2019年末から2020年にかけて、ビューティ企業の大型店舗戦略が活発だ。19年11月8日に、MTGが東京・銀座に美容複合施設(5層)をオープンしたのを皮切りに、12月17日には、コーセーが同じく銀座に同社初の自社ブランド集積型ショップ(2層)を開設した。年明けには、1月10日に「アットコスメ(@COSME)」を展開するアイスタイルが原宿に初の路面旗艦店(3層)を、4月には資生堂が銀座(3層)に大型店と、原宿にも3フロアを使った店舗をオープンする。なぜ今、ビューティ企業は大型店で、しかも路面店形式で勝負するのか−−。そこには時代を反映する、「EC」と「体験」が深く関わっている。
ファッションブランドの低迷も影響
ご存知の人も多いと思うが、ビューティ業界は景気がいい。富士経済によると16年に約2兆5000億円だった化粧品市場は右肩上がりで推移し、20年には3兆を超えると予想される。19年1月に中国電子商取引法が施行されて以降、インバウンド需要には陰りが見え始めているが、それでも前年の売り上げを上回って推移している企業が多く、高級化粧品ブランドにとって主戦場である百貨店の化粧品売り場は、好調化粧品フロアの拡張に力を入れている。百貨店の売り場の拡張理由は、各ブランドの手狭感だ。多くの顧客で溢れるコーナーはごった返し、化粧品の“売り”である接客がままならない状況が続いていた。拡張部分は新ブランドの導入で新鮮な売り場を見せる一方で、既存ブランドの売り場面積の拡大は急務だった。また、化粧品が活況を呈している一方でファッションが低迷し、化粧品売り場がファッション売り場を侵食する形で広がっている。
主戦場の売り場が広がっているのだから、わざわざ路面店を出さなくてもいいのでは?と安易な発想になりがちだが、まず資生堂やコーセーなど大手企業は前期も増収増益を記録し、投資できる体力があることは大きい。そして、先述した百貨店の場合と同様に、ファッションブランドの路面店からの撤退に伴い一等地に空きが出た。MTGの銀座店は「H&M」の、「アットコスメ」の原宿は「ギャップ(GAP)」の、資生堂の銀座はオンワードの跡地。「メゾン コーセー」の場所も、以前はファッションブランドだった。
それを踏まえた上で、百貨店内の売り場が広がったといっても、どの百貨店もさほど変わらない見え方で、ブランドが見せたい世界観は出しづらい。その点、大型の直営路面店であればブランドの、さらには企業としての世界観が発信できる。例えば「メゾン コーセー」はコーセーが持つほぼ全てのブランドを、ブランド別ではなくアイテム別でブランドを横断して並べて発信するなど、企業側が思う空間が作れるのが直営店の魅力だ。また、直営店ならではとして、メイクアップアーティストだけでなく研究員までも呼び、直接顧客と触れ合うことができるワークショップやイベントなどを積極的に行うことで、ダイレクトに顧客の声を吸い上げ、商品に反映させるなどもできるというわけだ。
ECにつながる路面店展開
また大型路面店戦略は、今の時代、ECを見据えているともいえる。日本ロレアルを筆頭に外資系企業が先んじて日本でのEC展開をスタートさせていたが、日本企業のEC展開は実はそこまで早くはなく、資生堂が自社EC「ワタシプラス」をスタートしたのが12年。その後他者が追随してECを始めて、ここ数年でその土壌が整った格好だ。それに伴い、ECは重要課題の一つとして力の入る事業だ。どの業種でもECの課題は、実店舗とのオムニチャネル戦略だろう。ECにおいていかに実店舗と同じサービスクオリティーを提供できるか、そしてECでも実店舗でも同じような満足を顧客に提供できるか、である。それをかなえるための大型路面店であり、共通項は世界観の発信の延長にある「体験」だ。
MTGの複合施設「ビューティーコネクション銀座(Beauty Connection Ginza)」は、同社として初めて美容クリニックや飲食を導入した。コーセーが銀座にオープンした「メゾン コーセー」は、同社が展開する全ブランドをカテゴリーで配置してアイテム選びの場を提供したり、パナソニックとの協業で“セカンドスキン”となる極薄膜のカスタマイズシートを提供するサービスや、カシオ計算機と共同開発したネイルプリンターを設置したりしている。
原宿にできる「アットコスメ トーキョー」は1階のガラス張りから見えるライブ配信スタジオや、ブランド発表会など多目的に利用できるイベントスペースなどを作る予定で、資生堂の銀座の店舗はグローバルブランド「SHISEIDO」の初の旗艦店で高い接客と最新テクノロジーを融合させたブランド体験を提供する。また原宿の店舗は原宿駅前再開発中の話題の複合施設「ウィズ」への出店で、物販ストアのほか、ヘアメイクアップアカデミー&スタジオ、レストランをそろえるという、ビューティに留まらない、同社のライフスタイル提案が集結する。
実店舗でありながら、こういった“体験”を提供することで、今すぐの購買につながらなくとも、ECにつながる導線をつくっている。“体験”は全てのブランドの共通項。商品の同質化と言われて久しいが、だからこそ“体験”の差別化もこれからは必須で、さらにはECへの導線がどれだけスムーズであるかが大型店舗の成功のカギとなりそうだ。