サステナビリティに取り組まない企業は存続できない――といわれる一方で、具体的に何をどうしたらいいのか分からないという声も聞く。そこで「WWDジャパン」11月25日号では、特集「サステナビリティ推進か、ビジネスを失うか」を企画し、経営者やデザイナー、学者に話を聞きその解決策を探った。注目の集まるイギリス人ファッションデザイナー、フィービー・イングリッシュ(Phoebe English)に“インディペンデントデザイナーができるサステナブルなアクション”について聞く。
「知らないでは済まされない。現実への責任を感じて」
―2011年にブランドをスタートさせ、その当初から“メイド・イン・イングランド”にこだわっていたが、サステナビリティは最初から視野にあったのか?
フィービー・イングリッシュ=デザイナー(以下、イングリッシュ):ブランド設立当初から、アイテムを生産する工程での運搬を最小限に抑えることで二酸化炭素排出量をできる限り少なくすることを重視してきた。製作や素材の仕入れもなるべくローカルで、という思いは始めからあった。
―サステナビリティを本格的に実行しようと思ったきっかけは?
イングリッシュ:ビジネスを進めていく中で、さまざまな記事やTV番組を通じて、ファッション産業が与える地球環境へのダメージの大きさに気付いた。人間の活動によって排出される二酸化炭素量の10%がファッション産業によるものであること、こうして話をしているいまこの瞬間にも、廃棄処分で埋め立て地へと運ばれている洋服――知ってしまった以上は「知らない」では済まされない。服を生産する立場にいる者の責任として、持ち得る知識を活用して、できることから行動しようと考えた。
ファッションとは時代を反映する鏡。21世紀に入ったというのに、ファッション産業の動き方が過去の方法から全く更新されていないのは、はたしてどうなのか。地球環境が危機的状況にある中、それにどう対処していくのか――私たちが直面している状況を考えたときにごく自然に出た答えだった。
―具体的にはいつ頃から?
イングリッシュ:本格的に取り入れられたのは約1年半前。いまはサステナビリティをきちんと知ること、学ぶこと、そして行動に移していくことが大事だと捉えている。まずは自分たちで着実にできることを、小さくても実践しながら進化を続ける。試行錯誤を繰り返し、更新しつつ、日々学び続けている。
―実践しているサステナビリティの例として、ビジネスに必要な物資は可能な限り、半径10~15マイル(約16~24km)近隣で整え、商品や素材の運搬時にはプラスチックを極力排除しているとホームページにあるが、手がかかることではないのか。
イングリッシュ: サステナビリティを実践していないブランドと比べるとどの工程においても3倍くらいは手間がかかっているが、スタッフ全員が当然の流れであり必要なことと捉えているからこそ実践できている。
―具体的にはどのような形で実践を?
イングリッシュ:“No fabric waste, no synthetics, no plastic buttons and zips”(生地を無駄にしない、合成繊維を使わない、プラスチックのボタンとジッパーは使わない)。素材は可能な限り国内でそろえている。 廃材に関しては、通常は廃棄される切れ端などを回収して活用しているほかにも、ストッキングを回収する北欧の会社から素材を受け入れていたり、取引のある工場から出る他ブランドの廃材もそのブランドの承諾を得た上で引き取っている。
運送では、梱包材からプラスチック製品を排除したかったので、 一般的に使用されているハンギング式ではなくダンボールの中にきれいに折り畳む形で運搬している。また、自社オンライン販売の配送では、再生紙と、イギリス国内で探すのは本当に難しいが紙製のマスキングテープ、そして紙のハンガーを使用している。
―アイテムでは?
イングリッシュ:例えば最新の2020年春夏コレクションでは、かつて使用した自社ブランドの洗濯表示タグをアップサイクルする形でアイテムに取り入れた。それ以外でも、ボタンにはプラスチックではなくミルクプロテインから作られたボタンを使用している。小さいことに思えるかもしれないけれど、まずは身の回りでできることから始めて、それが続けられることが何よりも大切。
―各所からの反響が大きいと思うが、いまのような反響は予想していたか?
