注目の若手ブランド「キムへキム(KIMHEKIM)」が2020年春夏シーズンのパリ・ファッション・ウイーク(以下、パリコレ)の公式スケジュールに初参加した。韓国出身デザイナーのキミンテ・キムへキム(Kiminte Kimhekim)は、ニコラ・ジェスキエール(Nicolas Ghesquiere)時代の「バレンシアガ(BALENCIAGA)」で経験を積み、14年に同ブランドをスタート。「バレンシアガ」時代に培ったテーラーリング技術と、韓服をモダンに解釈して融合したデザインで人気を集め、大ぶりのパールでドレープを作ったデザインの“ヴィーナス(VENUS)”シリーズや、韓服にも使われるオーガンザを使ったアイテム、大ぶりのリボンなど、ブランドのアイコンとなるデザインを生み出し成長を続けてきた。
パリコレデビューを果たした2020年春夏コレクションでは、人気の“ヴィーナス”テーラードジャケットやオーガンザのトレンチコートなど人気デザインのアイテムも登場した。その一方で、超ビッグシルエットのテーラードジャケットをはじめ、点滴や自撮り棒を持ったモデルも登場してシニカルな一面を見せたが、“SICK(病気)”とプリントされたTシャツを着たモデルに点滴を持たせたことは、SNSを中心に賛否両論を巻き起こし「病気をファッションやトレンドにするな」といった声も寄せられた。
とはいえ、このパフォーマンスによって多くの露出を確保できたのは事実だ。そのSNSでのバズらせ方にはニコラの「バレンシアガ」というより、現「バレンシアガ」を率いるデムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)の影を感じる。「僕にとってショーはショー、コレクションはコレクションなんだ」と語るキムへキムに、モデルに点滴や自撮り棒を持たせた理由をはじめ、パリコレデビューまでの過程やショーで伝えたかったことなどを聞いた。
WWD:まず自身のファッションのバックグラウンドを教えて。特に「バレンシアガ」では何を学んだ?
キミンテ・キムへキム(以下、キムへキム):21歳のときにパリに来てエスモード パリ(ESMODE PARIS)でファッションデザインを学んだ。それで十分かと思ったけど、卒業してまだ勉強し足りないと思ったからステュディオ ベルソー(Studio Bercot)に1年通って卒業したんだ。その後すぐ、幸運なことに当時ニコラ・ジェスキエールが率いていた「バレンシアガ」で働けることになった。
「バレンシアガ」には2年間在籍したんだけど、大きなメゾンだからアトリエには50人くらいのアルチザン(職人)が働いていて、実験的なピースを作ったり、適切な生地を探したりというプロセスを見ることができた。そこで情熱をアートピースに変える方法を学んだんだ。ただ着るだけじゃなく、着る人にエネルギーを与える服を作る方法をね。
その後「イヴ サロモン(YVES SALOMON)」や「ウーヨンミ(WOOYOUNGMI)」といったブランドと働く過程を経て、自分のブランドを立ち上げたい、自分を表現したいと考えるようになって、2014年に「キムへキム」を立ち上げたんだ。
WWD:立ち上げからパリコレの公式スケジュールに参加するようになるまで、どうブランドを成長させた?
キムへキム:ブランドを設立した年に、マレ地区の花屋でファースト・コレクションのプレゼンテーションをしたんだ。コレクションのコンセプトは“ペルス ネージュ(Perce Neige)”。意味は“雪の花”で、雪が降り積もっても成長し花を咲かせる花のこと。パリで暮らすシャイなアジア人でちっぽけな僕だけど、成長して花を咲かせられることを見せたかった。コレクションの結果は良かった。有名なプレスはいなかったけど、イタリアのあるスタイリストが気に入ってくれて、アイテムを送ったんだ。そこからビジネスがうまくいき始めた。
16年にはセールスを担当してくれるイギリスのエージェントと出会い、コレクションをコマーシャル的な形で変化させることができた。コレクションはパリで作り、生産はソウルで行っているんだ。パリにもいい工場はたくさんあるんだけど、もう手がいっぱいで生産をハンドリングできないし、韓国には服作りのノウハウがあるから、韓国で生産するのもいいと思った。その結果韓国での生産はうまくいって、現在世界50店舗で取り扱いがある。多くないけれど、ビジネスを続けられることができる数だ。その過程で(パリコレを主催する)サンディカが興味を持ってくれて、今季から公式スケジュールに参加したんだ。
WWD:「キムへキム」は若いブランドながら“ヴィーナス”シーリーズや巨大なリボン、オーガンザなどアイコニックなアイテムやデザインが多くある。それぞれはどうやって生まれた?
