「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」や「ディオール(DIOR)」などを擁するLVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON以下、LVMH)がティファニー(TIFFANY & CO.)を162億ドル(約1兆7658億円)超相当で買収すると11月25日に発表し、ラグジュアリー業界に激震が走ったことは記憶に新しい。その数日後にティファニーを離れたことで話題となったフランチェスコ・トラーパニ(Francesco Trapani)前取締役が、伊紙「コリエーレ・デラ・セラ(CORRIERE DELLA SERA)」が12月12日にミラノで開催したイベントに登壇した。
トラーパニ=ティファニー前取締役は発言の冒頭で、「一般論として、最高経営責任者(CEO)は65歳までだと思う。もちろん個人差はあるが、CEO職はプロのアスリートのようなもので、長年にわたって続けられるものではない。それほど厳しくてストレスの多い仕事だ」と語った。
同氏は1957年生まれで、現在62歳。ブルガリ(BVLGARI)の創業者であるソティリオ・ブルガリ(Sotirio Bulgari)のひ孫にあたる。84年からブルガリのCEOを務め、2011年にLVMHがおよそ52億ドル(約5668億円)で同社を傘下に収めた際にLVMHウォッチ&ジュエリー部門の会長兼CEOに就任。16年までLVMHの取締役を務めた後、17年3月にティファニーの取締役に就任した。これは“もの言う投資家”のジェナ パートナーズ(JANA PARTNERS)と合わせてティファニーの株式を5.1%保有していたことによる。なお、アレッサンドロ・ボリオーロ(Alessandro Bogliolo)=ティファニーCEOもブルガリの最高執行責任者とジュエリーやウオッチ、アクセサリー部門の上級副社長などを含む要職を1996年から2012年まで務めている。
トラーパニ=ティファニー前取締役はティファニーを離れた理由について、「ティファニーの経営に関して意見の相違があるわけではなく、米上場企業のルール上、買収後は個人的なプロジェクトなどができなくなるため退任した。LVMHには私の一族が130年にわたって経営してきたブルガリを売却しているし、友人も多くいる。私はLVMHの株主でもあるし、悪感情は全くない」と説明した。また、LVMHを率いるベルナール・アルノー(Bernard Arnault)LVMH会長兼CEOについても高く評価しているという。「私はLVMHを比類のない素晴らしいパートナーだと考えているが、それはベルナールがいるからだ。同社は長期的な戦略を立て、ゆっくりと時間をかけてブランド価値を築いていくことに長けている。ティファニーのCEOを務めているアレッサンドロは、クリエイティブ面で新風を吹き込んで同社の事業をさらに発展させるべく2年前に同職に任命されたが、LVMHは彼が進めている改革の後押しをしてくれるだろう」。ちなみに、アルノーLVMH会長兼CEOは1949年生まれの70歳だ。
ブルガリとティファニーという、欧米を代表するラグジュアリーブランドの売却を経験したトラーパニ=ティファニー前取締役だが、それぞれの機会で異なった感慨を抱いたようだ。「ブルガリを売却した際、最後は朝の4時半まで悩み、もはや何も考えられない状態だった。結果として取引は大成功を収めた。私は深い満足感とともに言いようのない寂しさも感じたが、ティファニーに関してそうした寂しさはない。LVMHという信頼できる会社に買収されたことを、株主としてうれしく思う」と述べた。
同氏によれば、LVMHに売却する何年も前にブルガリはほかのイタリアのラグジュアリーブランドとの合併を検討していたが、話がうまくまとまらなかったという。これはフランスとイタリアの企業文化の違いも一因ではないかと同氏は分析する。「フランスにはラグジュアリーブランドのコングロマリットが存在するが、これはブランドが創業家の手を離れているケースが多いからだと思う。一方、イタリアでは家族経営を続けている場合が多いので、コングロマリットになりにくいのではないか。もっとも、偶発的な要素があることも否めない。買収を繰り返すアグレッシブな起業家がたまたまフランスに存在していたためにそうなった、という見方もできるだろう」。
ラグジュアリー市場そのものも、以前とはかなり異なっていると同氏は語る。「私が若かった頃、ラグジュアリーブランドは今よりも小規模で数も少なく、ごく一部の富裕層に向けて非常に高価な品を作っていた。市場は基本的にヨーロッパと米国しかなく、やや遅れてそこに日本が加わった程度だった。現在はグローバルな産業に成長しており、上場企業も珍しくない。世界中に顧客がいるし、特にアジアでの増加が著しい」。
今やラグジュアリーブランドにとって中国は最も重要な市場の一つだが、今後は逆に中国発のラグジュアリーブランドが出てくると思うかという質問に対しては、「ラグジュアリーブランドの顧客は、“ラグジュアリー”とは何か、またそれを提供してきた歴史がある国はどこかについてはっきりとした意見を持っていることが多い」と答えるにとどめた。
では、ラグジュアリーとは何なのだろうか。同氏は、「財力があれば、高価な物を買うのは簡単だ。問題はハイエンドなサービスを受けられるかどうかだろう。ラグジュアリーブランドにとって、サービスは非常に重要なものだ。製品の質を管理することはさほど難しくないが、ブランドにふさわしいレベルのサービスを提供することは難しい。だからこそ、ラグジュアリーブランドは販売員のトレーニングに多大な投資をする」と語った。
近年はラグジュアリーブランドの事業形態もより複雑になっており、CEOに求められる資質も変化している。トラーパニ=ティファニー前取締役は、「まず、戦略を立てる能力に優れていること。企業は膨大な数の製品を取り扱っており、複数のチャネルや市場で事業を展開している。その中で自社の強みを見つけ、そこに注力できるのが優れたCEOだ。多くの経営陣は、全てを満遍なくやろうとして平凡な結果となってしまう。2番目に重要なのは、強いリーダーシップがあること。優秀な社員は野心的で転職をためらわない。CEOは、そうした社員にインスピレーションを与える存在でなくてはならない。そして最後に、国際的な知識や経験があること。さまざまな文化や考え方を持つ社員をまとめ、率いていかなくてはならないからだ」とその要件を上げた。
最も好きなジュエリーは何かという質問には、「『ブルガリ』の“ビー・ゼロワン(B.ZERO1)”だ。大ヒット商品となり、当時CEOだった私は大いに助けられたからね」と笑顔で答えた。ほかにも、往年の大女優である故エリザベス・テーラー(Elizabeth Taylor)が愛用したことで知られる、ヘビをモチーフとした同“セルペンティ(SERPENTI)”シリーズも気に入っていると話した。