イングリッシュ: 反響がほしくて実行していたわけではなく、ただ単純に必要性を感じて行ってきたことだったので取り立てて公言はしていなかったが、自分たちでできることをコツコツと実践していたら自然と取材や講義の依頼が増えてきた。こうして日本のメディアからも取材が来たのよ!結果として本来の仕事以外の部分もいそがしくなってしまってはいるが、それはうれしいこと。
「利益重視の時代は終わり。いかに環境を保持していくか、全ての産業においてそれが課題」
―他誌のインタビュー記事の中で「他のデザイナーはライバルではあるけれど、そういった考え方や壁は取り払って、サステナブルな考えや技術を他のデザイナーとも共有していきたい」と話していた。
イングリッシュ:私たちが得た知識や実践していることを独占するつもりはない。皆で共有すべきこと。私たちには、“少しでも地球環境を良くしたい”という考えがベースにある。私たちの持つ情報が私たちにとって生き残るための手助けになる情報だというのなら、それは分かち合うべきだと思うし、それが使命だと感じている。
―たとえそれが1ピースからでも?
イングリッシュ:ええ。サステナビリティに関して私たちの知識が役に立つのであれば、どんどんシェアしていきたい。サステナブルであることとは、“サステナブルな企業とそうでない企業”のようにくくられるべきことではなく、企業の一部として自然に存在していくべきこと。例えば素材一つからのスタートでもいい、それが先々での学びに繋がるのですから。
―寛大だ。
イングリッシュ:競争相手などとくくってしまうのは論外。そんな小さなことを取り払ってでも取り組まなければならないほど、事態(地球の環境問題)は急を要している。互いに協力し合って、一丸となって対応すべき緊急課題が目の前にある。一人で抱えるようなスタイルでビジネスを進めていく方法は最良とは言えない。
―これから動こうと思っているブランドには頼もしい言葉だ。
イングリッシュ:私たち人類はあまりにも長い間、利益重視の生活をしてきてしまった。結果として、地球が対応できる限度をはるかに超えてしまった中で生きている。全ての物はつながっている。さまざまな産業でビジネスの進め方や働き方、個人の消費など、私たちの生活を築いているありとあらゆることを見直さなければ、環境を保持していくことはできないし、私たちに未来はないのだから、長期的な展望が重要。だからこそ、私たちの持つ知識やサプライヤーなど、よい情報に関して共有する準備はできている。もしも具体的にビジネスに取り込みたいと思っているのであればいつでも連絡してほしい。
―メールでも?
イングリッシュ:電話でもメールでも、手段は何でも。メールは……山ほど来ていて正直大変だけれど、それは私たちから学びたい、アイデアを聞きたいというたくさんの人からのメール。同じ考えの人がいるということは、共に歩み、大きなうねりになると信じて進む力にもなる。
―エクスティンクション・リベリオン(Extinction Rebellion:英国を中心に起きている気候変動に抗議する非暴力行動。以下、XR)がファッション・ウイークにデモを行ったりと、反ファッションの矛先がその象徴であるファッション・ウイークに向いている。
イングリッシュ:XRが短期間で英国政府やジャーナリストを巻き込んだことと、彼らの活動を通して地球の危機を広く一般に広めた業績は素晴らしい成果。彼らの活動は私が信じている考えそのものと言える。サステナブルなことをビジネスの中で発展させるためには、常に自分のことを客観視しなくてはならないが、彼らのしていることは多くの点において、いまの時代を生き抜くための重要な鏡になっていると思う。何が悪い点なのか、どのように改善していくべきなのかと立ち止まって考える機会をくれる。そういった意味でも、XRのような団体とコミュニケーションを取ることは重要だと思っている。
―でもファッション・ウイークには参加し続ける?
イングリッシュ:問題への解決策を提示し、表現していく場所としてファッション・ウイークに関わり、活用している。ただし、XRがファッション・ウイークの中止を呼びかけていることは理解できるし敬意も抱いている。注意したいのは、環境に悪いことをしている会社とそうでない会社を明確に区別すること。ひとくくりに「ファッションが悪い」と言われてしまうのは残念だが、 XRの発するメッセージは正しい。
「いまだかつてなく重要な局面に来ている」
―ファッション業界の問題点はどこにあると捉えている?
イングリッシュ:“Culture of excess(過剰な文化)“。これはファッション業界だけの問題ではなく消費者側の問題でもある。ファッション業界が次から次へと大量に商品を供給してきてしまったために、消費者がその速度と量に慣れてしまい、そのレベルを期待するようになってしまった。これが最大の問題点。デザイナーがシーズンごとに発表する型数も多すぎる。60型、80型……本当にそんなに必要?そういった数々の疑問に対して向き合い、適量のデザインを機能させていくとことが、いま緊急に求められている。具体的にはサプライチェーン、生産量、ショーの回数、購入の数など、再度見直して再構築できる点はたくさんある。
―今後ファッション業界はどう進むべきか?
