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連載 小島健輔リポート

紳士服チェーンが軒並み赤字転落 スーツビジネスに未来はあるのか【小島健輔リポート】

 ファッションビジネスのコンサルタントとして業界をリードする小島健輔氏が、日々のニュースの裏側を解説する。仕事着のカジュアル化によってスーツ離れが進んでいる。これからスーツビジネスはどう再編されるのか。

 ビジネスマンのスーツ離れが加速する中、紳士服チェーンの業績が一段と落ち込み、末期症状を呈している。大手各社は成長分野の若向けパターンオーダー(PO)や婦人向けビジネスウエアに注力したり、リサイクル店や百円ショップから飲食サービスまで企業フランチャイズ(FC)を広げて紳士服の低迷をカバーしているが、もはや本業の落ち込みを支えきれなくなっている。スーツビジネスは衰退してしまうのだろうか、短納期POなどによる突破口はあるのだろうか。

紳士服チェーン大手4社が赤字転落

 直近決算では、はるやまホールディングスの9月中間期が前年同期に続いて8億5000万円の経常赤字となり、コナカも9月期本決算の最終損益が53億円の赤字と前期の4億9300万円の赤字から11倍近く肥大。前年9月中間期はほぼ半減ながら5億3300万円の黒字を保ったAOKIホールディングスも今9月中間期は4億9600万円の経常赤字に転落。業界首位の青山商事も今9月中間期で11億5800万円の経常損失に転落し(前年中間期は15億8600万円の経常黒字)、アメリカンイーグル事業撤退に伴う69億9800万円の特損計上で純損失が前年同期の1億2300万円から64億6900万円に肥大。20年3月期決算見通しの最終損益も前期の57億円の黒字から20億円の赤字に転落する。

 青山商事の最終損益が赤字となるのは1964年の創業以来で、紳士服市場の衰退がのっぴきならないところまできたことを印象付ける。

ピーク時の3掛け以下に
激減した紳士スーツ市場

 「紳士スーツ市場」の凋落を考えるには、まず「紳士服市場」と分けて見なければならない。紳士服チェーンの売り上げに占める紳士スーツの割合は30%前後で、他はジャケットやコートなどのアウター、シャツやニットなどの単品、靴・バッグなど服飾雑貨、そして近年力を入れている婦人服は17〜18%も占める。メンズウエアの主流はカジュアルやスポーツ&アウトドアで「紳士服」そのものがマイナーなのに、さらにその紳士服の中で紳士スーツが占める割合は25%にも満たないのが現実なのだ。

 百貨店の紳士服・洋品の売り上げのピークは1991年、紳士服チェーンの売り上げのピークは94年だったから、バブル崩壊で高価な百貨店からリーズナブルな紳士服チェーンに需要が移ったことが分かる。

 その後はデフレの進行とカジュアルシフトでどちらも縮小を続け、2011年には百貨店の紳士服・洋品がピーク時の42.6%、紳士服チェーンが同58.4%で底を打ち、14年には景気の回復で再拡大に転じた紳士服チェーンが百貨店の紳士服・洋品を抜き、直近の18年では百貨店の紳士服・洋品が3859億円に落ち込んだのに対し、紳士服チェーンは4478億円と健闘していた。

 しかるに、18年の秋口からかげり始めた景気が19年に入って低迷を深め、紳士服チェーンの業績も暗転して大手全社が赤字となった。

 紳士スーツ市場全体のピークは92年で、購入単価5万7300円(家計調査)×1350万着で7750億円ほどの規模があったとされる。大底の11年では購入単価3万2548円(家計調査)×670万着弱で2100億円台まで落ち、その後の景気回復で18年には購入単価が3万7600円まで戻して市場規模も2350億円ほどまで回復したが、19年は2200億円余、630万着まで落ちると推計される。

 市場規模でピーク時の28.4%、着数で同47%ほどに激減した背景は何だったのだろうか。

ビジネスマンが
スーツを着なくなった背景

 もとよりスーツは組織人としての階級を表す武士の裃(かみしも)か軍服みたいなものだから、サラリーマンじゃない自由業者は必要としない。米国のビジネス社会では「スーツ」「セールスマン」「オフィサー」「ワーカー」と服装の階級が明確で、エグゼクティブ階級の「スーツ」はピッタリ仕立てたオーダースーツ、あるいは高級ブランドの既製スーツをジャストにフィッティング、中間管理職階級の「オフィサー」はセンタープレスパンツにジャケットというビジカジスタイル、現場の「ワーカー」階級はワークパンツやトラックパンツにブルゾンというカジビジスタイル(キレイ目なカジュアルに過ぎないが)、「セールスマン」階級はフィットの緩い安手の既製スーツというのがお決まりだ。

 だからこそ、成功したベンチャー経営者は超高級なオーダースーツで地位を誇示するか、著名デザイナーにロットで特注したTシャツやトレーナーで既製秩序の超越を主張する。それは日本でも同様だ。

 中産階級の崩壊とデジタル化による中間管理職層の圧縮でジャケット軸のビジカジが衰退し、機能的でTPOレスなアスレジャーの蔓延によってカジビジが主流となりオフィサーとワーカーの垣根が崩れる一方、貧富の差の拡大でエグゼクティブ階級は高級オーダーに流れ、上昇志向の若者はエグゼクティブ階級を夢見て手頃なパターンオーダーに流れ、機能性と低価格を必要とするセールスマンは合繊のアクティブスーツに流れ、既製スーツ市場は急速に縮小していった。