キムへキム:“ヴィーナス”シリーズは、自分が持っているフォーマルなジャケットをフェミニンにしたいと思って生まれたんだ。それで大きなパールのボタンでドレープを作ったんだけど、メンズのジャケットとドレープのコントラストが面白いと思った。“ヴィーナス”と名付けたのは、ボッティチェッリ(Botticelli)の「ヴィーナスの誕生」にインスパイアされたからなんだ。絵の中で季節の女神のホーラがヴィーナスに布を掛けようとしているから、そう名付けた。“ヴィーナス”シリーズは世界中でベストセラーで、“ヴィーナス”シリーズがあったからこそブランドを成長させることができた。今も種類を増やそうとしているよ。
リボンは、ギャザーをたっぷりと利かせたフランス流のリボンじゃなくて、僕なりの方法でリボンを作ろうとして生まれた。実はこれは韓服の胸元を留めるリボンから着想していて、だからこそシワがなく、まっすぐでシンプルなんだ。
オーガンザのアイテムは、インスタグラムのフォロワーに人気なんだけど、僕もオーガンザは大好き。8、9歳とか子どもの頃に祖母からオーガンザを使った韓服の作り方を教えてもらい、一緒に作っていたから。あの頃のオーガンザの香りはまだ覚えているし、オーガンザは透け感があるからどんな色や素材にも合う。だから今でもオーガンザをスペシャルラインのアイテムに使っているんだ。
WWD:今ブランドのラインはいくつあるの?それぞれの違いは?
キムへキム:今あるラインは4つ。1つめは“BUY IT IF YOU CAN”で、その名の通り挑発的なラインで、超巨大なジャケットやネクタイなどがある。ウエアラブルじゃないけれど、実験的なことがしたかったんだ。それで「買えるものなら買えよ」という名前にした。
2つめは“MY UNIFORM”で、大好きだから制服のように毎日着る、という意味を込めた。Tシャツやシャツなどで、「キムへキム」のロゴを入れている。高校生の制服みたいだけど、これは韓国で過ごした高校時代は僕にとってすごく大きな経験だったから。高校ではみんな同じ制服を着ていたけど、自分なりの着方を見つけて、それぞれ違う風に見える。これをこのラインでも表現しているんだ。
3つめは、“TONIGHT”。“ヴィーナス”ジャケットやスーツをそろえている。ナイトパーティーやカクテルパーティーで特別な気分になれるようにという意味も込めてこの名前をつけたんだ。
4つめは“KIMINTE KIMHEKIM”で、僕の名前をつけた。このラインは韓服の要素を取り入れたラインで、ほぼチマそのままのものもある。だけど、正しいアルチザンを見つけ、正しい素材と正しい色を見つけることが重要で、過去のものを再解釈して新しく現代の人々にプレゼンテーションしているんだ。
“「キムへキム」が注目を浴びるための理由でありたい”
WWD:2020年春夏のコレクションについて教えて。このコレクションを通して人々に伝えたかったことは?
