日本を代表するテキスタイルデザイナーであり、テキスタイルデザイナー集団「NUNO」の須藤玲子代表兼ディレクターが、香川県丸亀市の猪熊弦一郎現代美術館で大規模な個展「NUNOの布づくり」を行っている。同展は、もともと2019年に香港の新進ミュージアム「CHAT (Centre for Heritage, Arts and Textile)」で行われ、欧州を巡回し、日本に「凱旋」したもの。日本の優れたテキスタイルの技術や技法を、デザイナーとして世界に発信し、世界的に高い評価を受ける須藤ディレクターのクリエーションに、ライターで編集者の鈴木里子氏が迫った。連載1回目は須藤ディレクターの軌跡を振り返る。(文中敬称略)
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須藤玲子の見果てぬ布の旅
PROFILE:須藤玲子/「NUNO」代表兼ディレクター、東京造形大学名誉教授
(すどう・れいこ)1953年茨城県石岡市生まれ。日本の伝統的な染織技術から現代の先端技術を駆使し、新しいテキスタイルづくりをおこなう。作品は、ニューヨーク近代美術館、メトロポリタン美術館、ボストン美術館、ロサンゼルスカウンティ美術館、ビクトリア&アルバート博物館、東京国立近代美術館など、世界の名だたるミュージアムに収蔵されている。2022年第11回円空大賞受賞。主な書籍に『日本の布(1〜4)』(MUJI BOOKS 2018, 2019)、『NUNO: Visionary Japanese Textiles』(Thames & Hudson 2021)など PHOTO:YUTA KATO
テキスタイルデザイナーの須藤玲子と、彼女が主宰する「NUNO」の大規模な展覧会「須藤玲子:NUNOの布づくり」が、香川県丸亀市の猪熊弦一郎現代美術館で開催されている(12月10日まで。その後、水戸芸術館2024年2月17日-5月6日に巡回)。織り、染め、刺繍といった技法、さまざまな素材、機の特性を活かした仕上げ、いまなお日本各地で布づくりを行う産地ごとの特色、最先端技術を巧みに採り入れる工場、確かな腕を持つ職人。それらのすぐれた「点」を集結させて、唯一無二の「面」として布をつくり出すのが須藤であり、NUNOのスタッフである。
ファッション業界に身に置いていれば、テキスタイルは非常に身近な存在だ。それでも須藤が手がける布の数々を目にしたら、テキスタイルが持つ可能性がここまであることに、大きな驚きを抱くのではないだろうか。言い換えると、テキスタイルへの興味と知識を持っていればいるほど、それぞれの布に込められている卓越したアイデアや、実現させる技術の高さが見えるに違いない。連載1回目となる本稿では、須藤とNUNOが歩んできた道程の、節目と言える時機を紹介したい。次回からはそれらの詳細や、須藤の活動とテキスタイルへのアプローチのユニークさ、これからの布づくりの展望などを見据えられればと思う。
設立40周年の「NUNO」、ファッション・建築・インテリア・アートを軽やかに横断
テキスタイルデザイナーの新井淳一氏が中心となってブランドが誕生したのが1983年だから、今年でちょうど40年。大学卒業後、手織り作家として活動していた須藤は、新井本人だけでなく複数の恩人知人からNUNOの設立に誘われ、不思議な縁を感じながら参加した。84年には六本木のアクシスビルにショップをオープン。87年からは須藤が中心となり、ファッション、建築・インテリア、アートといった異なる分野を軽やかに横断しながら、テキスタイルを発表し続けている。
設立当時から変わらぬコンセプトは「つくる人から使う人へ」。布をつくっている人の思いを使う人に伝えること。使う人が店頭の布を見て「シャツに仕立ててみたい」「自宅のカーテンにいいのでは」とイメージしたら、それを実現できるようサポートすること。双方の間にNUNOがあり、最善の橋渡しをすることで、日々の暮らしが豊かになり、日本が培ってきた布づくりの継続につながる。
海外でも高い評価、MoMAやV&Aにも収蔵
