※この記事は2019年8月6日に配信した、メールマガジン「エディターズレター(Editors' Letter)」のバックナンバーです。最新のレターを受け取るにはこちらから。
香港のアートバブルとデモの狭間で思ったこと
先週、プライベートで1泊2日の香港弾丸旅行をしてきました。ニュースやSNSを通じて「逃亡犯条例」改正案に対するデモの様子をたびたび目にして、ここで何が起きているのか、どんな価値の変化が起きているのかを体感したいと思ったのが理由のひとつ。もう一つは盛り上がる香港のアートシーンを体感したかったからです。展覧会を開催中の村上隆さんのトークショーも聞きました。
香港では今、アートがアツくなっています。現代アートを扱うスペースが続々とオープンしており、昨年オープンした「大館」もそのひとつ。繁華街のど真ん中にあり、展覧会会場のほか、おしゃれなカフェなどが入り観光&デートスポットになっています。その場所は元刑務所だそうで、大真面目な「刑務所博物館」なるものもあり、香港の歴史の一面を知ることができます。狭小な元監獄のすぐそばでおしゃれな男女がお茶をするというシュールな絵が生まれていました。また、2020年にはヘルツォーク&ド・ムーロンが設計する巨大美術館「M+」のオープンが控えており大変注目されています。
これだけ香港でアートが盛り上がっている理由は、富裕層にとって投資の対象だから、です。中国の投資家が香港の不動産を買い進めたことで、香港の不動産は40年前の100倍などといわれます。次なる投資の対象がアート、という訳です。Wealth-Xという調査会社によると、3000万米ドル(約32億7000万円)以上の資産を持つ超富裕層の数は、ニューヨークを抜いて香港がトップとか。桁違いすぎてピンと来ませんが、シンガポールを舞台にした映画「クレイジー・リッチ!(Crazy Rich Asians)」の世界は香港で現実であり、富める者は益々富み、貧富の2極化は進む一方です。ラグジュアリーという視点から見れば、ラグジュアリー市場とアートの関係が今後ますます強まることは間違いないでしょう。
今デモを行っている人の多くは、これらのアートバブルの動きとは無関係な人たちです。パスポートを複数取得し、いざとなれば世界中のどこでも暮らしてゆける富裕層とは違い、一般の人たちは香港で生きていくことが当たり前であり、その将来に大きな不安と不満を持っているようです。たった1泊2日で訪れた物見遊山の外国人には彼らの“本当”などわかるはずもありませんが、抗議のメッセージを書いた付箋がびっしりと貼られた街中の壁、通称“レノン・ウォール”を見て、私にはむしろアートやクリエイションはここから生まれるのでは、と思えました。制約や怒り、コンプレックスは強いクリエイションの源泉となりえることは、これまで何人ものクリエイターが証明してきました。デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)が、ジョージアから出てきたように。時間をあまり開けずまた香港を訪れてみようと思います。
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