デザインの“パクリ”問題や口約束で受けてしまった仕事、著作権や商標権など、実はファッション業界と法律は密接に結びついている。法律を知らなかったことでビジネスに大きな影響や損害を与えてしまう可能性もある。一方で、「法律は難しくてよく分からない」と敬遠している業界人も多いのではないだろうか。そこで、弊紙記者が業界を代表してファッション業界に関係する法律(=ファッションロー)を専門とするスペシャリストたちに業界の悩みや疑問を相談していく。なお、「WWDジャパン」12月9日号では、みんなの疑問・不安に4人の弁護士が答えるファッションロー特集を予定している。さて、ここでの今日のお題は?(この記事はWWDジャパン2018年12月3日号からの抜粋です)
このニュースが気になる!
「ルブタン」のレッドソールの
商標は有効と認定
「クリスチャン ルブタン(以下、ルブタン)」とオランダのシューズチェーン、ヴァン・ヘイレンが赤い靴底の靴の販売を巡り争った件について、欧州司法裁判所は6月、「ルブタン」が商標登録しているレッドソールは有効だと判断した。
「ルブタン」は2012年にも「イヴ・サンローラン(当時。以下、サンローラン)」を相手にレッドソールを巡る訴訟を起こしている。このときは一審で「ルブタン」が敗訴したが、二審で裁判所が靴底と上部の色にコントラストがある場合にのみ「ルブタン」の商標権が認められると部分的に認定し、「サンローラン」が販売した赤いアッパーに赤いソールのシューズは商標権の侵害に当たらないと判断した。
【今日の弁護士】
小松隼也・弁護士
【今日のお題】
商標登録された“色”は
使えなくなるの?
WWDジャパン(以下、WWD):「ルブタン」と「サンローラン」のレッドソール訴訟は一審と二審でなぜ結果が違う?
小松隼也・弁護士(以下、小松):一審で「ルブタン」が負けた最大の理由をかいつまんで説明すると、ファッション産業において一つのブランドに“色の独占”を認めることは保護し過ぎであると判断されたんです。しかし二審で「ファッション産業だからといって、色を独占してはいけないという決まりもないから、赤=『ルブタン』だと認識できるならいいですよ」とひっくり返った。レッドソールとアッパーの色にコントラストがなければいけないという制限は付けられましたが。
WWD:色を独占するブランドが増えると使える色が減り、業界全体が困りそうだ。
小松:「サンローラン」との訴訟で一審が「ルブタン」の主張を認めなかったのも、ファッション産業において色というのは自由に使えるもので、どこかが独占することは業界にとってよくないのではという発想があったんでしょうね。法律は保護と、その保護による影響のバランスが重要なので、保護したときの影響の大きさを考えると、独占するためにはかなりの企業努力や証明が必要になると考えるべきです。
WWD:単色で「これは○○だ」と認識できる識別力を持たせられるのはすごい。
小松:単に赤いだけでは「『ルブタン』だよね」、とはならないはずです。それが靴の形になるなど、ある一定の条件を満たしたら「『ルブタン』の赤」だと認識され、初めて保護されます。これを米国では“セカンダリー・ミーニング”と言います。
WWD:日本で色の商標の登録例は?
小松:ファッションは少ないと思いますが、色の商標の第1号はセブンイレブンです。
WWD:個人的には“7”という数字がないと認識できないと思うが。
小松:確かに色だけでは難しいですよね。だから商標は登録時に分類を指定しないといけません。セブンイレブンは小売業などの分類で登録しています。小売業でオレンジと緑と赤の組み合わせを見れば、「セブンイレブンだ」と認識できますよね。一方、服飾の分類で登録しようとすると認められないのではないでしょうか。
WWD:「ルブタン」は識別力を認められて登録できていたのになぜ訴訟に発展した?