日本はもちろんのこと、アメリカ、イギリス、フランス、スイス、香港、ブラジルなど、これまでも国内外で数多くの展覧会を開催してきた。今回の展覧会も、2019年に香港のCHATで開催され、その後イギリスとスイスに巡回したものに、猪熊弦一郎美術館のための新作などを加えたものだ。海外にはテキスタイルやデザインに特化した美術館があることも相まって、MoMAやヴィクトリア&アルバート博物館をはじめ複数の美術館に作品が収蔵されている。
そのMoMAで1998年から99年にかけて開催された「Structure and Surface: Contemporary Japanese Textiles」は、日本の布づくりの偉大さと特異性を世界に発信した意義ある展覧会だったことに加えて、須藤にとって大きなターニングポイントとなる経験を得た。ショップにやって来て同行を請うたMoMAの担当キュレーターと共に、日本各地の産地、工場、最先端の研究を行う企業、さまざまな場所を訪ねて、リサーチを重ねたのである。その期間は10年に及ぶ。家族だけで経営しているような小規模な工場が脈々と培ってきた技術、大企業が研究開発を重ねて生まれたハイテクな繊維、食品・化学・繊維といった異業種を自由に往き来しながら生まれる日本のテキスタイルを披露した展覧会は、大きな注目を浴びた。「工場や職人と協業し、チームワークでものづくりを進める」ことを信条とした須藤にとっても、産地の特徴や各工場の特徴をより深く理解する機会となり、結果的にNUNOのネットワーク構築にも大きく貢献した。それは須藤にとってだけでなく、産地にとっても財産となっている。世界の名だたるメゾンが、日本の布づくりに着目し、活発な交流が生まれるきっかけとなったのだから。
日本初の「マンダリン オリエンタル」ホテル、「NUNO」クリエーションが日本の顔に
須藤とNUNOにとって、プロジェクトの規模も傾けたエネルギーも桁違いに大きなもののひとつに、「マンダリン オリエンタル 東京」(2005年)がある。エントランス、レセプションからレストラン、ボールルーム、179ある客室まで、空間に使われるすべてのテキスタイルをデザイン。テキスタイルデザイナーとしてこんなに胸躍り栄誉なことはないと同時に、プレッシャーも相応のものだったろうと察する。紆余曲折を経て、テキスタイルはすべて国産となり、ていねいに培ってきた産地との連携がここで遺憾なく発揮された。さらに2015年のホテル全体のリニューアルにも、須藤は産地と一致団結して取り組んだ。
マンダリン オリエンタル 東京だけでなく、数多くの建築やインテリアデザインのプロジェクトに参加してきた。参加という言葉は正しくなくて、建築家やインテリアデザイナーとの協働という表現がふさわしいだろう。伊東豊雄、坂茂、グエナエル・ニコラといったトップランナーたちとの協働でつくり出すのは、仕上げにちょこんと加えるような、お飾りとしてのテキスタイルではない。布という平面の素材の特性を熟知しているからこそ、空間という立体への対峙の仕方も心得ているし、その空間に呼応し、互いの価値が増幅するものに挑戦している。
もちろん、たくさんの課題や困難にぶつかってきた。産地や職人から信頼を得るまでには、時間も労力も必要だった。繊維産業が海外に拠点を移すなか、どうすれば「日本の布」を守り、未来を描くことができるか。課題に押しつぶされず、乗り越えるために、自分たちにできることはなんなのか、常に問い続けてきた。
NUNOの創業から今年でちょうど40年。大いなる好奇心を原動力にリサーチを行い、「できない」という無言のブレーキをかけることなく職人や研究者たちとやりとりを重ね、自分たちだからこそできることをNUNOのスタッフと探り続けている。一点だけのアートピースではなく、暮らしに寄りそうプロダクトとしてのテキスタイルに重きを置く。繊維製品を取り巻く環境問題や社会情勢から目をそらさず、未来を見据えた素材選びと生産工程を見いだしていく。須藤にとってテキスタイルは、終わりのない旅のようなものなのではないだろうか。経糸と緯糸、どんな素材をどのように織るか、どのように染めるか、どのように仕上げるか。一枚の布が無限の表情を見せてくれる。誰に出会うか、誰とつくるか。どこに行くか、そこでなにをするか。点を面にする面白さは、尽きることなく続く。大小さまざまな点に可能性を見いだし面に織り込んでいく須藤の仕事を、この連載でさらに多くの人に知ってもらえれば嬉しい。