サステナビリティに取り組まない企業は存続できない――といわれる一方で、具体的に何をどうしたらいいのか分からないという声も聞く。そこで「WWDジャパン」11月25日号では、特集「サステナビリティ推進か、ビジネスを失うか」を企画し、経営者やデザイナー、学者に話を聞きその解決策を探った。今回はジュンとタッグを組み日本に上陸した「ラ ブーシュ ルージュ(LA BOUCHE ROUGE)」のニコラス・ジェルリエ (Nicolas Gerlier)創業者兼クリエイティブ・ディレクターに、業界初のマイクロプラスチック不使用のリップスティックの誕生秘話と、化粧品業界におけるサステナビリティについて聞く。
WWD:なぜ「ラ ブーシュ ルージュ」を立ち上げたのか?
ニコラス・ジェルリエ「ラ ブーシュ ルージュ」創業者兼クリエイティブ・ディレクター(以下、ジェルリエ):化粧品業界が環境にもたらしている悪影響は多大で、中でもプラスチックの量が凄まじいことが問題になっている。マイクロプラスチックの排出量は、タイヤ、ファッション、化粧品が最も多いと言われているくらい。私はもともと大手化粧品メーカーでのキャリアが長く、この現実をよく知っている。そこで1日でも早く市場にサステナブルな化粧品を出さなければという使命感と責任感を感じ、「ラ ブーシュ ルージュ」を立ち上げた。
WWD:サステナビリティを意識したブランドは最近増えているが、「ラ ブーシュ ルージュ」はほかとどう違うのか?
ジェルリエ:まず、マイクロプラスチックを一切使用しないことに徹底的にこだわった。化粧品を大量生産しようと思うと、コストを抑えたり、処方を安定させるためにもマイクロプラスチックを配合することが多い。現代人は一週間にクレジットカード1枚ほどの量のプラスチックを摂取しているという調査も出ているが、口紅は直接唇に塗布するものだし、絶対に入れてはならないと思った。ほかにも水を使用していないので防腐剤も入れていないし、絶滅が危惧されるミツバチのミツロウも用いていない。そんな特殊なフォーミュラは開発に2年かかった。また、レフィルを開発し、使い終わったレフィルを店頭に持ってきてもらいリサイクルしてる。
現在、マイクロプラスチックは地球の水の約85%を汚染していると言われている。でもプラスチックは増えるばかり。その状況が続いたら、どうなると思う?恐ろしいだろう?だからわれわれのプラスチックを使用しないポリシーは中身だけで終わらない。リップスティックを作り、流通し、販売するところまで、全てのプロセスにおいてプラスチックを排除している。例えばリップスティックを作るとき、シリコーンの型に処方を流して作ることが多いが、われわれは全て金属の型を使用し、パッケージも金属とレザーのケースを採用している。伊勢丹新宿本店に日本1号店をオープンしたが、店頭の什器も金属や石を選んだ。
WWD:リップにこだわったのは?
ジェルリエ:リップスティックは女性のハンドバッグに必ず入っているから。メイクアップの中では手を出しやすいアイテムでもあるしね。リップスティックを通じて環境問題への問題意識を喚起するのがミッション。だから私にとって、このリップスティックは“マニフェスト”なんだ。
クラフツマンシップで“一生物リップ”を目指す
WWD:化粧品は消費期限があるため、リサイクルが難しい。ゴミを減らすためには?
ジェルリエ:世界で毎年約10億本のリップスティックが廃棄されていると言われている。その生産には 3億個の型が処分されている。これを変えるためには、そもそもの消費の仕方を変える必要がある。そこで私が注目したのは、クラフツマンシップ。例えば優秀な職人が作ったラグジュアリーなバッグやジュエリーは、何世代にわたって受け継がれたりするでしょう?それは商品のクオリティーはもちろん、「ずっと使い続けたい」と思う価値があるから。サステナブルやナチュラルな化粧品は今まで地味なイメージを持たれることも多かったと思うが、われわれはラグジュアリーでありながらスタイリッシュなパッケージにもこだわった。レザーのケースはラグジュアリーブランドのバッグも作っている工場から余ったレザーを買い取り、それを使って作っている。イニシャルを入れてパーソナライズできるようにしているから、“自分だけの一生物リップ”として使ってもらいたい。直近だと「コム デ ギャルソン(COMME DES GARCONS)」とコラボし、紙製パッケージのリップも販売中だ。またわれわれはまだ会社の規模も小さく、大量に生産できないから、余分な在庫を抱えることもない。
WWD:動物愛護の視点からするとレザーに抵抗感を感じる人もいるのでは?
ジェルリエ:いいポイントだね。デザイナーのステラ・マッカートニー(Stella McCartney)は友人の一人だけど、彼女は一切動物由来のものを使用しないポリシーを掲げている。彼女とはよくサステナビリティについて話し合うことが多いけど、人工レザーもマイクロプラスチックを使用しているものが多いから、ビーガンだから環境にいいとも言い切れない。また、工場で余ったレザーを捨ててしまうのも動物がかわいそうなので、私はそっちを減らすことに着目した。でも、もちろんビーガンの消費者もいるので、ステラと協業して100%プラスチック不使用のビーガンケースも作って販売している。
サステナブルビューティを“アクセシブル”に
WWD:リップスティック一本が1万8100円〜は高価なイメージもある。
ジェルリエ:他社製品に比べたらもちろん値段は張ると思う。でも、1回ケース付きで買ってしまえば、以降はレフィル(4600円)を買えばいいから、そこまで変わらないのでは?また、この値段にはプラスチックを使用していなかったり、上質なレザーを使用していたり、環境に配慮していたり、それだけの価値があると信じている。それをいかに消費者に伝えるか。われわれはまだ設立2年目と小さなブランドで、大型のプロモーションもできない。今はインスタグラムを大きな情報発信ツールとして、リップが作られる裏側からパッケージのこだわりなどを分かりやすく伝えている。もちろん、それを淡々と語っても興味持ってもらえないので、「ラ ブーシュ ルージュ」のミッションに共感してくれるアーティストやフォトグラファーとコラボし、スタイリッシュな方法で日々発信しているよ。
WWD:化粧品企業として、一番の責任は?
ジェルリエ:いくらサステナブルで環境に配慮している製品を作っても、消費者が魅力に感じなければビジネスは成り立たないし、与えられる影響も大きくはない。だから消費者に、いかにサステナビリティを“アクセシブル”にするかが重要。われわれはクラフツマンシップを通してラグジュアリとサステナビリティーを共存させているが、今後もそのポリシーを守り続ける。より幅広い人にサステナブルなビューティを“アクセシブル”にしたい。