ロンドンはここ10年イーストエンドのショーディッチが流行の発信地として若者やスタイリッシュな人々が集まる場所へと進化し続けてきました。ファッション関連のショーやイベントもショーディッチを会場とすることが多いです。しかし、人が集まり人気を博すようになると、観光地化して地元民の足は遠ざかるというのが通例。そうしているうちに地価や物価の低い新しいエリアがにぎわうという繰り返しです。高騰する家賃によってショーディッチから追いやられた感度の高いクリエイターやデザイナーたちは今、ロンドンの南東に位置するペッカムに集まりつつあります。1980年代にはロンドンで最も貧困なエリアといわれ、犯罪が多発する治安が悪いエリアでした。変化し始めたのは、2001年に政府によって再建プロジェクトを立ち上げられてからです。100年以上の歴史を持つ地元の美術大学カンパーウェル・カレッジ・オブ・アーツ(Camberwell College of Arts)の卒業生らがギャラリーやデザインスタジオを構え、アーティストが手掛けた壁画や街灯を設置して街中を明るく活気づけました。
ロンドン中心地から電車に揺られて30分。ペッカム・レイ駅周辺は、かつてはスラム街だった面影はなく、多くの人でにぎわっていました。まずはロンドンの有名レストランで修行したシェフがオープンした精肉店フロック・アンド・ハード(Flock & Herd)へ。精肉だけでなく、パッケージがかわいいいイギリス産のマスタードやオリーブオイルなどの調理料も販売していて、お土産品を購入しました。すぐ近くには多くのメディアで取り上げられているタイ料理レストラン「ベギング・ボウル(Begging Bowl)」があります。この日はランチ営業をしていなかったため、残念ながら入店はできず。
コワーキングビルに
個性的な店が集合
前回訪れた時は立体駐車場で、屋上がルーフトップバーとしてにぎわっていた建物が、ペッカム・レベルズ(Peckham Levels)という名称のコワーキングビルに変貌していました。内装は駐車場をそのまま生かし、1~4階がオフィス、5階と6階にヨガスタジオや美容院、バーやレストランが並び、一般向けにも開放されています。ワークショップ、映画上映、音楽フェスなどほぼ毎日のようにイベントを開催しており、ペッカムのコミュニティー形成の役割を担っているようです。
外観に引かれた多国籍料理店
ギャラリーが併設された裏庭の庭園カフェ、クレーンズ・キッチン(Crane’s Kitchen)やイギリスでいくつもの受賞経験のあるベーカリーのブリック・ハウス(Brick House)、数種類のバオと小皿料理が楽しめる中華料理店ミスター バオ(Mr.Bao)など、ペッカムにはおいしくおしゃれなレストランも続々増えています。事前にリサーチして候補店を頭の中に入れ、その日の気分でレストランを決めようと思っていたのですが、駅前に出来た新店レバン(Levan)の店構えに引かれ、導かれるように入店しました。今年初めにオープンした同店は、イギリス産の食材を用いて、世界各国の調理法を掛け合わせた多国籍料理を提供します。店内は藍色の壁に、自然派ワインとレコードが飾られ、奥にはカウンター席とオープンキッチンがあり、気取らないカジュアルな雰囲気です。メニューには“出汁で煮付けたマトウダイ”“ポークラグのパッパルデッレ(平たいパスタ)”“カラフルなトマトと梅干しをイチジクの葉で巻いた煮込み”などの創作料理が並びます。一番気になったのは“味噌とホワイトチョコレートのブリオッシュパン”。味噌とホワイトチョコレートの組み合わせをトライしてみたかったですが、朝食メニューのためランチタイムにはありませんでした。結局、フレンドリーな店員さんオススメの日替わりメニュー“レバン流ブーダンノワール”をオーダーしました。ブーダンノワールはフランスの一般的な肉製品の一つで、豚の血と脂の腸詰をニンニク、タマネギ、パセリと柑橘類の香料で味付けした料理です。普通はソースなどを付けずそのまま食べますが、レバンではキャラメリゼした甘辛いソースがかかって出てきました。パンと赤ワインに合いそうな重めの味ですが、どこか和の要素も感じたので尋ねると「カツオと昆布の合わせ出汁が隠し味」とのこと!ブーダンノワールはパリでよく食べますが、このようにアレンジした食べ方は見たことがなく、全く違う食べ物のような新たな食体験でした。お皿に残ったソースにパンを付けて、最後まで美味しくいただきました。デザートにはさっぱりとした“ヨーグルトソルベとベリーソース”で後味よく完食です。
移民系地元民とクリエイターが共存
ペッカムへ行くのは約1年ぶりでしたが、前回よりも建設中の建築物や新たなショップが増えていて、ますます発展していると肌で感じました。特に駅前に建設中のコワーキングビル、マーケット(Market)はペッカムを今度さらに活気づけそうな予感がします。エドワード朝の6階建てビルには、コワーキングスペースのほかにライブスペースや自転車屋、ワークショップ、食品売り場、ラーメン店、バー、屋上にはルーフトップバーと菜園といったさまざまなスペースが併設予定。さらにそのすぐ近くには、吹き抜けで廊下や階段の踊り場がない特殊な仕様のアパートメントが建設中です。
犯罪多発地区からホットなエリアへと、ペッカムの風向きは確実に変わっています。ナイジェリアやイランの食料品店や八百屋など、この土地ならではの個人商店も立ち並び、歴史の名残も感じられます。古くから住む移民系地元民と、最近引っ越してきたロンドンのクリエイターらが共存する街。ロンドンの新たな魅力に触れて、“今”を感じられる場所として一見の価値ありです。