「えっ、時計担当なのに時計買わないんですか?」――時計担当になって1年半、だれということもないんですが、だれかから“確実に”そう言われているような気がしていました……。ファッションニュースを伝える身として、新たなブランドや技術、サービスに飛びつく好奇心は常に持ち合わせていますが、大きな買い物とあっては内なる声に従わざるを得ません。そして、オールドルーキーな僕でもアドバンテージを取れる分野が好ましい。そこで選んだのがビンテージです。
前職の「セカンド(2nd)」編集部(えい出版社)では、アメリカントラッドに魅了されました。そして「セカンド」的に、身に着けるべき時計は2つだけでいいと断言しました。それが「ロレックス(ROLEX)」の“バブルバック”と「カルティエ(CARTIER)」の“タンク”です。“バブルバック”は1930〜50年代に生産された「ロレックス」の自動巻き時計の総称で、完全防水を実現するために大きくなったムーブメントなどを収めるために、ケースバックが泡のようにふくらんでいることから名付けられました。文豪アーネスト・ヘミングウェイ(Ernest Hemingway)が愛した逸品として有名です。一方の“タンク”の誕生は17年で、100年以上の歴史を持ちます。そのデザインソースは意外にも戦車(タンク)。第1次世界大戦を終結に導いた平和の象徴、また不戦の誓いとして表現されたとか。同時にアールデコの代表作でもあります。そして“タンク”は同じく小説家のトルーマン・カポーティ(Truman Capote)が愛用しました。
どちらもいつかは手に入れたいと思っていましたが、ちょっとでも上品かつ知的に見えたら……という下心もあり、僕は“タンク”を選びました。
相談したのは東京・吉祥寺の「江口時計店」です。2016年のオープンで、店舗はガラス張りのリペア工房を入れて約66平方メートル。修理技師が3人在籍しています。古着ディーラーを16年間務めた江口大介さんがオーナーのため、店内には時計以外に「バーバリー(BURBERRY)」のビンテージコートや「エルメス(HERMES)」のビンテージシャツなども並びます。
肝心の時計はというと目当ての「カルティエ」を筆頭に、「ロレックス」「オメガ(OMEGA)」など1950~70年代のアイテムを中心にラインアップされています。江口オーナーは、「60年以前の時計には個性的な“顔”が多いんです。その後は量産の時代となり、この転換期のデザインがおもしろいんですよね」と話します。時計は月に1度、香港などで主に欧米のディーラーから買い付けるそう。
来店客の男女比は6:4で、30~60代と世代は幅広いです。平均販売価格帯は30万~40万円台。「女性客は“タンク”指名の方が多いです。20~30代の比率が増えていますね。だから当店では常時100本はストックするよう努めています。ただ最近は、状態のよいものが出にくくなっています。男性客の人気は『ロレックス』『オメガ』ですね。ただしスポーツタイプではない、シンプルなものをセレクトするようにしています。それが当店らしさです」。
江口時計店では、修理も買い取りも受け付けています。そのためリピーターが多いの特徴。「高級時計って、一生のうちに1本買うかどうかだと思います。だから当店でじっくり悩んでほしいんです」と江口オーナー。店内にはアンティークの椅子やテーブルが備えられ、平均滞在時間は2時間ほど。ブランドやアイテムの説明からケアの仕方まで、江口時計店では接客を通じて時計の魅力を伝えています。最近は、結婚指輪の代わりにビンテージ時計を贈り合う20代のカップルも多いのだとか。僕も2時間しっかり悩ませてもらい、1本を選びました。
80年代製の手巻きの“マストタンク”で、文字盤はアイボリー&黒のローマ数字の組み合わせ。同モデルはダイヤルデザインが豊富ですが、「アイボリーが一番人気」なのだとか。ケース径は“LM”と呼ばれる24×31mmで、いわゆるメンズサイズ。りゅうずに付いた青の合成スピネルがアクセントになっています。デッドストックに近い状態で、価格は27万8000円。高級時計デビューとしては、ちょうどよいのではないかと。“アメトラマン”らしく、紺ブレ&オックスフォードB.D.シャツの手首にさりげなくプラスしたいと思います。