ファッションビジネスのコンサルタントとして業界をリードする小島健輔氏が、日々のニュースの裏側を解説する。今回は改めてSPA(製造小売り)というビジネスモデルの本質に迫る。
SPAがアパレル流通の主流となって久しいが、かつて期待されたほど効率的な流通とはならなかった。SPA化が進むほど過剰供給となって消化率が低下し、今や衣料品の最終消化率は半分にも満たない。SPAがアパレル流通を効率化できなかった理由を知れば突破口も見えてくるのではないか。
需給バランスは大きく崩れた
アパレル業界が売れ残り在庫に苦しむ要因は過剰供給と需給ギャップで、適時・適品・適量の需給調整機能がアパレル流通から失われたことが大きい。その根源は1990年代以降に急進した垂直分業から水平分業への転換だったと思われる。
垂直分業とは卸流通、水平分業とはSPA流通を指す。卸流通が大勢だった頃はシーズンに先立つ展示会やサンプル営業の受注次第で生産が調整される需給調整機能が働いていた。しかしシーズンの何カ月も前に発注して一括買い取りするSPA流通では需給調整が効かず、売れるものは売れ、売れないものは残り、売れるものさえ多数の業者が類似品を投入して過剰供給になれば残品の山を築くことになる。
衣料品の需給ギャップは生産のリードタイムとロットに比例して大きくなるが、SPA化と両輪で進行した低価格化は生産ロットの膨張と生産地の遠隔化によるリードタイムの長期化をもたらし、最終消化率の低下を加速させた。低価格化要求は販売力を超えた生産ロットを常態化させ、購入数量は28年間で18%しか伸びなかったのに業界の供給数量は同期間に2.42倍に激増したから、過半が売れ残るのは必然だった。SPA流通がいかに需給を無視した一方通行であったか、結果が証明している。
SPA流通が大量の売れ残り在庫をもたらした元凶であることの証拠が二つある。一つはW/R比率、一つは大手SPA事業者の在庫回転だ。
W/R比率の低下とともに最終消化率も低下
流通の効率を図る指標に「W/R比率」というのがある。Wとはホールセール(B2B)売り上げ、Rとはリテール(B2C)売り上げを言い、業界のホールセール売上総額をリテール売上総額で割った係数が小さいほど中間流通が少ない効率的な流通とされる。
90年の織物・衣服・身の回り品流通のW/R比率は2.54と、中間流通が小売りの2.5倍もあった。これが2000年には1.84に圧縮され、18年には0.65と1.00を大きく割り込んでいる。OEM/ODM(相手先ブランドの生産/相手先ブランドの企画・生産)の一般化で「誰でもSPA時代」となってSPA化が加速度的に進み、1.00を割り込むという中間流通外しが実現したが、かえって需給ギャップが拡大してアパレルの流通効率は悪化してしまった。それは「W/R比率」と「最終消化率」が相関して下がっていることで実感されよう。
中間流通外しはリスクもチャンスもSPA事業者に集中させただけで、それらの垂直的分散による需給調整のメカニズムが失われ、かえって流通は非効率化してしまった。それは後述する大手SPA事業者の在庫回転にも表れている。
SPA化の急進によるW/R比率の低下は08年までで、リーマンショック以降は衣料品に対する価格感覚が一段と落ち、SPA商品に比べて高価な卸流通ブランドの消費がさらに萎縮してW/R比率の低下が加速した。大多数の消費者にとって衣料品は生活のためのコモディティと化し、「お洒落」に余分なお金をかける消費者は少数派となる一方、一部のファンやマニアがブランド消費を支えるという偏った二極化が進行している。
大手SPAの在庫回転は極端に低い
大成功している大手SPA事業者の在庫回転にしても、決算書から表面的に見える数値と実態はかけ離れている。決算書の在庫は原価計上されているから、在庫回転は期初/期末在庫の平均を原価率で除して売価還元し、期間売り上げを割って算出する。国内ユニクロの18年8月期決算では在庫計上基準の変更もあって在庫回転が前期の5.01回から3.10回に急落したが、19年8月期は期末在庫を圧縮しても同様の計算では期初在庫が響いて2.43回転まで落ちる。
18年8月期の商品回転の急落は商社に管理させていた国内倉庫在庫を自社計上に改めた結果で、これが実態に近い。生産地の倉庫に積み上げたシーズン前の製品在庫はいまだ商社の管理下にあるから、それまで加えれば2回転に限りなく近いのではないか。
「無印良品」の良品計画も似たようなもので、19年2月期の商品回転が単体では4.95回なのに連結では2.44回に落ちるのは、ソーシング(調達)を担う連結子会社が補給在庫を倉庫に積み上げているからで、生産商社やベンダーが抱えているシーズン前の製品在庫や仕掛り在庫まで加えれば、やはり2回転に近いのではないか。
