開催中の箱根駅伝(1月2〜3日)は、青山学院大学の5連覇に注目が集まっている。その最初の総合優勝である2015年と17年に、アンカーの10区の走者として2度もゴールテープを切った安藤悠哉・選手(24)を覚えている人は多いだろう。卒業後、安藤は陸上競技から引退し、17年春にニューバランスジャパンに入社。現在は駆け出しの営業マンとして全国を飛び回っている。
WWD:普段どんな仕事をしていますか?
安藤悠哉(以下、安藤):入社1年目でスポーツ量販店の営業に配属されました。ニューバランスジャパンの営業はエリアではなくアカウント(小売店)で分かれていて、僕が担当しているのは全国に店舗を持つ大手スポーツ量販店です。長いお付き合いがある取引先に「ニューバランス(NEW BALANCE)」の数ある商材の中からこれを扱ってください、といったやりとりを先方のバイヤーさんとしています。経験が必要な仕事なので、僕1人ではなく上司に相談しながら商談を行なうことが多いです。
2年目の現在はスポーツ量販店の営業も担当しながら、18年6月から当社が新規に始めたランニングのチームオーダーシステムの営業にも携わるようになりました。これは全国の中学、高校、大学の陸上部、あるいは実業団のユニホームの注文をとる仕事です。スポーツ量販店の営業とチームオーダーの営業の2本柱なので、月の半分くらいは全国を飛び回っています。最初の頃はいろいろな地方に行ける出張が楽しかったけど、こんなに続くとけっこう大変ですね。
WWD:チームオーダーは学校を訪ねて営業するわけですか?
安藤:直取引はしていないので、スポーツ用品の代理店や小売店を通じて販売することが基本です。ただ、ランニングのチームオーダーは実績がない新規ビジネスなので、学校やチームに僕が説明に伺う機会も少なくありません。
WWD:安藤さんが訪ねると、生徒たちは喜ぶし、商売的には有利でしょう?
安藤:いやぁ、僕は賞味期限がもう切れてますから。確かに僕のことを知っている人がいればやりやすい面はありますが、それが実売に結びつくほど甘い世界ではありません。「握手してください」「一緒に写真撮らせてください」と言われても大半はその場限り(笑)。
僕がどうこうより「ニューバランス」というブランドに対するお客さんのイメージはいいので、営業はしやすいですね。自信を持ってウエアやシューズを薦められる。それでもチームオーダーシステムでは当社は後発です。競合ブランドは品ぞろえ、価格、納期、条件面含めて僕たちの先を走っている。追いつき、追い越せるよう課題を一つ一つクリアしようと奮い立たせています。
WWD:新規の営業は難しいですか?
安藤:難しいけど、面白いですよ。お客さんの顔が直接見えるし、自分を最も生かせる仕事だと思っています。練習の現場で新作シューズを試し履きしてもらったり、僕も練習に参加させてもらったり、学生ランナーの生の声を聞けるのは本当に楽しい。
WWD:初めて取った契約を覚えていますか?
安藤:今年(18年)の夏、僕の母校の豊川工業高校(愛知県)でした。今の監督さんは僕の恩師ではなく、僕が高校のときの教育実習生の方でした。互いに覚えていたのですぐに仲良くなって、「僕の最初の契約先になってください」とお願いしました。部員は15人くらいですが、後輩たちの役に立てたらこんなにうれしいことはありません。チームオーダーシステムのユニホームを納入して終了でなく、いろんな種類のシューズを持参して選手の特性に合わせた一足を見つけてもらうこともしています。
WWD:ご自分のセールスポイントはどこだと思いますか?
安藤:ランニングに関していえば、走る人の気持ちが分かることです。僕自身がずば抜けて能力があったわけではなく、ケガをしたり、レギュラーを外されたり、挫折も少なくなかった。それでも試行錯誤を重ねて、箱根駅伝の優勝という目標を達成できました。そんな経験を踏まえて、これから夢を持って走る中高生に伝えられることがあると思うのです。学生さんとは真剣に話すようにしています。監督やコーチなど指導者の方からもよく相談を受けますよ。指導者だって生徒に輝いてほしいと願っている。そのために優れた製品を提供するのはもちろんですが、僭越ながらそれ以外の面でもサポートできればいいなと。
営業マンとしてつかんだ「よいシューズの条件」
WWD:仕事に自信もついてきた?
