セイコーエプソン(長野県諏訪市、碓井稔社長)が作る時計ブランド「トゥルーム(TRUME)」をご存知だろうか。エプソンと聞くとプリンターやスキャナーを想像するが、2017年7月にスタートした時計ブランドだ。
時計業界は、ファッション以上に新ブランドの立ち上げが難しい。それは時計が精密機械であり、“オリジナル”と名乗るには独自の技術が欠かせないからだ。また時計ブランドは、技術・イメージ・ブランド名が根底でしっかり結び付いているのも特徴だ。しかしセイコーエプソンは、“最先端技術でアナログウオッチを極めるブランド”をうたって、この市場に参入した。
セイコーエプソンの歴史は第2次大戦中に創業した大和工業から始まり、その後、第二精工舎(現セイコーインスツル)と共に、セイコーブランドの時計の開発・製造を一貫して担当してきた。つまり技術面においては非の打ち所がない。
ただし、セイコーエプソンの時計関連部門の売上高は約500億円で、同社の約5%に過ぎない。さらに約500億円のうち、半分以上がセイコーウオッチ関連事業だ。GPSソーラー時計の「セイコー アストロン(SEIKO ASTRON)」や「グランドセイコー(GRAND SEIKO)」のクオーツモデルやスプリングドライブモデルなどの開発・製造を担っている。17年当時、「この状況で、セイコーホールディングスの商品と競合しかねないGPSソーラー時計に参入?しかもハードルの高いオリジナルブランドで?」と、時計関係者の多くが思ったはずだ。
吉田和司セイコーエプソン営業本部 副本部長兼ウエアラブル機器事業部 WP戦略企画部 部長は、「われわれの時計事業には、まだまだ大きな可能性がある。『トゥルーム』はまだ成功しているとまでは言えないが、17年の4月に買収した『オリエント(ORIENT)』や『オリエントスター(ORIENT STAR)』を含めると、当初予想はクリアしている。販売数も伸びている」と話す。
吉田副本部長がセイコーエプソンに入社したのは18年3月。「トゥルーム」の立ち上げには関わっていないが、「『トゥルーム』は『セイコー アストロン』とは競合せず、同ブランドが獲得できていない“ちょっと派手めな休日ウオッチ”の分野を、セイコーエプソン独自の技術であるセンサーを付加して狙ったもの。オリジナルブランドの設立は、セイコーブランドだけでなく、時計作りの“出口”をもう一つ作るためだったと聞いている」と答えた。
吉田副本部長の言葉通り、新ブランド設立のハードルは高く、現時点で「トゥルーム」が成功を収めているとは言えない。そこで同社は時計事業全体の改革を進めている。
「これまでは裏方に徹してきたが、セイコーエプソンには77年の時計作りの歴史がある。またセンサーのみならず、クオーツを開発した企業として、キネティック(自動巻き発電クオーツ)など、現時点であまり活用されていないさまざまな資産がある。『オリエント』にも69年の歴史があり、1960~70年代に一世を風靡したカラフルダイヤルをはじめとするデザイン資産がある」と述べ、こうした技術や資産を結集して活用するために吉田副本部長の指揮の下、技術・企画・デザインなど部門を超えた新体制を整え、時計作りに取り組んでいる。
「詳細はまだ語れないが、これまでのセイコーエプソンにはない“突き抜けた世界観”を構築したい。現在の『トゥルーム』の購買層は40〜50代だが、5〜10歳引き下げ、さらに多くの人に楽しんでもらえるブランドにしたい。ブランドイメージを確立できれば、海外展開も可能になるだろう」と続けた。
20年からは、徐々に新戦略下で企画・開発されたモデルが登場するという。