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SEASON'S ESSAY by 川上未映子

春、ダイヤモンドの変革


Detail of Jewelry

 春を知るのは、いつも匂いだ。窓を開ける。静かに満ちている冷気のなかに、ふと、幾筋かの春が流れていることに気づく。わたしは腕を伸ばして指先をひらき、人差し指でその匂いをくるくると巻きあげる。つぎは薬指。それから小指。そうしてわたしの指先には、春の匂いが目には見えない指輪になって、その到来を祝うようにきらきらと光ってみせる。

 春はダイヤモンド。子どもの頃からそのイメージはわたしにぴったりとしていて、あの光のなかには春が静かにこめられているのに違いない。春は、さくら色でも薫る風の色でもなく、白と透明と銀とを溶かしこんだ、あの光そのものなのだ。
 そんな春の見えない指輪のうえに、見て、ふれることのできる、質量をもったダイヤモンドをはめるよろこびはどうだろう。
 うっとりと降りてくるまぶた。解放される胸のなかの息。そのとき、わたしは指先そのものになって、失われる重力、手をかざせばそれだけで、どこまでも果てしなく上昇する感覚に満たされてゆく。こんなに小さな石が、光が、その何百倍の大きさをもつわたしの体を、こんなに優しく、自由にするなんて。

 ダイヤモンドが指先にあるだけで、わたしにこんなことが起きていることは、きっと誰にもわからないだろう。春の兆しが降り注ぐ東京をただ歩いているように見えるわたしの体は、じつはいつも数センチ浮かびあがっていて、そしていつも上昇する寸前で、その瞬間を、何度でもくりかえしている。春、ダイヤモンドは、匂いとして光として、わたしをそんなふうに変革する。

Jewelry in Story

春のきらめきを放つダイヤモンドのリングは、永遠、平和、繁栄の象徴であり、身に着ける人を守ってくれるお守りとしても愛される孔雀の羽根がモチーフ。羽根1本1本がダイヤモンドで表現され、指に寄りそうようにしなやかに動く。人気の“ナチュール トリオンファント”コレクションの新作だ。

Ring
リング“プリュム ドゥ パオン”(WG、ダイヤモンド)(左)465万円、(右)147万円
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Secret Story of Boucheron

「ブシュロン」創業者フレデリック・ブシュロン(写真左)が孔雀の羽根を見て「こんな繊細で美しいジュエリーがつくれたら」と考えたことから誕生したのが、その形からクエスチョンマークネックレスと呼ばれるようになる作品(写真右)だ。軽くしなやかで1人でも着用できるネックレスは、重々しいジュエリーから女性たちを解放し、当時大きな話題になったという。このクエスチョンマークネックレスのフォルムと技術は現在に至るまでさまざまなモチーフで再解釈され、進化し続けている

Profile

川上未映子(かわかみみえこ) : 1976年大阪府生まれ。作家。2007年、デビュー小説『わたくし率 イン 歯ー、または世界』が第137回芥川賞候補に。同年、第1回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞受賞。2008年、『乳と卵』で第138回芥川賞を受賞後、数々の賞を受賞する。『ヘヴン』『すべて真夜中の恋人たち』をはじめ、村上春樹との共著『みみずくは黄昏に飛びたつ』など著書多数。2017年9月に刊行された『早稲田文学増刊 女性号』では責任編集を務めた。最新短篇集『ウィステリアと三人の女たち』(新潮社)が好評発売中。ファッション好きとしても知られ、エッセーのファンも多い

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photograph : Naohiro Tsukada(STASH)
styling : Haruna Yamamoto

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