ファッション

100年前の機械を駆使、最高級レース王者の栄レースが語る「世界一であり続けるために必要なこと」

 オートクチュールや高級ランジェリー、ウェディングドレスなどに使用される最高級レースのリバーレース。実はその圧倒的なナンバーワン企業が、兵庫県宝塚市に本社のある日本企業であることは意外と知られていない。1958年創業でリバーレースで世界シェア6割を握る栄レースは、日本に加え中国、タイ、香港に拠点を持つ。19世紀のはじめに開発されたリバーレース機はすでに生産が停止しており、世界でも200台ほどしか残っていないが、その中で同社は90台弱のリバーレース機を持つ。1992年に中国に進出し、95年にリバーレース作りの基幹部品であるボビンを製造する世界唯一のメーカーを買収するなど、リバーレースで世界ナンバーワン、オンリーワン企業としての地歩を固めてきた。

 同社の売上高は推定約60億円と、企業規模では中小企業に分類される同社が、世界ナンバーワン、オンリーワンであり続けるための経営努力は並大抵ではない。澤村徹弥・栄レース社長(以下、澤村)に話を聞いた。

WWD:事業の概要は?

澤村:従業員数はグループ全体で700人。タイに420人、中国・青島に230人、残りが日本です。2015年に宮城県にあった工場を閉めたため、日本のオフィスは主に営業と本社機能のみです。本社のある宝塚にリバーレース機は置いてますが、サンプル生産のみ。基本的には海外生産にシフトしています。

WWD:海外進出は中国が1992年、タイが2002年とかなり早い。

澤村:経営戦略の根幹にあるのは“リバーレースをどう次世代につなげるか”、それに尽きます。もちろんかつては日本生産が中心でしたし、自分たちが生き残るだけでいいなら、中国やタイに進出する必要はなかった。海外で工場を経営するのは本当に大変なので。

WWD:2011年には中国・青島の主力工場が突如、工場移転を迫られました。

澤村:比較的早くに進出していたので、当初は周りに何もなかった工場の場所が、青島市が急速に拡大・発展し、市内の中心部になってしまったことが原因でした。グループで最大の工場だったので、移転は本当に大変でした。移転は無事完了し、16年にはタイに新たな工場を建設し、閉鎖した日本工場のリバーレース機を移設するなど、新たな生産体制に移行しつつあります。

WWD:07年からはファッション素材の見本市「プルミエール・ヴィジョン(Premiere Vision)」に参加しています。その狙いは?

澤村:やや遠回りな説明になりますが、一番大きな理由はリバーレースの可能性を広げるためです。リバーレース素材のライバルは、ラッセル編み機で製造するラッセルレースです。すでに生産が停止しているリバー機とは異なり、ラッセル編み機は日進月歩で進化しています。生産スピードは以前から比べ物にならなかったのですが、柄の表現力もこの数年で格段に進化した。自動車に例えると、かつては「レクサス」と軽自動車くらいの差があったのですが、現在は「レクサス」と「クラウン」。ほとんど差がない。

WWD:その理由は?

澤村:一番大きいのは、1柄に使用できる糸の本数の変化です。リバーレースの120本に対し、以前のラッセルは30〜40本だったのが、今は90本になっています。当社はこれまで売上高の大半がランジェリー向けでした。そもそもオートクチュールなどアウターに使用されるリバーレースは、フランス企業が強いのですが、その理由はインナーに比べ、使用する生地の面積の大きいアウターは柄も大きく複雑で、レースに刺しゅうやプリントを組み合わせる2次加工のバリエーションも多いので、デザイン力や発想力、膨大なアーカイブの保有などクリエイティブ面で彼らに優位性がある。

WWD:栄レースの強みは?

澤村:インナーは直接肌に当たり、繰り返し使用されるため、物性とコストに厳しく、工業製品としての完成度が求められます。その点では当社に圧倒的な優位性がある。当社もフリーのスケッチャー(柄をデザインする人)と契約したり、インドの刺しゅう企業と連携したりと、徐々にですが、商品の幅を広げてきました。

WWD:今後の戦略は?

澤村:リバーレースは柄が全てと言ってもいい。リバーレース機自体はクラシックな機械ながら、デザインや生産管理などのデジタル化・IT化にはこれまでかなりの投資を行っています。それでも1つの生地で最大2万本もの糸を組み合わせて柄を作るリバーレースは、どうしても人間の手によるところが大きい。1つの柄をデザインして設計するのには最短でも45日はかかる。人件費を考えたら、1柄に100万円がかかっている。中国やタイに進出したのは単に人件費の削減ではなく、この柄作りのコストを圧縮するためです。

WWD:経営の悩みは?

澤村:最大の悩みはオンリーワンであることです。デザインに始まり、糸の撚りから組み、染色・加工、検反、さらには部品製造まですべて自社で内製化しているため、機械の修理もソフトウエアも常にフルスクラッチになってコストがどうしても高くなる。ランジェリー市場にも柄のトレンドがあり需要にばらつきもありますし、海外では、せっかく数年かけて育て上げた腕のいいドラフターやスケッチャーの引き抜きはしょっちゅうです。彼ら/彼女らはリバーレースができれば、当然ラッセルレースもできるので、ライバル企業のラッセルレースメーカーにすればものすごくいい人材なんです。それでも人材育成も含めて、全部自分でやるしかない。本当に大変です。

WWD:なぜそこまでリバーレースにこだわるのか?

澤村:リバーレースを本気で次代につなぐためには、海外に進出するしかない。そう思った時にハラを決めました。息を呑むほど美しい繊細な柄は、リバーレースにしかできない。ロマンチックにも聞こえるかもしれませんが、経営的には商品の究極の差別化になる。幸いにも当社は、経済が急成長している中国やインドに近く、欧州企業に比べ優位性がある。経営者の立場からしても、リバーレースにはまだ可能性を広げられる余地がある。できることがある限り、走り続けたい。

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