小松:それは、“そもそも商標が認められたのが間違いなのでは?”という論点でも争いが生じるからです。「サンローラン」は「ルブタン」からの訴えに対して、「ルブタン」が登録した“赤”は本来登録されるべきものではないから取り消してくださいとも主張していました。その主張が通って、一審は「サンローラン」が勝ったという流れなんですね。
WWD:商標が認められるには一定期間有名でなければいけない?
小松:非常に重要ですね。また、途中で似た商品が出現したときに、それを差し止めに動いたかどうかも一つの争点になります。ここで難しいのは、類似品の多さは認知度の高さを証明する一方で、類似品が溢れ過ぎてどこの商品か分からない状態になると、独自性がなくなってしまうんです。訴訟でも、「模倣品がこれだけあるから識別性は低い」という反論が必ずといっていいほど出ます。
WWD:これに対してどう反論する?
小松:これだけ売って広告も出して、消費者がうちの商品だと認識しているからただ乗りしてきたにすぎない。だからうちの識別力は薄まっていないという反論をします。
証拠集めの重要性
WWD:そもそも“消費者”の範囲は?
小松:それは面白いポイントです。ファッション感度が高い人はレッドソール=「ルブタン」となるかもしれないけど、一般消費者までそれが浸透しているかは分からないと裁判では主張されるでしょう。ですが、必ずしも全消費者に当てはまる必要はなく、「ルブタン」を買う消費者層にその認識が浸透していることが証明できればいいです。
WWD:どんな証拠が必要?
小松:大まかにいうと、掲載記事や広告宣伝費にいくら使ったか、売上数などですね。でもやはりこうした資料は残っていないことが多いんですよね。売上数については、たくさん売れないといけないわけではないところが面白い。例えば、何億円もする宝飾品が年間100個しか売れなくても、それを購入できる消費者の数が少なくて、年に1個売れればすごいのであれば、100個でも大きな数字になるわけで。それをきちんと説明できる資料があればいいんです。
WWD:SNSの投稿も証拠になる?
小松:なります。SNSはタグなどで検索した結果を小まめに保存しておくとよいです。例えば、今この時点で識別力が確立されていることを10年後に証明する必要性が生じるとします。そのときにSNSのサービスが終わっていて検索できないと証拠化できないという事態に陥ります。だから今問題になっていなくても、将来のことを考えて情報を保存しておくことをお勧めします。
WWD:いつ起きるか分からない訴訟のために、今日から情報の保存を始めるべきだということがよく分かった。
小松:掲載記事を収集する際には、内容が保護したいポイントと合致しているかに注意しましょう。例えば「ルブタン」のレッドソールに識別力があると証明したいのに、スタッズが主題の記事を集めても意味がないんです。消費者がどこを見てそのブランドだと気付くかが重要なので。また、一つ心に留めてほしいと思うことは、「ルブタン」くらい証拠集めを頑張らないと商標登録は難しいですよ、ということです。
記者のおさらいメモ
1、色の商標登録にはかなりの企業努力が必要
2、“消費者”は誰のことを指す?
3、いつ起きるか分からない訴訟のために今日から情報の保存を始める
小松隼也・弁護士の
最近買ったお気に入りアイテムは?
「クリスチャンダダ」2019年春夏コレクションに登場したトップスです。荒木経惟氏が亡き妻の陽子さんに捧げた空景が大胆にプリントされたシルクのトップスで、妻にプレゼントしようと思いオーダーしました。同プリントのメンズのトップスを自分用にもオーダーしています。
YU HIRAKAWA:幼少期を米国で過ごし、大学卒業後に日本の大手法律事務所に7年半勤務。2017年から「WWDジャパン」の編集記者としてパリ・ファッション・ウイークや国内外のCEO・デザイナーへの取材を担当。同紙におけるファッションローの分野を開拓し、法分野の執筆も行う。19年6月からはフリーランスとしてファッション関連記事の執筆と法律事務所のPRマネージャーを兼務する。「WWDジャパン」で連載「ファッションロー相談所」を担当中