2009年から「WWDジャパン」のバックステージ・フォトグラファーとして海外コレクションを撮影する景山郁が、現場で見た最新トレンドや業界ルール、珍事件などを紹介します。世界でも限られた媒体やフォトグラファーのみが入場を許されるファッションショーの舞台裏での出来事をお届け!
今回のテーマ:場所取り合戦!カメラマンの大喧嘩の一部始終
事件は9月、ミラノ・コレクションの「フェンディ(FENDI)」のバックステージで起きました。ショー開始直前のコレクションルックを着たモデルたちを撮影する “ファーストルック”※は、世界中から集まるフォトグラファーたちにとって重要な仕事。しかし、フォトグラファーエリアは非常に狭く、テープの括りなどで居場所が限られています。さらに制限区域から出ないように、セキュリティーが厳重に監視していて、場所取り合戦が発生することもしばしばです。皆、いい写真を撮るために必死なのです。
※“ファーストルック”撮影…ファッションショーのバックステージ撮影には種類があり、ヘアメイクアップ中の撮影を“バックステージ”、モデルたちが衣装チェンジをした本番前の撮影を“ファーストルック”と呼ぶ。
今回の「フェンディ」では、50代後半〜60代半ばくらいの大柄なイギリス人の男性カメラマン2人が私の左右に移動してきました。彼らのアグレッシブさは業界でも有名。彼らを避けるカメラマンもいるほどです。撮影中には押されたり、持ち場を取られたり、故意にカメラで頭を殴られたりすることも珍しくありません。
撮影が始まってしばらくすると、私を挟んで左右にいた2人が口喧嘩を始めました。仕事を忘れ、ありとあらゆる汚い言葉でお互いをののしり合います。その口喧嘩は徐々にヒートアップしていき、ついにはド突合いに発展しました!大きな2人の間に挟まれた小さな私は、2人のおじさんたちの汗臭い胸元でぎゅーぎゅー押され、自分の仕事にも支障が出るくらいの被害になってきました。
その喧嘩を目にしたモデルのベラ・ハディッド(Bella Hadid)が2人を止めようとしましたが、2人は聞く耳を持ちません。終いには一人が胸元を強くド突き始めたので、私は急きょセキュリティーにヘルプを出しました(囲いからはみ出ないように見ているだけでなく、ののしり合っている時点で彼らをどうにかしてよ!という話ですが……)。
セキュリティに「追い出すぞ!」と脅された後、ようやく喧嘩をやめた2人。一部始終を見ていたベラは「私は全部見ていたわよ。あんたたちの幼稚な行動、忘れないからね」と言い放ちました。いい年のおじさんたちが、まだ若い20代の美女にあきれられていた姿は本当にかっこ悪かったですし、同業者としても見ていて非常に恥ずかしかったです。
実はその片方のカメラマンとは毎度会うたびにハグして挨拶する仲ではあるので後日会った際には謝罪とともに私に喧嘩の理由を説明してきました。怒る気持ちは理解できましたが、欧米の人の感情の爆発は本当にすごいものです。仕事中でも場所もわきまえない喧嘩を目の当たりにし、パリのシャンゼリゼ通りで起きた暴力的な黄色いベスト運動※を思い起こしました。何事においても、暴力的な言葉や行動ではなく、お互いを尊重し合って仕事をしたいものです。
※黄色いベスト運動…フランスで18年11月17日から発生している政府への抗議運動。これまでに28万人以上が参加し、黄色い反射チョッキを着てデモ活動を行っている。過激な破壊を伴い、これまでに2800人以上の負傷者を出している。
景山郁:フリーランス・フォトグラファー。2003年からフォトグラファーとしてのキャリアをスタート。07年に渡米、09年より拠点をパリに移す。10年から「WWDジャパン」でパリ、ミラノなどの海外コレクションのバックステージと展示会などの撮影を担当。コレクション以外にもポートレート、旅やカルチャーなどエディトリアル、広告を手掛ける。プライベートでは動物と環境に配慮した生活をモットーにしている