具体的に欲しい本があったわけではないのですが、先日、あるジャンルの本を探しに書店に行きました。ですが、普段あまり行かない書店だったので、私が読みたい分野の本がどこにあるのか分からず、しばしウロウロ。結局わずか5分ほどしてスマホから過去に自分が買った同じジャンルの本をアマゾンで検索し、アルゴリズムでおすすめされた中から欲しい本を見つけ、せっかく書店に来たのだからとスマホでポチっとせず、そのタイトルを書店の検索機でどの本棚にあるかを調べて見つけ出し、手に取ってレジに向かいました。われながら何だかややこしい手順だなと思い苦笑しました。
そして別の日、軽いフライパンを探していたのですが、ネットで調べても商品がありすぎて何を基準にしてよいか分からず、書かれているレビューも最近はあまり信用できないし……、ということで料理好きの友人に聞き、料理家おすすめだというフライパンを教えてもらい、それを購入することにしました。
コンサルティング会社としてデジタルマーケティング支援を提供している望月智之氏による「2025年、人は『買い物』をしなくなる」(クロスメディア・パブリッシング)を読むと、たくさんの中から選ぶのが面倒になってきた消費者心理の変化から「品ぞろえのよさ」に価値がなくなり、購入までのプロセスを次々に省略するようになったこと、加えて「選ぶ基準はかつてのような広告宣伝によるものではなくなり、仲の良い友人や自分の好きなインフルエンサーを信じて購入するようになった」と述べられており、先述の自分の体験はそれにぴったり当てはまっていました。なるほど自分でも知らないうちに、以前より一つ一つの選択にじっくり時間をかけなくなっているなと、はっとさせられました。そして今の消費者は「便利さ」には当たり前のように慣れているため、代わりに求めているものは「時間」であり、消費者の時間をつくる、つまり「時間ソリューション」が求められているそうです。
“デジタルシェルフ”とは何か?
本書で語られているキーワード“デジタルシェルフ”とは、「ショッピングサイトの商品一覧のように、物理的な棚がデジタルに置き換わっていく」だけでなく、「世の中の電子化が進む中で、日常の身の回りにある、ありとあらゆるものがシェルフ(商品棚)になること」だと定義しています。
つまり店に行く、現金を用意する、商品の現物を見る、自分で商品を選ぶといった商品購入のプロセスはどんどん省略され、5Gの時代が到来し、AI(人工知能)の進歩によって「買い物をしている」という感覚さえなくなっていくということ。お金を支払って何かを買うことがなくなるわけではないけれど、消費者の自覚のあるになしにかかわらず、買い物が組み込まれていき、実際の買い物の変化は「無意識の領域まで進んでいく」というのです。それが本書のタイトルにもつながっているのでしょう。
「買い物は自分で探して選ぶのではなくなり、AIが勝手に探してきてくれる。あるいは人からすすめられたものだけ欲しくなる。あとはそれを決済するかどうか、その時間だけの問題になる」と望月氏は本書で述べています。「検索が自分で気づくマーケットだとしたら、口コミは自分では気づかないマーケットであり、その口コミ情報は友人やフォローしている人からやって来るため、広告よりも自分の好きなもの、自分に合っているものであることが高い」というのは、もはや自然な流れなのでしょう。
「質よりも共感できる
ストーリーで売れる」
今後の主戦場になるプラットフォームは、ライブ配信とeコマ―スを掛け合わせた、売る側と買う側がリアルタイムでコミュニケーションできる「ライブコマース」だと指摘しています。デジタル化が進むと、人と人とのつながりはむしろ強くなり、「質よりも共感できるストーリー」で売れていき、そのストーリーが長ければ長いほど共感を集め、D2C(Direct to Consumer)でモノを売る個人も増えるというわけです。
一方で「消費者にとっての棚はデジタル上に移ったのに、売る側はその棚を管理しきれていない」と望月氏は指摘します。それが今後の売る側の課題であり、将来のビジネスのヒントになりそうです。「技術の進歩の過程で新たに見直されるのは、人とのつながり。その価値を追い続ける企業が生き残り、それを大切にする個人が人生を謳歌する」というのです。
そのように人とのつながりが見直される一方で、買う側としては、「買い物をしている」という感覚さえなくなっていくということは、ますます自分の個人情報を他者に提供することを意味すると同時に、数多くの細かな意思決定をしなくて済む=ある意味思考停止にも陥りやすいということです。
買い物の変化は
「無意識の領域まで進んでいく」
例えば、定期的に同じものを購入する日用品などの消費財に時間や思考を使わず、なくなりそうなタイミングで自動注文してくれたり、ウェブサイトでの消費者の行動履歴や食事のパターンなどを読み取り、好みの献立、メニューを自動で推薦してくれたりするのはとても便利だと思いますが、それでできた「可処分時間」を自分の意思でどのように使うのかということを、さらに意識的に考えていかなければならないと思うのと同時に、一方で本書で述べられているように、人とのつながりが強くなっていくのであれば、楽しい買い物体験も増えていくのではないかという期待もあります。
本書の終わりに望月氏は、「『人は買い物をしなくなる』というのは『逆説的に買い物が人々の生活に深く浸透すること』を意味し、『ショッピング体験が多様化する』ということでもある」と述べています。同書では中国やアメリカですでに進んでいる事例や、D2Cやサブスクリプションについて、そしてこれまでショッピングがどう発展してきたのかといったことなどが分かりやすく書かれているので、興味のある方はぜひ手に取ってみてください。