キムへキム:コンセプトは、“Attention Seekers”で、注目を浴びたい女の子が療養所で過ごす夏休みを表現したんだ。病院じゃなくて療養所というところがポイントで、休んだりもできるけど「キムへキム」流に遊ぶこともできる。注目を浴びたいと思うことは、僕は全く悪いことじゃないと思っている。特にSNS時代の今は、みんなどこかで注目を浴びたがっているんだ。だから僕が伝えたかったのは、注目を浴びたいということを認めて、正しいやり方、つまり「キムへキム」流で注目を浴びようとしてほしいということ。「キムへキム」を着ればエレガントにもなれるし、プレイフルにもなれる。「キムへキム」が注目を浴びるための理由でありたい。注目を浴びるために、SNSで人を侮辱したり、攻撃的になる必要はないんだ。
「別に注目を浴びたいわけじゃないんだけど」と主張する人もいるかもしれないけど、そんな人には「とにかく認めなよ」って言いたい。コレクションの名前は“ME”にしたけど、これは僕もファッションデザイナーという“Attention Seekers”だから。でも、僕なりの方法で注目を浴びたいんだ。物議を醸すようなことはしたくないけど、プレイフルなコレクションを見せることによって注目を浴びたい。これがこのコレクションの意図だよ。
WWD:なるほど、だからモデルに自撮り棒を持たせたの?
キムへキム:そう、自撮り棒を持たせたのは現代の人々を表現したかったから。みんなどこにでも自撮り棒を持って行って自分たちを撮っているけど、彼らが本当にしたいのは、ほかの人から見られたいということ。つまりここでの自撮り棒は、彼らを見るであろう“他人”を表しているんだ。SNSに何かを投稿するとき、どこかでたくさん「いいね!」がもらえることやいい反応やコメントがもらえることを期待しているけど、そんなそぶりは見せないようにしてるのを皮肉ったんだ。でもこういう行動は僕は全然普通のこと、当然のことだと思っている。みんな好きな人たちから好かれたいんだ。
WWD:点滴を持って登場したモデルもいたけど、これはどういう意味?ブランドのインスタグラムには怒りのコメントも寄せられているけれど。
キムへキム:点滴バッグの中身は薬じゃなくてビタミンという設定なんだよ。「キムへキム」はみんなにエネルギーを与えるビタミンでありたいと思っている。ファーストルックのビタミン袋をつけたモデルはすごくパワフルに歩いていて、自信に満ちていたでしょ?彼女はほかの人からの注目は要らないんだ。だって「キムへキム」のエネルギーをもらっているからね。
「キムへキム」のインスタグラムにアップしたこのルックの画像はすごく注目を浴びていて、コメント欄は賛否両論だけど、この反応は予想してた。“SICK”と書かれたTシャツを快く思わなかった人も何人かいたけど、これは“病気”という意味の“シック”と、クールという意味の“chic(シック)”とをかけたんだ。彼女は病気でもなんでもなくて、「キムへキム」のビタミンをもらっているから、“chic”だし点滴も持ち上げてパワフルに歩いてもらった。だから病気の人を傷つけようというつもりは全くなくて、ただ単にエネルギーをあげようとしたんだ。
“ショーはショー、コレクションはコレクション”
WWD:インスタグラムでのコレクションの見せ方と、ショーでの見せ方でギャップがあったように感じる。
キムへキム:ショーをやるときは強くいきたいんだ。それがショーだと思うから。見る価値があるショーだと思ってもらいたい。「キムへキム」が好きな人は特にブランドのテーラーリングが好きな人が多いんだけど、今回はビッグシルエットで隠れていたかもね。でもディテールを見れば、ブランドのDNAを感じることができると思う。新しいショーの見せ方を試してみたかったんだ。ショーに来る人に「キムへキム」のショーは行く価値があるものだと思ってもらいたくて、次は何が見られるのか楽しみにしていてもらいたいから。僕にとってショーはショー、コレクションはコレクションなんだ。
WWD:コレクションにはSNS時代だからこそのアイロニーを感じたけど、ブランドのインスタグラムのコミュニケーションや運営で何か秘訣や気をつけていることはある?
キムへキム:秘訣というほどでもないかもしれないけれど、可能な限り正直であるようにしている。以前はショーの前はコレクションのメインとなるデザインを隠してたんだけど、今は制作の過程を見せていて、今回も超ビッグシルエットのジャケットの、コレクションで一番強烈なルックをショーの前にインスタグラムに投稿した。今あるものを隠さずにシェアして、何がショーで見られるのかみんなに知らせるんだ。でもショーではまた別のサプライズも用意している。みんな今この瞬間にサプライズされたがっているんだ。だから隠さず、持っている情報を可能な限りシェアしようとしてる。