SPAという以上は工場から製品が出荷された段階から自社在庫に計上すべきだが、商社やソーシング子会社が流通段階の製品在庫を問屋のように抱えているのが実態で、良品計画の一部カテゴリーについてはVMI※1が活用されていると推察される。
コレクション受注の卸流通に依存するラグジュアリーブランドの在庫回転も衣料品では2回転に届かないが(独資現地法人もコレクション発注する直営販社に過ぎない)、自社工場生産か外注工場の工賃払い調達で商社の介在は例外的だから、大手SPA事業者の在庫回転と大差はない。大規模SPAの流通効率に優位性を見いだすのは難しいのが現実だ。
※1.VMI(Vendor Managed Inventory)…あらかじめ定めた棚割に基づいて納入業者に補給と在庫管理を委託すること
SPAの組織的限界をどう突破するか
大規模SPAの流通効率が低いのには他にも理由がある。多店舗展開による在庫の分散と個店対応のDB(ディストリビューション※2)がマス・デメリットとなって、調達のマス・メリットを食い潰してしまうからだ。
多店舗化とともに調達規模が大きくなってマス・メリットは増大するが、多店舗の需給ギャップによるロスも肥大し、それを回避せんとすれば物流コストも配分・補給のDB組織も肥大し、中央集権のCMI※3に偏って店舗現場から乖離していく。DB組織の負担を軽減し配分・補給を最適化せんとするPOSやアルゴリズムAIも本部依存を加速し、店舗現場の活力とスキルを削いで業績を悪化させることも少なくない。
POSやAIに依存するほどDBは単品(SKU)軸の個別最適に流れ、個別店舗の品ぞろえバランスを崩して好調店と不調店の格差が開いていく。それを補正するDBスキルを駆使しても単品個別最適のスタンスは出られず、個別店舗の品ぞろえ最適化は限界がある。
この難題を根本的に解決するのが少数のDC※4で全国をカバーできるECだが、出店モール別に在庫を割り振って一元運用をなし崩しにしてはメリットが薄れてしまう。EC向けに在庫を振り分ければ店舗在庫も薄くなるから、店舗販売の足も引っ張ってしまう。
「ザラ(ZARA)」が決断したように、EC向けのDC在庫は持たず、オムニなエリアマーケティングに基づいて店舗在庫を厚くし、EC注文品を店舗で受け渡したり、店舗から近距離出荷するC&C(クリック&コレクト)※5が、在庫効率でもコストでも顧客利便でも最善の解だと思われる。
ローカル化どころかテロワール※6化が進むわが国のファッションマーケットではエリアマーケティングが要で(欧米でもエスニックマーケティングが要だが)、エリアの需要に店舗とECが一体となって応える必要がある。その拠点が店舗だとすれば、多店舗運営のDBは根本から変える必要がある。オムニなエリアマーケティングに基づくC&Cとテザリング※7に店舗軸の品ぞろえと運用スキルが加われば、SPAの効率のハードルも少しは低くなるかもしれない。その突破口は「ザラ」のようなSMI※8、あるいはウォルマートのようなVMIとSMIの組み合わせなのではないか。
※2.ディストリビューション…一般には「物流」を意味するが、多店舗運営では各店舗への適正な配分・補給・在庫コントロールのインベントリー業務をいう
※3.CMI(Central Managed Inventory)…小売業者の本部が品ぞろえと補給、在庫管理を行うこと
※4.DC(Distribution Center)…商品を棚入れして保管し、受注に即してピッキング・仕分けして出荷する倉庫。棚入れしないで振り分けて出荷するだけの倉庫はTC(Transfer Center)として区別する
※5.クリック&コレクト(CLICK&COLLECT、C&C)…ECで注文したり取り置いた商品を店舗や受け渡し所など都合のよい場所で受け取ったり試したりする提供方法。自社ECでは店舗から近距離出荷することも含む
※6.テロワール…ワインやコーヒーの世界で畑ごとに土壌も地形も気候も違う農地の特性をいう
※7.テザリング・・・母店や地域デポから周辺の衛星店舗に補給するローカルサプライ
※8. SMI(Store Managed Inventory)…各店の仕入れ、または本部の品ぞろえを店舗が選択して数量を決めること
小島健輔(こじま・けんすけ):慶應義塾大学卒。大手婦人服専門店チェーンに勤務した後、小島ファッションマーケティングを設立。マーケティング&マーチャンダイジングからサプライチェーン&ロジスティクスまで店舗とネットを一体にC&Cやウェブルーミングストアを提唱。近著は店舗販売とECの明日を検証した「店は生き残れるか」(商業界)