安藤:いやぁ、まだまだですよ。最近、全国大会に出場を決めた高校の新規契約を取りましたが、ある人の紹介が実を結んだものです。入社前の営業のイメージは、がんがん新規営業先に飛び込んで契約を勝ち取ることでした。でも現実には個人プレーでできることは限られています。いろいろな方と接点を広げて信頼関係を築くことが大切だと分かってきました。
スポーツ量販店の営業だけでなく、外商(チームオーダー)の仕事を与えてくれた上司には本当に感謝しています。スポーツ量販店との商談は何より経験が重要であり、僕はまだ勉強中の身。でもランニングの外商は陸上をやってきた強みを最大限に生かせます。この仕事をするようになってから、いろんなお客さんと話す機会が増えました。学生だけでなく、販売応援で店頭にも立つので初心者のランナーと話す機会もあります。発見が多いです。
WWD:お客さんから学ぶことが多いと。
安藤:そうですね。僕はまだ2年目ですが、“ニューバランス愛”が強くて商品をひいき目に見てしまうところがあるので、お客さんの客観的な声はすごく参考になります。機能性は魅力的だけど色を変えてほしいとか、もっと滑りにくくしてほしいとか、かかとがゆるいとか。僕たちが自信を持って出している商品であっても、それが消費者のリアルの声なんだと気付かされます。
WWD:消費者がシューズを買う際の決め手はどこにあるんでしょう。
安藤:それは僕の中で答えがありますよ。最近分かりました。一番は足を入れたときに軽快に走る自分の姿が想像できるかどうかなんです。クッション性が気持ちいい靴に足を入れたら、弾むように走れそうだなと連想できる。例えば、今話題の「ナイキ(NIKE)」の厚底シューズは、テコの原理で前への推進力がありそうだなと足入れでイメージできる。ランニングシューズは最初のファーストインプレッションが重要なんです。
WWD:営業マンとしてそれを商品開発の人たちにフィードバックする?
安藤:僕はけっこう伝える方です。でも、言い方がよくないのか、分析が甘いのか、だいぶ跳ね返されてしまう(笑)。商品企画の人たちは毎シーズン素晴らしいシューズを作ってくれてますが、僕だって営業マンとしていろいろなお客さんの声を届ける責任があります。これからも遠慮せずに伝えていきたい。
中高生の陸上部員をカッコ良くしたい
WWD:青山学院大学の原晋・監督も中国電力の営業マンでしたね。社内一のセールスを記録して「伝説の営業マン」と呼ばれていたそうですが。
安藤:どうなんですかねぇ、本人はよくおっしゃってましたけど。でも今思えば、青学の駅伝部にも営業的な手法がありました。選手がランク付けされていて、結果を出したら報酬がもらえる。報酬とはこのタイムを出してAランクになったら(青学をサポートしている)「アディダス(ADIDAS)」から靴を何足提供してもらえるとか、ですね。あと毎月「目標管理ミーティング」と称して、学年に関係なく6人ぐらいのグループごとに掲げた目標を達成できたか、達成するためにどんな練習をすべきかを話し合っていました。
WWD:選手にもマネジメント感覚を植え付けていたわけですね。
安藤:でも学生時代は走ることに精一杯で、原監督の指示通りやっていただけです。キャプテンだったのに、そこまで頭が回りませんでした。もっと考えて練習すれば、さらに良い結果が出たかもしれない。社会人になって原監督の言葉の意味がようやく理解できた気がします。逆にいえば、これから僕が現役の学生ランナーに伝えられたらいいのかなと思っています。
WWD:19年の目標、あるいは将来の夢はありますか?
安藤:カッコいいことを言いたいところだけど、正直に心の底から言える目標はまだ見えません。小さい頃からの夢であった箱根駅伝の優勝を達成した後、明確な目標ってなかなか難しい。日々模索している最中です。
ただ陸上に恩返しはしたいとう気持ちは日増しに強まっています。一つ挙げるなら、中高生の部活動のランナーをカッコよくしたい。どこの学校にも陸上部はあるけれど、サッカー部や野球部に比べて華やかさがありません。女の子に自己紹介するときに「サッカーやっていました」と言ったら「あら素敵!」となるけれど、「陸上やっていました」はそうならない現実があるんですよ。陸上部は、特に長距離走の選手は一人の世界に入り込むストイックな子が多く、オタクのように地味なんです。サッカー部ばかりが女子生徒にモテてるのは納得できません(笑)。駅伝や長距離走は面白いし、こんなに奥深いスポーツはないのに。とにかくイメージを変えて、サッカー部に負けないような華やかな陸上部にしたい。ささやかではあるけれど、かっこいい「ニューバランス」のウエアを着てもらえることで貢献できると思っています。