イングリッシュ:お互いにオープンに話すことから全てが始まる。アイデアや供給先、解決策を共有すること、生産の過程や消費により生じる“ファッション業界の無駄”を再考すること、生産量や洋服を生み出す過程――“始まり・中間・終わり”という3つのステップーーについて責任を持って再考すること。現在のファッション業界は“始まり”(素材を含む生産過程)への意識は低く、“終わり”(売れ残りや着なくなった物の行き先)に関してなどまるで考えていない。“中間”(販売)のみに注力してしまっている企業が大半。工場を一歩出てしまえば、お店から売れてしまえば、生産側の責任ではないという現状がある。「フィービー イングリッシュ」では、アトリエの中にある物全てについて私たちに責任があるのと同時に、アトリエから出てもその責任は続くと捉えている。私たちが売る物にはブランドのタグが付いている。私の名前が載っているのよ、そこに私の責任がなくてどうするの。例えばどのように洗濯してケアすべきかをラベルに表示することはもちろん、(ネットを使用するなどの)プラスチック繊維を水に流出させない洗濯方法の提案、商品をより長く使用してもらうために修理を奨励したり、どのような素材を使っているか等の工程をオープンにしている。
“直線”ではなく“円状(循環型)”になるよう、“終わり”を“始まり”につなげることこそが本当の問題解決だと言えるのではないか。なぜなら「物」は消滅したりはしないし、どこかに押しやって終わりということにはできないからだ。
―そう考えるとファッションの問題は、あなたが過去のインタビューで例えていた、飲食産業で起こった革新的変化(オーガニック食材が注目・奨励され、生産者が開示された製品が増え、消費者が選択をして買物できる状況になったこと)ととても似ている――「このキュウリはAさんの畑で、Bという肥料をごくわずかに使って育てられ、ハイブリッド車で配送され、家庭で堆肥にされました」といったことと似ているのではないかと。
イングリッシュ:そう!まさにその通り!農業の流れととても似ている。だって、私たちの身に着ける物も全て“Earth(地表)”にある物、もしくは地中にある物でできていて、最終的には“Earth(土)”に還って行くのだから。
「将来的には、卸売りはせずに100%レンタルのビジネスにしたい」
―ホームページにはレンタルもしているとあったが、それはどのような考え方で?
イングリッシュ:自分のアトリエでは受け付けていないが、レンタル会社にいくつかのアイテムを預けている。将来的には小売りは全くせずに、100%レンタルにできるビジネススタイルを目指したい。
―驚きました。全く販売をしないと?
イングリッシュ:販売するのであれば、できれば消費者からの直接のオーダーに対してアイテムを作るという方向。現在は卸先店舗からの受注という形で商品を生産している訳だが、自分たちの手を離れてしまった後は、各店頭でどのように扱われているのか、商品が売れたのか、はたまた廃棄されてしまったのか、商品の行き先について全く見えない状態だ。しかしレンタルにすれば、何度も身に着けてもらえることになる。それは、そのアイテムを作る過程で使った水や排出した二酸化炭素を無駄にしないということにもつながり、かつ洋服としての寿命を最大限に生かすことにもつながる。
―なるほど。
イングリッシュ:また、レンタルされるアイテムを生産するということは、それぞれのアイテムに耐久性が要求される。短期間で仕上げるひどいデザインの商品ではなく、より強固に丁寧にしっかりとした商品を作らねばならないと叱咤されることにもなるので、デザイナーとしても技能が発揮できるし、やりがいのある生産方法になるのではないかと考えている。
「小さくてもよい。前進するために、アパレル業界の中のビジネスモデルになれたら」
―今後のプランは?
イングリッシュ:今できることに注力していきたい。強いて挙げるのであれば、いま行っていることを素材・製作・システム等それぞれの行程において、より環境によい方法へと1つずつ改善・進歩させていくこと。学び続け、よりよい方向へと向かうこと。まだ最善で完璧と言える段階ではないし、完璧と呼べるレベルが存在するとは思っていないのだけれど、そのレベルに近いところを目指して進んでいくことが目標ね。その姿を見せて、証明していくことが大切だと思うから。
Shiho Koike Stitson:アパレルの営業職、PR、スタイリストのアシスタントなどを経て2004年にバーニーズ ジャパンに入社。ウィメンズPRとしてアパレルやアクセサリーをメインに、ビューティやブライダル、インテリアまで幅広いジャンルのPRを経験し、結婚を機に同社を退職。英国に移住し、フリーランスとしてPR、通訳、コーディネーターなどをしながら目下子育てにいそしむ。出産をきっかけに興味が高まったオーガニックな物やサステナブルなことをロンドンで探究中