ザ・ウールマーク・カンパニー(THE WOOLMARK COMPANY)が主催する「2019 インターナショナル・ウールマークプライズ(IWP)」のグランプリに、英国発の「エドワード クラッチリー(EDWARD CRUTCHLEY)」が選出された。さらにイノベーション・アワードも獲得するというダブル受賞を達成し、実力の高さを世界に示した。ブランド設立は2015年だが、1980年生まれのクラッチリーは若い頃からさまざまなキャリアを積んできた実力者だ。セント・マーチン美術大学(Central Saint Martins BA)卒業後、テキスタイルの審美眼を買われてカニエ・ウェスト(Kanye West)や「ジバンシィ(GIVENCHY)」のクリエイティブ・ディレクターを務めるクレア・ワイト・ケラー(Clare Waight Keller)らと協業。さらに「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」でメンズのテキスタイル・コンサルタントを務める中で、同ブランドのメンズを当時率いてきたキム・ジョーンズ(Kim Jones)の信頼を得た。キムが2018年4月に「ディオール(DIOR)」のアーティスティック ディレクターに就くとクラッチリーも同ブランドに移り、現在はメンズのテキスタイルとグラフィック部門のディレクターという立場からキムのクリエイションを支えている。
素材に対する強いこだわりは、自身のブランドにも表れている。ストリートウエアと東洋のムードを融合したロンドンのデザイナーらしい独創性に加え、素材は一目見て上質だと分かる高級感を備える。クリエイションのみに偏りがちなブランドが多いロンドン・メンズ・コレクションにおいて、そのモノ作りは異彩を放つ。「ロンドンでコレクションを発表し続けて、最近は注目度も上がっている。ブランドをさらに成長させるなら今だと思い『IWP』にエントリーしたんだ」とクラッチリー。オーストラリアのメリノウールのみを使用したウエアのアイデアやテクニック、ポリエステルやコットンを使わず天然素材のウールのみにこだわった姿勢が評価され、グランプリを勝ち取った。受賞したコレクションに使用した生地の多くは日本で製作したものだ。「テキスタイルのデザインを10年以上行ってきたので、今では日本や欧州のさまざまな技術者とつながることができた。今回もウールで何ができるのかイメージを膨らませ、日本の工場と一緒に形にしていった」。
サステナビリティは「バランスが大事」
さまざまなキャリアを通じて素材や生地に接してきたからこそ、世界中で強まるサステナビリティの流れにも独自の考えを持つ。「自分のブランドでは、可能な限り天然素材を使うことを心掛けている。ここ4シーズンは、その割合も段階的に増やしてきた。でも、サステナビリティだけを意識してモノ作りしているわけじゃない。環境問題と向き合うには、ただ天然素材やリサイクル素材を使えばいいというような単純なものではないから。例えばポリエステルを再利用しようとすると、新しく生産するよりも3倍のエネルギーがかかる。モノ作りはバランスが大事なんだ」。クラッチリーは、ファッションで地球環境と向き合うための要素として3つを挙げる。「環境、社会、技術の3つのバランスがとれてこそ、地球環境に配慮したモノ作りができる。最も大事なのは技術だ。日本の伝統工芸である絞り染めの技術と、現代のテクノロジーを生かしたジャカードのデザインを融合し、天然素材を形にしていく。そのバランスこそが、サステナビリティにつながると僕は信じている」。
「IWP」を受賞し、20万豪ドル(約1560万円)の賞金も得た。今後は日本や中国など東アジアをはじめ、インドネシアやブラジル、インドなどの新興国にも販路を広げていきたいという。しかし「エドワード クラッチリー」の10万円以上のシャツや20万円以上のジャケットは、誰もが手を出せる価格帯やデザインではないだろう。それでも、素材や技術に対するこだわりを貫く姿勢がブランドの個性を育み、ビジネスにつながるとクラッチリーは信じている。「今回の賞金をすぐに施設や人件費に投資することは考えていない。もっと長期的にビジネスプランを組み、オペレーションを改善して創造性を発揮できる環境を整えたい。自分たちのやり方を長く続けていけば、売り上げや認知度は上がっていくはずだ」。最後に、同氏のモノ作りに欠かせない日本についても聞くと意外な答えが返ってきた。「来日はもう17回目になる。それでも行きたい場所が多すぎて、一つに絞れないんだ。これまで京都や茨城でさまざまな伝統技術を学び、コレクションに生かしてきた。ただ、日本に来て一番楽しみなのは“ポカリスエット”を飲むことだけど(笑)」。