 それを後押ししたのが「スニーカー革命」と、行政による「スニーカー通勤」推進だったことは特筆しておきたい。

 移動に社用車が使えるエグゼクティブ階級はともかく、自分の足で動かねばならないセールスマン階級にとって革靴は苦痛だったが、勤労女性のパンプス拒絶に先立ち、見かけはビジネス革靴でもゴムソールのビジネススニーカーが一般化した。17年10月から始まったスポーツ庁による「スニーカー通勤」推進を契機にオフィサー階級にも波及してモードスニーカーがトレンドとなり、前後して売り出されたアクティブスーツが紳士服チェーンや百貨店にも広がって既製スーツ市場から需要が移動していった。

流通の無駄も
既製スーツ市場を潰した

 既製スーツ特有の流通事情も、この流れを加速した。既製スーツは縦(身長)・横(ドロップ)のサイズに加えて、トラッド、コンチネンタル、ブリティッシュ、クラシコイタリアなどテイストでパターンが異なり、無地から織り柄・プリントまで生地のバラエティーも求められる。そのため紳士服チェーンでは1500ほどの組み合わせ(=在庫)が必要になる。しかも、低コストに抑えるため半年以上も前から海外工場で作りためて、半年かけて売り減らしているのが実情だ。それゆえ在庫は年に2回転もせず(既製スーツだけなら1.4回転ぐらい)、期末には3割前後が売れ残る。それにテイストやサイズ、生地の差異を新規商品で継ぎ足して次シーズンの品ぞろえを構成するのが業界慣習だ。まるで鰻屋のタレのような話だが、本当だから仕方がない。

 こんな非効率な商売だから利幅がないとやっていけない。法外な歩率を取られる百貨店ブランドなら小売価格の18%以下、リーズナブルな紳士服チェーンでも30%までに原価を抑えないと利益が残らない。ロットの格差もあり、同クラス品質の商品なら百貨店ブランドと紳士服チェーンで価格が倍違うというのは本当なのだ。

 在庫負担が重い既製スーツビジネスに見切りをつけ、回転の早いアクティブスーツや、受注先行で在庫負担のないパターンオーダーにシフトしたいのは業界側とて山々だった。ゆえに、お手軽なアクティブスーツやデジタル仕掛けの短納期パターンオーダーが業界のブームとなって、既製スーツ市場の縮小に拍車をかけている。

既製スーツからパタンオーダーと
アクティブスーツへ

 需要が減って業界も見切りをつけた既製スーツの縮小はもう止まらないが、組織のリーダーが階級を誇示したり成功者がリッチなお洒落を主張したりするオーダースーツは絶対数量は限られても、女性エグゼクティブも取り込んで存在感を増していく。一方で、実用的ビジネスウエアとしてのアクティブスーツはお洒落と低価格の両方に広がってビジネススーツの本流となるだろう。

 その隙間で動向が注目されるのが、素材やサイズの品ぞろえが限られる既製スーツからジャストな好みとサイズを求めて移行するパターンオーダーだ。リッチなお洒落を求めるオーダースーツなら職人の手縫いを楽しみに待つかもしれないが、既製スーツから移行するパターンオーダーでは既製スーツの修理加工期間と納期を競うことになる。オンワードホールディングスの「カシヤマ・ザ・スマートテーラー(KASHIYAMA THE SMART TAILOR)」が実現した、中国・大連工場生産でメジャー・トゥ・ウェアが1週間というスピードがデファクトスタンダードとなり、国内工場生産なら4〜5日が競われるようになるやも知れない。

 サイズデータをオンラインでマーキングCAD&カッティングCAMに送ればその日のうちに仕立てに移れるから、足掛け3日でプレス成形まで終わり、遠隔地でも翌々日には届く。デジタル生産ならメジャー・トゥ・ウエアが4〜5日というのも誇張ではないのだ。

 肝心の市場規模だが、ざっくりとした概算で現状は既製スーツ510万着強、パターンオーダースーツ110万着弱、フルオーダースーツ10万着弱の計630万着前後と推計される。これには「セットアップ」に分類されるアクティブスーツは入っていない。これが5年後にどうなるのか。

 既製スーツは市場の縮小が生地やサイズの選択肢を狭めて減少が加速し、パターンオーダーやアクティブスーツに流れて400万着を割り込む一方、エグゼクティブ階級ライクなスマートフィットを求めるビジネスマンにも限界があるからパターンオーダーも120万着程度で頭を打ち、フルオーダースーツは「オートクチュール」化して高額化すれど男性向け着数が伸びるとは思えない。今日のような戦争のない資本主義社会が続くとしても、スーツ市場は合計530万着程度まで縮小するのではないか。

女性向けスーツ市場に期待

 これらの数値は男性向けスーツに限ったもので、女性向けスーツの数量はカウントしていない。紳士服チェーンでは女性向けが売り上げの2割に迫るから、単純計算で120万着近いマーケットが存在しているはずで、男性向けとは逆に急ピッチで拡大している。それとは別に営業ウーマン向けにネット通販などには1万円以下の低価格マーケットが存在するが、その多くはアクティブスーツに移行していくだろう。

 女性向けスーツも既製スーツには男性向け同様の限界があるが、エグゼクティブ向けのオートクチュール的フルオーダー、キャリア向けの短納期パターンオーダー、営業ウーマン向けのアクティブスーツは急速な拡大が見込まれる。女性就業率が米国を抜いて70%の大台に乗り、北欧並みの80%へと加速するこの日本で、スーツビジネスの未来は女性市場が担うと期待される。

小島健輔(こじま・けんすけ):慶應義塾大学卒。大手婦人服専門店チェーンに勤務した後、小島ファッションマーケティングを設立。マーケティング&マーチャンダイジングからサプライチェーン&ロジスティクスまで店舗とネットを一体にC&Cやウェブルーミングストアを提唱。近著は店舗販売とECの明日を検証した「店は生き残れるか」(商業界)

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