業だった。
16年からはスマホ時代の新たなプラットフォーマーとして創業されたばかりのCANDEEのライブコマース部門の責任者に転じた。インフルエンサー発のファッションビジネスに関して表も裏も知り尽くした鍛治CEOがなぜいま、ECのシステム会社なのか。「この分野のマーケットは今後大きく成長する。これからは一つのブランドが100億円、200億円になる時代じゃない。もしかしたら50億円を超えることも難しいかもしれない。そういった中で一人で立ち上げられるブランドの数には限りがある。ビジネス的に見れば、ソリューションの提供の方がずっとビジネスチャンスが大きい」と分析する。
実際にブランディットは9月の設立後、わずか2カ月でベンチャーキャピタル(VC)のドリームインキュベーターからの資金調達に成功した。金額は非公開ながらシードラウンドで数千万円規模と見られる。「10数年前に自分が起業したころに比べると隔世の感があるが、それ以上にファッション×ITに大きな期待を寄せられていているということ」。
佐野真依子がクリエイティブディレクターを務めるD2Cブランド「トランク 88」は年商こそ非公開だが、鍛治CEOとクリエイティブディレクターの佐野真依子、4人の社員を抱えていながらも月間ベースで黒字化しているという。そのため「調達した資金は全てソリューション事業のために開発中のECシステムにつぎ込む。このECシステムは日々の売り上げを管理できるだけでなく、消化率に応じて1アイテムあたりの黒字と赤字がひと目で分かるようなものになる」。
D2C支援事業のターゲットは月商400万〜4000万円のブランド。生産から在庫管理、EC販売、物流までをワンストップで提供することで、小ロット生産にも対応し、しかも使いやすいものにするという。「これまで多くのインフルエンサー発ブランドに関わってきたが、月商400万円を超えたあたりから、ECシステムや物流などの面で、それまでのやり方では追いつかなくなってくる。例えばそれまでは韓国から仕入れて、インスタライブで商品をPRし、商品は自分たちのオフィスから発送するといったやり方だ。たとえ売り上げは増えても、生産や配送のミスが発生しやすくなり、在庫だって管理できなくなる。にもかかわらず、よりアップグレードした統合パッケージの多くは、年商数十億円以上で最適化されている。生産、EC、物流、それぞれのツールならピッタリなものがあっても分断されていて、それらを個別に管理・運営する手間や人材は必要になる。そうしたことがD2Cブランドの成長を阻害する最大の要因になっている」。
ブランディットにとって自社ブランド「トランク 88」はリスクを取って仮説を検証するための存在にもなる。「『TRUNC88』とクリエイティブディレクターの佐野真依子からは今も多くのことを学ばしてもらっているが、この部分がソリューション事業の基盤にもなる。僕らはたとえば生産だったら1アイテムあたり15点から受注できる。普通に考えればそれだけだと利益は出ない。けどトータルパッケージで使ってもらい、売り上げの15〜20%を手数料としてもらえれば、ブランドと僕らでウィンウィンの関係になるはずだ」。
鍛治氏にとって最も重要なのは、ブランド側からきちんと顧客が見える、つまり”本当の自社EC”のためのシステムであることだ。「簡易型のものも含め、ほとんどのECシステムは顧客の購買データがブランドの手元に残らない。ブランドが成長していく上で最も重要なデータがきちんとブランド側に残るシステムが必要だから」。